負けないで!大切な命!いじめ・虐待に対抗する私

  • 2017.01.02 Monday
  • 14:10

2017年1月2日 晴れ気温14度

 

 今年のお正月は、3年ぶりに母と過ごしている。

3年前に母が一過性虚血脳血栓で倒れてそして要介護1になり初めて初詣に草加神社に出かけた。

草加神社まで1駅自宅からあり、自宅から1.5キロほどの場所で以前の母なら30分もかからずに歩けたのだが、今の母は45分かけてシルバーカーと私の腕に支えられながら頑張って歩いて行った。

 今年母76歳そして26歳の時に母が生んだ第2子の私は、50歳であった。母は毎日元気だけが取得とも言えるくらい元気だった分焦りとそして老いる事への現実を目の前にしている自分がいた。人生は1度そして長いようで1年1年があっという間に過ぎて行くのである。人生を100年と考えてみても半分生きた私の人生は、辛い時そして幸せを感じていた時何方が長かったかと今記憶を回想していく。昭和41年7月21日気温31.2度の暑い日の夕方私は、東京の父の家族が運営する病院のある亀有で生まれた。母は26歳で、父は31歳であった。この日から、2歳上の姉は、私の存在を厭い両親からの愛と注目を浴びるために私との競争そして私への憎しみが始まった。母が父と結婚している間は、まだ父が家にいた為に姉は、父の注意と父の家族から長女としての注目と愛を受けて私への憎しみそして虐めは軽度の物であった。ただしその度合いは子供としては、可なりの度を越していた。今考えると日本人の戦国時代の遺伝子が残っているのではないかと考えられるほど緻密でかつ卑劣な方法であった。

 私の誕生と共に、姉は生まれたばかりの私へ嫉妬し、それな幼児のころから潜在的な知能の高さが解る方法で、右手を数か月動かさずに当時5歳の姉は、乳児のように親に全てを委ね私への両親からのケアーをそらしたのだ。そんな姉が、公園でどうしてもブランコに乗りたくなり右手を使って上手に漕いでいる姿を母が発見。姉の計画は、そこで崩れた。ここまで考えると子供の考える事のようだが、これを切っ掛けに姉の計画は、私直接的に働きかける虐めへとエスカレートしていくのであった。幾つかの記憶を私が回想すると、4歳の時お風呂に一緒に入ると姉に突き倒されて額を切り、頭から出血した。それ以外にも、私はいじめに疲れ果て5歳半の時に体に力が入らない原因不明の無力症になった。そしてその後も姉の虐めは、精神的に身体的に継続して姉の知能が発達するのと両親の離婚から父からの愛を失ったと同時にいじめの方法は、卑劣で巧妙な物になり母に知られないような方法考えだしていたのである。今思い返してもその方法は、私の胸を裂くほど苦しくて辛い日々であった。母と姉私の3人で生活をしていた頃母は1人で私たち2人を私立の女学校に通わせるためにお休みなく働き続けていた。夜帰宅するのが毎日であった。私は、家に居ると姉の虐めに会うために友人の家や塾や部活動に時間を費やしていたが、夜になるとやはり家に帰宅しなくてはならなかった。姉は、お使いに出すのがだが嫌がると私を真冬の中下着とTシャツ1枚にして外に出した。当時13歳だった私は、下着では外に歩いて友人の家に行かれず踊り場でしゃがんで母の帰りを泣きながら待つ日が何日も続いた。姉は、通常母の帰宅する時間の10分前に私を中に入れて、母に言いつけるともっとひどい事をするからと私を脅して、母に私が泣きつくのを防いだが、ある日母がいつもの時間よりも早く帰宅した時私が、泣きながら踊り場にいるのを見つけた。私は、母に見つかると姉が仕返しをもっとするから姉を叱らずにいてほしいと言ったが、母は勿論姉を叱った。その次の日、私は、姉の竹刀で殴られ続けた。またある時は、包丁で追いかけられたり、首を跡がつくほど絞められたり、また精神的には、『一睡でも眠ったら顔をから熱湯をかけるから寝るんじゃない。』と脅されたりして、私は精神的にそして身体的にボロボロになっり、金縛りになりながら眠る日々が続いた。14歳の時私は、生理が来たと同時にホルモンバランスが不安定にになり、苦しくて苦しくて、この苦しくて辛い世界に生まれてきた自分を人生から消してしまいたくなり、自殺を考えた。

 この世から自分が消えてしまったら、この苦しい人生から解放されると14歳の時真剣に考えた自分を回想している今でも涙が出てくる。そんな時、小さい時に、母が私にタンポポの花を見て、小さい時から音楽や絵画に才能を発揮していた姉と違い、記憶力も悪く動きも遅かった私に、『みどりには、このたんぽぽのように踏まれて次の日に起き上がって生きてい行く力があるよ。だからタンポポのように頑張って行きなさい。』と言ってくれた言葉を思い返し、姉に大切な人生を台無しにされて人生を終わらせてはいけないと考えた。それから、私は、勉強に専念した。勉強をしている姉は、私を虐めたので家に帰ると姉に虐められるので遠くの水道橋の塾を選んで通ったりした。そして18歳の時、両親を説得してカナダに留学した私の人生は、180度幸福への道を歩んだのだ。留学する前の日にも、姉は、留学中に何らかの緊急事態の為に私は、近所のカフェでバイトをして15万円貯金をした。その通帳を姉は見つけると、私のビザのついたパスポートを手にハサミを取り、通帳を渡さないと私のパスポートを切り刻むと脅して、私は泣く泣く通帳と判子を渡したのだった。当時姉は20歳だった。現実に考えてもこの行為は、虐めを超えて犯罪になる行為であるのは一目瞭然である。家族である以上仕方なく私は通帳を渡したのだった。

 今50歳になり、生きる尊さを考えて、この姉に負けずに生き抜いた自分は、立派だったと感じ考えらる自分がいる。自分の生きる生き方を考えても生きていて良かったと大きな声で言い切れる自分がいる。

 その後何度となく姉からの虐めにあってきたが、23歳の時カナダから帰国してからは、虐めでくよくよしていた自分から生まれ変わり、春日差しを気持ちよく浴びて咲いているタンポポのように生きている自分がいた。帰国後は15年外資系の会社で働きその後、この私の辛い経験から、私は人を癒す仕事をしていきたいとも考えられるようになり、それを成人してから自分で実践できアロマセラピストして活動もしてきた。

虐めで自殺をする子供立ちをのニュースを見ると心がとても痛いし、その子供たちの気持ちも本当に理解できる。ただ人生は、自分で生きるために存在して、小さいな心中にも一生懸命生きているとそこには、喜びがありそして生きる価値を感じる事ができる。消して生きるという事を諦めていけないのである。日本の文化で切腹が美しく尊い生き方として終止符を打つ事がたたられているが、人生死んでしまっては、何も始まらず。生きたくても病気で死んでいく人や事故で亡くなる人もいる。この世界で自分で事故の人生を断つ事は、言葉では表せない辛く悲しい結末である。虐められたら、全ての環境を一変するのが一番であると私は、考えた。

 昨年、11月19日午後6時半から姉と3年ぶりに再会して母の介護を協力する事を決議する話し合いに挑んだ。姉が狂気に立つ恐怖で私は、第3者を交えて話し合いをした。そして姉は、自己を固視して母が通帳とパスポートを返して欲しいというと、私が母のアパートの名義を昨年2年間母の保険料と税金、生活費を負担し続けていた末考え付いた。母の収入源を私の名義に変更する以外には無く、母も同意して手続きをしたのも関わらず、姉はこれを訂正しない限り、返さないの一点張りになり夜中まで姉は怒鳴り続けた。姉は、『もう私たちは、家族ではない。それでも良いの?』と母に言うと、母は自分の通帳とパスポートを返却しない姉に向かって『貴方は、一人でも生きてい行かれるわよ。ハリー(姉の前夫)を捨てて2回も結婚できる強い女よ。』と玄関越しで言われた姉は、図星ををつかれてそのまま何も言わずに玄関の扉を閉めて出て行った。実際にこの姉の行為も通帳の中身を見ると24万5千円マイナスになっていてたので、横領行為で犯罪である。家族だから訴えていないだが、今後このようなことが発生したら、公的な処置を真剣に考えないといけない現実である。多くの高齢者が騙されているのが現実である。私の人生は、虐めそして介護生活現代のトレンドに完全に乗っているのだ。

 この話し合いの後母が私に言った言葉を私は、忘れられない、それは、『あなたが18歳の時留学させたのは金銭的には大変だったけど、あの時みどりが留学してなかったら、貴方は死んでたね。』私は絶句して気が付いた。当時18歳の私は、姉から離れるのは日本から離れるしかないと考えたのだった。そして実際に3年前にも同様の方法を私はとったのだった。幸せな人生を生きるために日本を離れたのだった。しかし今回は、18歳の私ではなく、42年後の私であり、これ以上姉に振り回される人生を歩む事はないと考えた手段だった。人間の心理・性格は幼い頃の環境で決定する。私の幼児期は、辛くて悲しさの凝縮された日々だった。

 そして今その2つを辛さと悲しさそして決して美しくはないが、悲しみの感情の津波の連続で乗り切っている自分の50年の人生、生きている意味を今見つけている。虐められている人、家族に恵まれずに必死で介護生活をしている人それは決して楽な道では無い道です。しかし生きる意味はそれなりにあるのです。

フェイスブックはSNSで楽しそうな写真では、図り切れない辛いページがあります。でも生きる意味があるのは、人それぞれ素晴らしい価値があるのです。

 それは、人間としての権利であり義務であり生きる事を直視する責任でもある。自分の生命がこの地球上にある限り、生きていく尊さを考えて決断をして行動をする事で生きる価値を見出していくのです。諦めずに自分なりに生きていくことに価値があるのです。するとそこに、小さな幸福な人生が存在している事に喜びを感じる事でしょう。

 

 年明け早々辛い私の人生のお話ですが、改めて新年を迎える私の人生51年目を自分らしく生きる事を心に強く誓いこのブログを書き収めます。また、このブログを読んで下さった方がたのご感想お待ちしております。このお話をするには、51年の月日をかけての告白です。話すだけでも心の癒しになると寂聴さんが言っていた事を思います。私は、香りに助けられてここまで来れました。そして過去を引きずらない為にも今ここで辛い自分から解放されます。LETTING GO OF MY PAST!

 

LETTING GO BLEND 過去の自分から解放されるNEW YEAR BLEND

10ml香水

ローズオットー4

ローレル4

オレンジブロッサム2

ブッダウッド5

リンデンブロッサム9

ダバナ2

ベルガモット12

セージラバンドュフォリア1

 

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嗅覚不能の母へのアロマセラピーで認知症・運動機能回復

  • 2016.12.26 Monday
  • 05:40

12月26日曇り 気温2度 午前5時 

 母の76歳の誕生日12月24日に備えて帰国をした私は、母の認知症と運動機能の回復力にほっとしている自分がいた。

 母は、2014年1月に台所と居間の間の木組みのガラスの扉につまずき、ガラスが壊れ血まみれになって倒れていた所をたまたま母を訪れた妹が見つけて九死に一生を得たのである。叔母からの連絡を受けると私は、急いで母の家に行き母を看病した。母は、頭を強く打ち青あざを作っていた。それ以外にも、大腿にも大きな痣があった。実際母の体は、何度も転倒を繰り返していたようでそのほかにも腕や肩などに痣があった。父が2013年9月5日に亡くなったあたりから、母の認知度が急に低下していたようだった。毎日ビールとウイスキーを朝から飲み、自分の落ち込む気持ちから逃避し続け、そして家の中で転倒を繰り返して、毎日通っていたスイミングにも青あざが気になり行かなくなっていたのである。父の介護を経て、今また母の介護へと挑戦しなくてはならないのかという、正直私の心は不安と恐怖で心が締め付けるられる思いになった。

 母の回復を願って、先ずは、意識朦朧の母をみて脳こそくの疑いがあるのではと思い、マッサージテーブルを出して毎日30-40分全身をマッサージしたり、ストレッチをその日から始めた。朦朧となっている母は、それでもお酒をやめることはなかった。そこで、私は、ウイスキーのボトルに半分以上麦茶をいれて母にウイスキーのボトルを渡したり、ノンアルコールビールのビールを購入してビールだといってだましだましお酒の量を減らした。

 14日間ほど毎日背骨を中心とするマッサージと腕・手・足・脚のストレッチをアロマセラピーブレンドで行うと、母は何とか歩けるほどになったので、近くの15分ほど徒歩で行かれる脳神経外科に外来診察に歩いて行った。寒い雪が降る2月に母の手を引きながら転倒しないように行った。MRIなどの結果、母の脳が委縮している事が分かり、認知症のテストもして果物や野菜の名前が直ぐに出てこなかったりして、認知症と診断された。73歳にして認知症の診断が出された母だった。実際思えば、その2012年に母が私が青山の私のお店に1人で来た時に距離感が分からず、子供のように左右をしっかり確認しながら道を歩いていた事を思えば71歳あたりから始まっていたようだった。

 

 それから、私は母に脳の記憶力回復と高齢者の落ち込みを改善する飲用のオイルとマッサージなどを集中的に行った。と同時に、市役所に介護のヘルパーさんなどの手続きを始める手続きを始めた。当時東京に住みアロマセラピースクール・サロン・ビーガンカフェ・ヨガスタジオなどを運営した私に、埼玉県に住む母の介護は、ヘルパーの方の補助なしでは不可能であり、父の介護の経験上全てを自分で行うのは、かなりの負担である事を痛感していた。介護申請の手続きには、約1・5か月かかった。母は要介護1になった。それでも、まだ母は、お酒の依存が断ち切れずに何度も転倒を繰り返している日々が続いていた。その後、母は、トイレに行くのも忘れてしまうため、おむつをしたり、ベットに尿がベットのスプリングダメにならないようにビニールが張ってあるシートをして寝ていた。よく私は子供のころお寝尿をしていた私は、人間は年と共に子供のようになって行くようになるのを父の介護の時に痛感していた。まるで、父の介護間の時間が回帰して行くようでまたトラウマのような動機にを感じる事があり、自分にもメリッサのオイルの含有されたオイルを飲用しながら平精神保った。自分の心に今自分が、倒れたり鬱になってしまっては、母も自分の幸せが消滅してしまうと言い聞かせながら、自分にもアロマセラピーを行いながら母の介護に対応して行った。

 その後私は、ハワイでジョンとカリーナと自分の幸せな人生を過ごす事が出来たのも、私の心身の健康があったからだった。人間は、自分が幸せになるのは、自己の健康が基礎であることを忘れがちでついつい日々の生活に追われて生活している間に気が付くと多くの薬に頼り健康を害して行くのである。

 

 今年、3月12日母は、とうとう左腕の複雑骨折で入院した。毎日必ず誰かが母の家に入り確認するスケジュールをケアーマネージャーの方と作成していたおかげで、母はデイケアーのお迎えの人に朝9時に玄関先で転倒していた所を発見されて九死に一生を2度得たのであった。もともと骨が丈夫で今まで骨を折っていないのが不思議なほど転倒し続けていた母も今回は、骨折しリハビリも兼ねて術後施設に入院した。約2か月間期間母の体内からアルコールが抜けて、なんと5月に退院してもいつもよりも半分にアルコールの量が減り、ヘルパーさんとシルバーサービスの方々の協力でアルコールは購入しないという徹底した管理と母の決断力回復の末、9月にはノンアルコールのビールで気持ちが収まるようにまでなり、アルコールが抜けると同時に定期的なアロマセラピートリートメントそれも、お風呂上りにデイケアーで背骨に沿ってブレンドオイルを使用してもらったり、私が母を訪れている間内服オイルを飲用、ヘッドマッサージなどを中心に毎日のケアーをして、ゆっくりではあるが、記憶力が回復してきた。それは、6歳児から小学生6年生ほどの知能能力の回復で怒りっぽかった認知症の症状も収まり、思慮深くなってきた。デイサービスで教えてくれる絵画教室(ザクロの絵母75歳の水彩画)の楽しみが増えたり、右と左の稼働能力を確認したところ右足首や足先が動かしにくいことを確認したので右足先足首を中心にマッサージストレッチをした後、歩く速さも早まり、かつ距離感覚も回復してきたのだ。脳細胞が一度破壊されても、規則正しい生活とアロマセラピー経口経皮投与で改善する素晴らしい症例が、私の母である。実際には、やはり家族の支えが一番の薬なのかもしれないが、諦めずに根気強くお薬に頼らずに生きて行くのが人間の自然治癒力を高めて行き人それぞれのできる範囲での幸せな人生の生き方なのであると母を見ながら痛感します。父の時のように手遅れにならず、早めの手当てができて本当によかったという思いでいっぱいです。今年、母76歳元気に回復しています。父は、76歳で亡くなってしまいました。でも母は76歳からまだまだ元気に独立して今一人暮らしをすると自分の未来に希望をもち、来年は私と一緒にハワイに行くのを楽しみにして今年の年越しをして行く母の背中を見ながら、私は、今小さな親子の愛の幸せを感じています。

 

【背骨を中心に行うマッサージオイル】60ml

キャリアオイル:ボラージ10mlセントジョーンズワート10mlヘーズルナッツ33ml

ブラックスプルース 1.25ml

ローズマリーシネオール0.8ml

セージラバンドュフォリア0.7ml

フラゴニア0.5ml

クンジアアンビグア1ml

ユーカリグロブス0.25ml

ベルガモット1.25ml

フランキンセンス0.8ml

ベチバ0.45ml

【使用方法】背骨にそって首から腰に向かって1−2mlを刷り込んで優しくマッサージする。手や足にやさしく塗布してマッサージしながらストレッチする。

 

【ヘッドマッサージ用オイル】10mlホホバオイル

ローズマリーバーべノン 9滴

ペパーミン4滴

セージファバンドュフォリア6滴

ケジャップ8滴

ベルガモット11滴

フランキンセンス6滴

 

【不安などトラウマから解消される経口投与ブレンド1m】

メリッサオフィシャナリス 3滴

ベルガモット4

フラゴニア4

クンジア2

ローマンカモマイル1

ネロり3

キャリアオイル:ブラッククミン

 

*全てのブレンドは、パーソナルブレンド(個人用にブレンドされたブレンド)ここにブレンドの滴数などは変わりますのでご参考にされてください。ご希望の方は、コンサルティング後パーソナルブレンドの作成のご予約を受け付けております。

 

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携帯090−6526−6334

 

 

 

 

 

 

  

 

 

アロマセラピートリートメントで抜毛症・抜毛癖(トリコチロマニー)を緩和していく方法

  • 2016.10.12 Wednesday
  • 05:13

10月11日 火曜日 気温25度 曇り時々晴れ

 

カイルアの10月は、雨が朝晩降り続き涼しく感じる日々が続くので秋を感じる事ができるハワイのオアフ島です。

ジョンの11歳の娘カリーナも秋休みを今週1週間過ごしています。

日本から帰ってきて、カリーナを久しぶりにマッサージすると改善されていたトリコチマロニー(ダツモウ癖)がまた復活していた。

残念な事にこの癖は、ストレスが高くなると無意識のうちに髪の毛を引っ張り頭の1−2か所を剥げてくるほど髪の毛を抜いてしまう。

彼女も丁度、両親の離婚問題が勃発した4歳の時から始まった。

この症状は、多くの子供たちがストレスから解消される為に髪の毛を抜きその小さな刺激的痛みでストレスを解消しているのだ。

子供のうちに、この症状を改善していかないと大人になっても髪の毛を抜いてしまうのである。

男の子だどあまり気にならないが、女の子だとやはり髪の毛が剥げていると人目を気にする年ごろから、今度は、人間恐怖症になったり社交性への問題が生じたりして、社会的生活が円滑に過ごせなくなる障害が人生の中で発症してくる。

 カリーナも髪の毛を抜いている部分を大判のヘアーバンドで隠しながらクラスメイトに見つからないように生活をしているが、プールやビーチには、友人と一緒に行くのを避け続けて、今日も学童でビーチに行く日だったのだがお休みをした。

私が、彼女のマッサージをするようになり初めに彼女の脱毛症を発見してからジョンとジョンのお母様のマーサーにお願いして日本でいう心療内科のカウンセリングを受ける事を提案し、7回ほどカリーナはカウンセリングを受け、私が週に2−3回30−60分ほどのマッサージ(ヘッド&フェイスを中心)にして、彼女の丁度髪の毛の中心の箇所の剥げている個所から4cmほど髪の毛が生えてきてはげの箇所が気にならなくなり、ヘアーバンドから頭の天辺にお団子を作るヘアースタイルに変わってきて、ほっとしていた矢先のことだった。

私が1か月ほどハワイを留守にしている間に、また今度は、耳の上を髪の生え際と、シニョンを作っている頭上の2か所にの髪の毛を半径3Cほどのかなり目立つはげた個所が発生してしまった。

 ヘアーバンドなどでまだ隠れるうちに抜毛癖を改善するために、またアロマセラピートリートメントでほぼ毎晩頭皮(ヘッド)とフェイスマッサージを開始した。朝も嫌がられながらも2−3分丁寧にオイルを塗布してからブラッシングをするように心がけた。

 抜毛癖・またはトリコチマロニーになりやすい子供は、自己のこだわりや食事や活動の好き嫌いの主張が激しく、好きな事は集中して何時間でも継続して行うことができる子供がなる傾向が高い。

 脳の活動でいうと、ドーパミンが過多の傾向が高く、リラックスするのが苦手で多くの事を敏感に感じとる繊細な部分からアレルギー体質も子供にも多い。カリーナも喘息と軽いアトピーが皮膚にあるのである。この脳ホルモンバランスを整えるためにもリラックスする練習を全身の優しいマッサージとヘッドとフェイスのマッサージをオイルで週に2−3回することが大切である。

柔軟な脳の活動の子供の内にこのホルモンバランスの訓練をカウンセリングとともにことにより、大人になって子供の時のトラウマを引きずらずに健やかに成長することが目標です。 実際に、自己を見つめても子供の内に心の傷が癒されて居たら今頃自分が本当に 自分らしく生きられたと考えても時間は後には戻らないので今自分で周りに居る子供たちが心の傷を背負わずに生きていかれ様に活動していきたいと日々心に願いアロマセラピーの活動をしていくのが私の今一つの思いです。是非同じような問題をお持ちの子供さんがいましたらお力になれればうれしいです。

 

 

 

(リラックスヘッドマッサージ)30みり

キャリアオイル: ヘーズルナッツ・ホホバ・カレンドュラCO2ワックス・ボラージ

エッセンシャルオイル:合計3ml=90滴

ラベンダーアンガスティフォリア  21 滴

ローマンカモマイル 12

ペティグレンワイルドフォーレスト12

パルマローザ 20

シダーウッド10

タンジェリン 15

 

ボディーオイル30ml

キャリアオイル: ヘーズルナッツ・ホホバ・ボラージ

エッセンシャルオイル:

ニアウリ 9 滴

ラベンダーアンガスティフォリア15

ローマンカモマイル8

サンダルウッド6

フラゴニア 10

メリッサオフィシャナリス 4

 

ダツモウ症・癖悩まれて居る方がいらっしゃいましたらご相談下さい。

メール:info@argutha.com

 

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ボタニカ2016 セレブレイティング ハーブ&クリニカルアロマセラピー 英国ブライトンスーシックス大学にて

  • 2016.09.06 Tuesday
  • 02:07

9月2日から5日 2016年 英国ブライトンにて

 

 ブライトンはロンドンから2時間ほどバスで行く、海辺の町でイギリスでも比較的暖かい場所だと下調べしていった私は、ハワイと同じ乗りで長袖は万が一のために1枚それと薄手の大判スカーフを2枚持っていて後はTシャツのような軽装で行てしまった。ブライトンの町に着くとどんよりと曇っていて、如何にもイギリスという天候で気温は14度。

 バスを降りた私は、横目にダウンやとランチコートの人達の中で夏の白いTシャツの姿だった。「あーやっぱりイギリスは、寒かったんだ!」と10年ぶりのイギリスというよりヨーロッパのどんよりした空を見ながら、自分の情けなさに胸がいっぱいになった。

  スーシックス大学はブライトンから10分ほど離れた場所に位置している。敷地内には、小さな村のように煉瓦建てビルが立ち並び、スーパーやカフェなどがあり、そこら中にハーブガーデンがあり流石イギリスのトップ20の大学施設はホテル並みに整っていた。

まずは、スーパーに行き寒さしのぎに黒タイツを購入し、10年ぶりのヨーロッパで電気のソケットがミツマタだったのをすっかり忘れて自宅には、嘗て使っていたソケットを思い出しながらスーパーに売ってないか探したが、流石に販売してなかった。明日までにどうにかして探さないと、大変なことになると焦りながら、電池を大切に使って、開会式とレジストレーションの会場に向かった。アメリカのコンフェランスでアレキサンドリア式ペインマネージメントのアロマセラピーを嘗て私は習った、看護婦である先生リアナルイスがオーガナイザーで優しい笑顔でスタッフと参加者の人々を迎えてくれた。

 会場に入ると、なんと47か国(ほぼ全世界から)400人の人々が参加している私の記憶の中でももっとも大きなアロマセラピーコンフェランスである事をリアンの説明で確認し、アメリカでは、日本人は私以外にほぼ0人の日本人の参加者なのに英国は、15人ほど日本人の方々が参加していて、なんだかうれしくなった。

 格安航空券でバンコック経由の航空券で21時間半の飛行時間を経て到着した私は、心地よいクッションの大学の講義室の椅子に座り、パワーポイントの画像を出すために電気が消えたとたんに、頭の後ろを誰かがノックアウトしたように睡魔に襲われ、船をこぎながら講義を聴いている自分がいた。メンタルパワーブレンドを米神や首の後ろに塗りながら何とか、睡魔に打ち勝ち1日目が終わり、カクテルパーティーには、参加せずに、そのままバッタンキューでベットにシャワーを浴びた後気を失うように寝ていた。目が覚めると明け方3時だった。2度寝ができずに、2日目のセミナーの内容などの予習をしながら時間をつぶし、5時くらいにまた眠くなり気が付くと7時だった。カフェに朝食を取りに行くと、4人ほど日本人らしき人たちが楽しそうにお話をしていたので、私は、挨拶をして席に着くと頭の中はソケット誰か2つもってないかという事で渦巻いていた。

 話が途切れた時に、何気にきてみると流石日本人2つ持ってきている千葉でアロマセラピーを教えている優しい笑顔の田村さんの後ろに後光がさしていた。準備万端の日本人の片隅にも居られない自分を反省しながら、貸していただき感謝感激。すると彼女は、「差し上げます。」と神様のように天からお声のように私に言ってくれたのだった。私は、何て優しいのだと感激し、お礼に私の大切な子供オーシャンオブプルメリアを次の日差し上げた。これで、なんだか日本人の仲間入りができたように肩の荷が下りた自分が居た。

 会議は、初心者の方でもわかりやすい内容からかなり高度な統計学やリサーチ結果を発表した。どんな人でも楽しめる会議であった。

その中のいくつか感動したスピーチについて説明していきます。

まず一番初めにギリシャのクレタ島で野生の植物を蒸留している女性ジーナ ソレンソンさんは、シンブルに野生植物達の写真と栽培されて大量生産されている植物達の写真を比較して、野生の植物達の肥料など使用されずに土地の環境に順応して生息している植物達を手摘みで手稲にコミニケーションをしながら収穫しているエッセンシャルオイルとトラクターで一気に収穫しているエネルギーの違いと生存力・免疫力の違いを情熱的に語ってくれた。クリニカルアロマセラピーにおいて、栽培されてトラクターで収穫された職部たちは使用できないのです。私も厳選した蒸留者の方々からのみエッセンシャルオイルを購入しているので、そのとうりと感動し、イギリスの後南仏でマダカスカルの野生の植物達を蒸留しているアニーからエッセンシャルオイル達を買い付けに行く事にした私は、ジーナのオイルも是非私のプラクティスに使用していきたいと心に決めた。 彼女のブースに行き、サイプレスのボトルを取り香りを聴くと悪で目の前にサイプレス(糸杉) の木がドーンとあるかのように新鮮で力強い香りがし、全身の血流が活性されるように体が暖かく感じた。ジーナのサイプレスは、センタリングばかりではなく、自己嫌悪や自分が情けなく無く感じる心、心配性、心がバラバラになった気持ちを1つにしてくれる。電気のソケットを忘れた今の私の心に一番必要なボトルをはじめに手に取った自分に驚いていた。

 ローズマリーもクレタ島の太陽のエネルギーが凝縮された様にシネオールとバーベノンの暖かく逞しい香りが肺の中を駆け巡った。

月桂樹のエッセンシャルオイルローレルは、フランス産のスー鎮静するエネルギーよりシネオールがややたかいやはり暑い太陽のエネルギーを感じる力強いエネルギーがぎゅとつまり、体内をすっきりと浄化してくれるエネルギーを感じた。そして思考への聡明感・マイドを高めて集中力を高める香りがする。

どのボトルの蓋をあけて消して裏切らない確かな野生の生命力を感じた。私は、全11種類(ウインターサボリ・マスティック・キャロットシード・グリークセージ・スパニッシュタイム・チェストベリー・ラベンダーストエカス)を購入し、私のクライアントにこの素晴らしい力強い生命力のあるエッセンシャルオイルを使用していく事に心が踊っていた。ジーナにハワイに是非オイル達を送ってください。とお願いすると、勿論と太陽のような力強いエネルギーで笑顔で気軽に答えてくれた。そして是非、今度蒸留する所を見学させて下さい。と尋ねるとこれも即答でYESと笑顔で答えてくれた。

 ルークムラー医師の公演は、未熟児の発育発展の為にアロマセラピーを使用する研究結果であった。一般的にはアロマセラピーは幼児には使用しないのが原則?なはずなのですが、ここではなんと未熟児の幼児達に使用した。使用されたオイルは、バニラであった。バニラを綿棒にしたらせて鼻の下で直接吸引させると、幼児乳児は、もごもごと口を動かし小さな口角が上がり嬉しそうに笑うのである。この香りを使用する事により、未熟児達の脳はリラックスし血管にリラックスした柔らかい筋肉になる。柔軟な筋肉は酸素が沢山流れて行く。すると肺へも酸素が沢山流れ肺の機能が発達し、同様に心臓にも沢山の酸素が循環して心臓機能が発達するのである。このように1日3−4回バニラの香りを無菌室で使用して未熟児達の発育を促進して行くという結果が出ている。かなりアロマセラピーの原則を崩すまたは、固定観念を開放してく素晴らしい結果発表でした。

 近年になり多くのエッセンシャルオイルの化学成分1つのに注目した禁忌の原則が解放されて、よりダイナミックな使用方法が考えだされ、実験報告がこのような会議で発表されてきている。

 次にアロマセラピー原則の動物には、エッセンシャルオイルは使用できないという原則である。UKのキャロラインイングハム先生は、「動物達は、本能が強いので必要なオイルの選択と容量を知っている。それほど彼らの生存能力は高いのである。」これは、アニマルキングダムの原則である。人間のみがエゴを所持する動物であるが為に生存の為の判断力と本能が失われてしまっているのである。」確かにこの論理は理にかなっている。沢山の経験のお話中で12歳の老犬が消化器系の働きが悪くなりご飯を食べなくなり慢性の下痢なっていた。品種はテリアである。腸にレモンの原液のオイルを2−3滴つけてマッサージすると、テリアは片足を挙げたままおろさずもっとずーとマッサージしてほしいと伝えるように喜んでレモンオイルを受け入れていた。テリアは、必要な間だけ片足を挙げてマッサージをしてもらい、必要で無くなったら足を下げた。この一度のセッションでテリアの慢性の下痢は止まりそして食欲もでてきた。というのは、腸が菌に感染していたのでレモンで殺菌されて下痢が収まったのだ。何とわかりやすい診断結果なのかという「ガッテン100%」の動物達の生存能力だ。これらの発表は、実は10年前にもアメリカのコンフェランスで発表されているのでより多くの文献や実験結果が出ているのが、現実なのだ。残念ながら、初めに動物達のアロマセラピーの本だけを読んでいる人々の固定観念が一般的になってしまっている。

 植物達そして動物達は常に進化してそして退化し続けている。それは、地球のエコロジーシステムが常に流動しているからだ。その変化を無視して生存して行く事は自然を無視して生きて行く事になる。つまりそこで、私たちの健康は疎外・破壊されて病気を発生して行くのだ。植物療法は、特に常に変化して行くので常にアップデイトが必要でアップデイトしていかないと、効果効能が発揮できない療法になってしまうのである。

 エコロジーを理解することが、健康なる秘訣である。自然のを大切にする事は、自分を大切にすることである。自分が健康である事は、周りの人たちも健康である。先ずは、自分です。飛行機で緊急事態の時に酸素マスクをつける順番と一緒です。先ずは、自分にマスクをつけてから子供につけてあげるのです。この原理に反してしまうと、病気が体内を犯して生命力が減速または欠如して行くのです。

 是非皆さん自己管理・健康を第一にしてライフスタイルをリセットしてください。

ガブリエルモージェ先生のワークショップの中で、病気にならないようにする一番大切な鍵は、新陳代謝であり、体内のシステムの排泄機能が正常に働いてないと、皮膚・呼吸器系(肺)・内蔵に毒が停滞して自己免疫能力が停滞し、退室により体の一番弱い部分から毒が回って行き、症状から病気となっていく原理を説明してくれた。

 新陳代謝の定期的な浄化が必要である。市販されている商品には、天然成分プラスアルファーの化学薬品が95%なのである。これらの薬品は私たちの体内に沈殿して毒となっているだ。近年のテクノロジーの発展によりこの毒の微粒子はとても細かい、一度体内に入ると適切な方法で解毒(浄化)を定期的にしていかないと健康を破壊してしまうのである。この方法も基本の方法があっても実際少しずつ発展してきている。11月15日から日本に帰国しますが、この時にこの浄化と解毒のセミナーをします。是非興味がある人は、ご参加下さい。 詳細は、ホームページのNEWSでご案内します。

 それでは、これから南仏に行ってマダガスカルの野生植物のエッセンシャルオイルの買い付けに行ってきます!(なぜ南仏でマダガスカルのエッセンシャルオイルとお考えの方は、フランスの植民地だったので多くのフランス人が住んでいるのです。そしてドクターぺノエル医師のセミナー受講(2007年)後、この蒸留者の人をセミナー中ご紹介いただき使用してきているのです。)

 

A BIENTOT !!

 

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Ocean of Plumeria Natural Perfume ハワイの香りに包まれて何時でも楽園気分

  • 2016.07.10 Sunday
  • 06:27

7月9日 土曜日 気温25度 晴れ時々雨と朝方レインボー

プルメリアを積んだ後余分な水分を飛ばして乾燥

カイルアビーチ育ちのプルメリアのアロマは夏のけだるさから楽園気分

 

   ハワイに住んで3年目にしてプルメリアの季節にプルメリアのナチュラルパフューム(トワレ)の作成に成功しました。

  ハワイでは、年に2回プルメリアの満開の季節が1−2か月続きます。つまり年の3分の24か月プルメリアの香りがトレードウィンドに流されて噴霧するのです。プラスマンゴやパパイアそして松やココナッツなどのアロマももトリードウィンドと一緒に噴霧されてなんとも言えない楽園のリラクゼーションを毎日自然に感じる事が出来るのです。

 

  大都会に住んでいると味わえない天然のアロマセラピーを堪能できる素晴らしいアイランドに住ンでいる私は、青い地球に日々感謝して生きてます。

  そしてこの素晴らしい自然の香りをプルメリアを手積みしてすべて天然素材で初めから作り上げるのに研究をリサーチ結果管制しました。

 

 

 

 

 

  プルメリアをアルコールエクストラクションするアルコールもコナの深海の水をくみ上げた水を使用し、オーガニックのローカルのサトウキビから蒸留されたオーシャンウォッカを贅沢に使用してアルコールエクストラクションに成功しました。エクストラクションの時点でアルコールは、30%ほど失ってしまうのです。

 

プルメリアの花は、朝晩太陽雨がよく降るカイルアでは、日の出が朝5時半の6月雨水が乾いて太陽が燦々と降り注ぐ9時ー10時に摘み取り、新鮮な開花したてのプルメリアを手済みするとプルメリアの花からねっとりとした樹液が出てくるので一旦日陰で乾燥させます。完全に樹液が乾燥したところでプルメリアのアルコールエクストラクションを行う1日がかりのプロセスを経て、プルメリアのアルコールエクストラクションが完成します。プルメリアもハワイで一番ポピュラーな白く丸い花びらで中心がレモンイエローのシンガポールプルメリアまたはプルメリアオブトュサ、ピンク色の花弁もある。もう一つの種類がより香りが濃厚なプルメリアで、プルメリアルブタで、花弁がより厚く甘く深い香りで、色は多様にありレモンイエロー・ピンク・オレンジ・また紫がかった深紅色がある。とてもこの中でも珍しいレインボープルメリアのアルコールエクストラクションに成功した。アルコールエクストラクションからナチュラルパフュームを作成する過程で通常植物の微粒子によりパフュームの液体が濁ってしまうのであるが、今回とメイの黄金色に特別なフィルターを使用して成功しました。

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プルメリアの語源は、17世紀フランス人の植物学者チァールス プルミアーの名前

   から由来している。

    フランジュパーニィという別名をヨーロッパで呼ばれ、16世紀イタリアの貴族が

   香水を作りこの名前をとってフランジュパーニィ(Frangipani)と呼ばれている。

         イランでは、ヤスミン(YASMIN),ヒンズー後ではチァンパ(CHAMPA)と呼ばれ

   人生の木として珍重され寺院に植えられていてる。プルメリアの香りは世界中で

  愛させれて珍重されている香りである。

 

 

 

 

 

 

 

【アロマセラピー】

ラテン植物科 Apocynaceae Plumenieae科

 

オイル:薄く透き透った金色 香りの特徴:甘くフルーティーなフローラルフレグランス

 

 (香りの効能)

 高揚させる。落ち着かせる。インスタントにストレスを解消する。マインドを促進させ、ボディーに平和と穏やかな平静心を与える。

自信と自尊心を促進させる。インナーピースを促進させる。インナー&アウターピースを促進する意識を高める。

 

皮膚細胞の再生効果・保湿・スムースな皮膚を促進・ エンドロフィン促進で鎮痛効果 

 

使用方法:手首・首・肩・額などにミスとして優しく皮膚に浸透させるようにマッサージし

 深く香りを吸引しながら深呼吸をすると、自然に愛を感じ、愛される事に気づいていく。心の空虚感から次第に解放され鬱な心から開放されて行く。(フェイシャルのトーナーとしてもスキンケアーでリフレッシュ効果も期待できます。)オーガニックボタニカルアルコールで作成しているので、ミネラルウォーターや炭酸水に吹きかけて気持ちを効用させたりする効果も期待できますが、アルコールに弱い方は控えてください。私のお勧めは、ライチージュースを炭酸で割り、2−3回ミストして飲用すると高級な媚薬のカクテルが出来上がります。ホメオパシーのように1回舌の裏に吹きかけて使用してもリラックス効果を楽しめます。

(注意:妊娠中・20歳以下の人は内服不可)

 

Organic & Glutean free Natural perfume

 オーシャンオブプルメリア ナチュラルパフューム(トワレ) 30ml 19800円  (会員価格 17820円)

 

ご注文は、メールにて受け付けております。

 

LOVE&ALOHA

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MIDORI

 

 

 

アロマセラピーでポエム病改善(Aromatherapy is Effective for Poem syndorome )

  • 2016.06.08 Wednesday
  • 05:51
6 月 7日 (火曜日)


ポエム病を知っている人は、とても少ないと思います。
世界でも難病に属していてとても稀な病気で進行もとても速い病気です。
原因も不明です。
ポエム病は、別名 クロウ深瀬症候群 シンポシンドローム、タカツキ症候群、PEPシンドロームとも言われます。
POEMSの略は、
P=POLYNEUROPATHY 多発性神経炎
足・脚の感覚麻痺・しびれ・運動能力低下が手や腕に移り、呼吸障害
O=ORGANOMEGALY 臓器腫大
脾臓・肝臓・リンパ線の異常肥大
E=endorinopathy 内部分泌障害
甲状腺ホルモン低下・慢性疲労・性的能力低下(卵巣や睾丸機能の低下)・メタボリックシンドローム
M=Monoclonal Plasma-Prolifeactive disorder(Monoclonal gammopathy or M proteins
異常骨髄細胞が血中に浸出し異常Mたんぱく質が血中見られる
S=Skin Damages 皮膚障害
皮膚が異常に厚くなるまたは、異常にシミが出たり瘢痕がでる。

ポエム症候群は、つまり異常骨髄液から分泌されるMたんぱく質(IMMUNOGLOBULINS)が異常に血液に流れ出しておこる、血液の病気である。Mたんぱく質(IMMUNOGLOBULINS)は健康な時には、感染しないように細胞をまもってくれるのだが異常にMたんぱく質が血中含有されてしまうとPOEM症候群の症状を発生する。研究結果ではVEGF(Vascular endothelial growth factor ) 血管内皮成長因子がこの病気の主な要因であると提案している。

この稀な病気に対応する薬は、現在まだ作られておらず骨髄移植や化学療法などで対応しているのが現状である。
日本では、2004年の時点で340人がこの病気であると診断されているが、症状がでていても稀な難病であるため
正しい診断が出ていないケースがあると推定されている。

エッセンシャルオイルは、ニューロートランスミッターであり内分泌腺から分泌されるホルモンンバランスを正常化し、酵素と結合して血液の正常化効能が高いのでこれらの症状に多大に発揮することが推定された。

2016年2月下旬から3か月間使用

● 午前(交感神経)午後4時過ぎ(副交感神経)に働きかえるブレンドを1日3−4回1回1mlを経口投与1日3-4mlを経口投与。

エッセンシャルオイル:Kunzea ambigua Fragonia Pine scotch Black spruce ginger root lemongrass Thym saturoide Mrtle red Chest berry Angelica root Davana German CHamomile Sandalwood White Manuka Coriander seeds Melissa officianalis Neroli Rose otto Cistus Helichrysum italicum Palmarosa Geruiume borbone,Lemon

キャリアオイル: ヘンプシード油・カロフィルムイリウム・ニゲラサッティバ(ブラッククミンシード)

クライアント:女性 50歳 子供2人 4年前に骨髄移植

使用後1か月後、クライアントは、飲用し始めてからこの病気になって落ち込みがちだったのが、この病気でも頑張って生きていこうという気力を持ち出した。と伝えてくれました、身体的には少しむくみが落ち着いてきただけであまり変化は感じないとのことでした。

5月20日 移植後常に増加していたIGAが初めて今回 2225から1137に低減した。アロマセラピーの経口投与の効果が3か月使用役

この結果、エッセンシャルオイルのブレンドをその後継続している。 
その後の結果はまた3か月後にご報告します。

LOVE&LIGHT,
MAHALO NUI
MIDORI







 

カエナポイント オアフ島の最西端まで年明け車を走らせる

  • 2016.01.05 Tuesday
  • 14:31

1月2日 2016年 晴れ時々雨 気温24度

ハワイの冬は11月あたりから突然大雨が嵐のように降る。
師走夜の8時あたりから31日は、オアフ島の町が花火の花がドドーンという大きな音と一緒に咲き乱れる。7月4日の独立記念碑の10倍それ以上の花火の量だ。年明けを盛大に迎えるアジア中国人の移民達の風習だ。ハワイでは、個人の花火は違法なのに何千人の人々が花火を打ち上げた。毎年その中の1人だけが逮捕される。それは、まるでくじ引きのはずれどころか、年明け早々ローカルニュースに写真が出回り有名になる大当たりの人である。
1月1日は、バーク家では運がよくなる年明けメニューは、黒豆ではなく、ブラックアイピーという白豆に黒い点がついているトマトシチューを食べる。私達は、年明けの挨拶がてら4時あたりに家をでると、オバマ大統領の隣に住んでいる彼のご両親の家までいつもは15分で行くのに、大統領の移動の為の交通規制と土砂降りで道が沈没した補修工事とで55分ほどかかり到着した。彼のご両親は、82歳と80歳で今年も元気に年を明け、私たちに優しい笑顔で『ハッピーニューイヤー』と迎えてくれた。彼の5歳上の姉アナと彼女の息子15歳のジョーもにこやかに『ハッピーニューイヤー』と迎えてくれて、私たちも同じに挨拶を笑顔で返した。日本のお正月とは打って変わり、さっぱりしていて私にとっては、おせちを食べ過ぎて日本酒で迎えるよりも何故か心も体も軽く新年を迎えられる。
 2日の日は、カリーナが昨日からお母さんの家で過ごす日だ。2人で色々と他愛のない会話をしながら時間を過ごした。お昼過ぎに私が海苔巻きをキュウリとビーツの三梅漬け海苔巻きときゅうりとカルビーの太巻きを作ると、彼はあっという間にお肉の方を2本平らげた。私は、ハワイに来てからオーガニック葉つきのビーツにはまり、サラダやお漬物、炒め物にして毎日のように食べている。なのでお正月も何時ものように、冷蔵庫からビーツの三梅漬けを切り刻み海苔巻きを作ってたべた。キュウリのさっぱり感とビーツの甘さとしょっぱさがとても愛称がよい。勿論海苔は日本から持ってきた。何故かハワイや海外で購入する海苔は、風味が落ちるのと直ぐに湿気てしまう。ご飯も何故か味がしないのだ。日本のあきたこまちやこし錦等を買っても、アメリカの人には違いがわからないようだった。それはフランスにチーズが2000種類あるのと同じように、日本の食文化の繊細さだ。贅沢な食事ではなく微妙な味の変化を味わうのがハワイの私の小さな食の幸せである。
 海苔巻きを食べた後、彼がドライブに行こうと誘ってくれた。時計を見ると午後3時を回っていた。
久しぶりの遠出だった。といっても50マイル(28キロ)先の最西端カエナポイントを見に行こうと誘ってくれた。ノースシヨアは有名になり観光客で賑わい込み合っているが、カエナポイントは、まだ観光化が進んでいないのでローカルな感じでだからと説明してくれた。私も25年ほどハワイに来ているがカエナポイントには、まだ一度も行った事がなかったので少し年明け新しいハワイの発見で心が弾んだ。カイルアからH3ハイウェイの広大なハワイの火山で刻まれた山間を抜けると6車線のH1ハイウェイはいりものすごいスピードで車が行きかうハワイのハイウェイは、スピードを出さないと危険な位車が右から左から車線を割り込みながら走る。ディズニーホテルのある新しい観光スポットコオリナを通り過ぎると1車線のハイウェイになっり、景色はあっという間にタイムスリップしたように昔のハワイの町並になった。小さな南国調のカラフルな家がパームツリーとブーゲンビリアやハイビスカスが野性的に生える中立ち並び、日系の人たち用に日本の村上スーパーマーケットなどがハイウェイ沿いに建てられている。マーカイビーチを通り越し横浜ベイを過ぎると潮の香りが日本の海の香りになった。海藻のにおいと漁船の為魚の匂いが窓を開けていると入ってきた。彼が『学生時代よく兄と魚を釣りに来たんだよ。小さな500フィートのボートを買ってね。』と学生時代魚釣りをして魚をマーケットに販売しておアルバイト代わりにしていた事を話してくれた。ドライブは、車の中で何気ない会話が楽しめるのもドライブの楽しみの一つである。横浜ベイ過ぎると乾燥した雑木林が茂る渓谷が海岸繊維ならび渓谷に沿ってハイウェイが引かれている。

ビーチのウェイブが見えてきた。それは深く透明なガラスのような海水の山が大きくうねり崩れると白い泡に消えていく。カイルアの優しい並とは違うハワイの海のダイナミックさを見せてくれる。ロコの若者たちが大きなトラックにサーフボードを積みサーフィンを楽しみに年明け1月2日から新年のサーフィンを楽しんでいた。日に焼けた肌に、各々のタトゥーをいれている中で、トラックの助手席で何かを探している女性の美しい黒髪、ロコガールのTバック調のビキニが自然に生えて美しビーチを彩っているのを横目にカエナポイントの入り口に入るとミリタリーの展望台のゲートが山沿いにあり、そこから行き止まりのカエナポイントのオアフ島の最北端そしてオアフ島は、なんと一周できる道路がなくここと途絶えていて、一周するにはUSミリタリーの人たちだけがカエナポイントの先を管理している。私たちは、ビーチに降りて1枚ボケボケの写真をとりサンセットを見て2人でサンセットの美しさを肩を組みながら歩いて楽しんだ。あっという間に日が沈み車に戻りカイルアに車を走らせた。

  2016年のお正月は、今年も静かな平和な年になる予感がしてきた。

INNER PEACE UPON US 10ml ロールオン
ローレル 6滴
ワイトローズ 6滴
シスタス2滴
ベルガモット9滴
ブッダウッド4滴
ジュニパーベリーアリゾナ3滴
ネロり5滴
メリッサ1滴
効能と使用方法: 鼻の下、こめかみ首の後ろに塗布して深く深呼吸をし心の平和の喜びを感じて瞑想をする。毎日の繊細な出来事を感じ感謝の気持ちを深めて生きる喜びを感じられる香り、
人間は、日常の生活に喜びを感じる感謝の気持ちがあると幸せを深く感じて生きていく事が大切だと実感できる。

LOVE&LIGHT、
MIDORI
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クリスマスと師走前の孤独と孤立を感じないブレンド No More Loniness & Isolation

  • 2015.12.08 Tuesday
  • 12:32
 12月7日 月曜日 晴れ時々曇り 気温27度

 クリスマスが近くなると母の誕生日を思い出す。
母はクリスマスイブに生まれた聖なる人のキリストの亡くなった日に生まれた人で彼女はクリスマスイブに多くの友人を集めて自分のお店でお誕生日パティーを兼ねて大きなパーティーをしていた。
 そんなクリスマスの私の思い出は、余り家族的ではないものばかりで寂しい思い出ばかりである。母の為に、クリスマスイブお料理を作って家で待っていてもいつもよぱらって真夜中に帰宅する彼女がいるだけで、待ちくたびれてしまった姉と私は他愛もない事で2人でイブに大喧嘩をした事もあった。
  そんな私が家を出る計画が成立したカナダに留学をした時には、ホストファミリーの家族に囲まれて心温まるクリスマスを毎年迎え心温まる経験をクリスマスホストファミリーの人々と迎える経験をした。。
 そんな母がお店を閉めてから定年後、友人が次々と亡くなり寂しい誕生日を何年も迎えそして父が亡くなり、母が倒れて2年目のクリスマスは、私は自分の家族から解放され孤独と孤立から解放されハワイで家族団欒のクリスマスを迎えようとしている。
 悲しい事に家族環境にに恵まれない私は、その環境から離れると本当に幸せになる。
以前は、その幸せを否定していた自分が何処かにいたのだが、今ではそれが本当の幸せであることを心の底から感じている。
人間は、家族や環境に恵まれない時には、新しい世界へと旅立つ力という知恵がある。今のシリアの難民とは比較はできないが、自分の心の中では、難民ののごとく私は、日本を離れてハワイの地に生きつき、本当の幸せを毎日ほのぼのと青い海と空トレードウィンドと暖かい家族と愛に囲まれる日々をほのぼのと感じている。
 カナダから帰国して何度となく母や姉とそして父と幸せに仲良く生活をする計画を立てたが、その計画はすべて無駄になってしまった。
 日本は、実際に孤独な老人が多いいのは、人間が何故か家族という絆を大切にしすぎだからかもしれない。家族以外の人々が
仲良く生活する事を考えればより大きな形で孤独と孤立から解放されるのではないかと考えられる。
アメリカの素晴らしい事は、家族以外の人でもクリスマスや新年を楽しく過ごす事を尊重している。それは、核家族を経験して
その賛否両論を理解した末の人間の幸せの形を受け入れているからかもしれない。
孤独と孤立から解放するためには、今後全世界の人々が長生きするにあたってこの家族以外の人々、気の合う人たちと生活をする形を受け入れる事が大切であると思う。勿論それでも、一人暮らしを選択する私の母のような孤立した人は、別かもしれない。
私は、今自分の人生を半分以上過ぎる所で、やっと本当の自分の幸せを世界の楽園ハワイのカイルアで見つけたのだ。
『幸せは、突然やってくる。』と良く言うが、私の場合は長年人生を充分に生きてきてやっと自分だけの幸せを感じている2015年最後の月12月クリスマス、師走そして真実の幸せを迎えている。
 人間行動学のバイオロジーに出会っていなかったら実際今の幸せはなかったに等しい、神様や女神そして妖精達にお願い事をして
幸せになれるように多くの努力をしてきたが、実際には幸せは感情的になりすぎたり、何かにすがって見つかるものではなく自分で研究し努力し考えて見つけていくものである。もしもカナダで勉強していた時にこの人間行動学を学んでいたら今頃私は、もう少し違った人生を歩んでいたに違いない。過ぎてしまった事は、今さら考えても仕方がないのでせっかく学んだヨガの哲学にのっとり!『BE PRESENT』(今を生きる)をモットウにして生きていこう。
 まずは、今が一番大切で、今何かつらい事があったらそのつらい原因を取り除く努力をし、そしてその結果が何であれ、つらい自分にならないように同じ事を繰り返さないようにその行動と決断をしなくてはならない。
 私の場合、家族から離れた4年間のカナダが本当の自分の人生が始まった時で、日本に帰国後再び家族に揉まれてつらい人生を23年間過ごして今再び家族と日本を離れて、幸せな人生孤独と孤立感からかけ離れた愛多き幸せな人生を歩んでいる。

恐らくこれは孤独と孤立を家族の試練から体験してみないと深く感じられないのかも知れないと考える自分がいる。ただもし私の友人に同じような経験を進めるかというと、余りお勧めする体験ではない。それは、戦争を体験した人々が次の世代の人々に言い伝えるきもちにもきもちにも似ている 。かくかぞく核家族そして家庭崩壊時代に育った私にとって、家族や血の繋がり以外に深い感情と気持ちの繋がりを見付けていくことが世に大切である事をこれからの世代の日本の人々に伝えてたい。それには、やはり社会的な 決まりを恥れて大きな視野で人間関係を拡大する必要がある。既にその世代を超えている北米では、家族も大切にしそして気の合う仲間も大切にする行事が広まっている。血縁だけではなく、養子縁組やゲイマリッジの一般化などもその1つである。
 ジョンの家族も3人目の子供を養子にしている。カナダのホストファミリーも同様に3人目を養子にしている。この二家族に共通して言えることは、3人目の子供が老後近所に住んでいつも必要なときに手を貸している。まったく血縁がなくても長年一緒に生活した家族である証拠以外何物でもない。今この核家族と家庭崩壊に育てられた子供達は、新たな盛大として段階を経て家族や仲間を大切にし意識して社会を構成していくのだ。彼の娘やその友人たちを見ていても、自分の親が離婚しているのが普通になり家に両親以外の人が住んでいる事を自然に受け入れている。離婚する事が幸せの次のページになり、それを自然に受け入れられる環境を今後作ることでより愛のある社会が構成されていくのである。結婚も離婚も好きなものが好きなだけする事を受け入れる社会にならないと、この長寿の時代、孤独と孤立の人生を過ごす人々が増大する。人間らしい生き方の大切な一つは、気の合った人々と時間を自然に過ごす事であると人生半分を生きてきた私は、痛切感じる。さて人間行動学の論理の上では、その気の合う人=自分と似ているホルモンンバランスに人なのである。そのホルモンのバランスを研究実験は、世界的に行われているのが現状である。
 アロマセラピーにおいても、人間のホルモンのバランスを整えるニュロトランスミッターであるとイギリスやアメリカで認証されつつある。その人工的なホルモンは、発がん性があったり成分が強すぎるので長期的に摂取すると人間の自然なホルモンバランスをとる自然治癒力を阻害してしまい、精神的・感情的な不調和が発生する。天然の成分は、多くの成分が自然のバランスの状態で存在しているので、経験豊かなアロマセラピストによりブレンドされたブレンドを使用する事によりそのバランスが自然なリズムで調節され強壮されていくのである。今後この論理を理解していくことにより多くの感情的症状が改善されていく事が可能になる事であろう。
但し、自然の原理には、現代人の求めている即効性が劣るのとオイルの生産力が追い付かないため価格と効果が見合わないのが欠点である。そこで、やはり即効性を求める現代人には、人工的な薬を使用する結果になる。
 自然派の私は、やはり自然な方法を選択するが、勿論人工的な方法を100%否定する事はない。ただ長期的にはどの化学者の人々も人工的な薬を接種する事を進める人はいない。
 最終的には、自己の健康管理はやはり大人になったら自己責任になる事である。苦しいのは一番自分であり、すべての病気には原因と結果が存在しているのでその原因を1つでも自己責任で減らしていける選択を毎日積み重ねていった結果の健康な自分が存在するのである。
 
   孤独感は孤立した生活の結果から発生する。

悲しい事だが私の両親も、結果的には孤立しそして今その結果自分の孤独な人生の最後を過ごしている。それは誰の責任でもなく、全て自分の責任で要因を作り結果が発生したのである。
 今戦後から70年全ての人々が自由に生きる環境をほぼ自由に選択できる時代。さてあなたは、残りの人生を孤立から孤独へと歩むのか、それとも、孤独とは反対の『愛』を分かち合い大切な人々と繋がりを深めていく人生を歩むのか、諦めずに今から計画を立て行動をとる事をお勧めします。

Merry Christmas Diffuser blend 12ml
愛を感じる人生を歩む選択へと導いてくれる香り

オレンジ 3ml
タンジェリン2ml
シナモン0.5ml
ジンジャールート0.5ml
オレンジブロッサムアブソリュート1ml
ファーバルサム2ml
ローズマリー1.5ml
フラゴニア2ml
バニラ1ml

使用方法:1日30分お部屋にディフィューズしてリラックスして音楽などを聞き自分を見つめてみましょう。
その後思いついた人へメールや電話をしてみましょう。

LOVE&LIGHT,
MIDORI
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Dreaming of Hawaiian Vanilla Orchid Blooming ハワイでバニラ蘭の開花の夢

  • 2015.11.29 Sunday
  • 07:13
 
 11月28日土曜日
 ハワイは、ここ数日雨それも1日中雨が降り晴れ間は、30分昼過ぎにあるぐらいで、朝は気温が22度に下がるほど肌寒い冬が訪れていた。
 東京育ちの私には、あまり寒く感じない冬のハワイだが、ハワイ育ちのジョンには、とても寒く感じるようだ。さすがの私もここ1−2週間雨が毎日降り続けると青空と太陽の暖かい日差しが恋しくなる。
 そんな11月の日通販で購入した11個バニラオーキッドの苗を植えた。寄生して育つ蘭は、木に絡まりながら木の成分を栄養にし成長する。15センチほどの苗木を昨年食べた9本のストロベリーパパイアの種から育て上げ1メートルから1.5メートルに育った木の根元にオーキッドモスを湿らせて植え付けた。残りの2個は、25歳のパームトリーにオーキッドモスのバスケットに植え付けたバスケット事ロープで括り付けた。
日当たりは1日3−4時間ほど辺り、気温も平均して25度なのでバニラオーキッドが育つ天然の環境である。バニラオーキッドは、数十メートルの蔓を木に幹などに沿って伸ばして上にまたは下に成長し、ペールイエローの花を開花させる。開花は24時間だけで開花している間に受粉しないとならなバニラポットは実をつけない。バニラポットはバニラオーキッドのフルーツであり、ビーンズは種になる。そのポットを天日干し1週間移譲させて発酵させ緑色から茶色になり芳香な香りを放ちだしたら出来上がりだ。
 バニラは、メキシコのアステカが原産地であるが、世界中のバニラ産出量はタヒチ20%やマダガスカル70%なアフリカのコーストラインの国々などトロピカル地方で盛んに栽培されメキシコではほとんど栽培されていない。マダガスカル産のバニラはバーボンとも呼ばれクリーミーで芳香な甘さがある。タヒチ産のバニラはアニスのようなフルティーなさわやかな甘い香りである。私が購入したのは、タヒチ産の物であり、より女性ホルモン系の成分が高い。
バニラの歴史は15世紀メキシコアステカでカカオと一緒に混ぜて飲むドリンクが貴族の人々の間で広まり、17世紀にスペインの植民地になりスペインからこのバニラがヨーロッパそしてその植民地アフリカマダガスカルへと広められ栽培されていった。
観光業が盛んなハワイでは、環境はとてもバニラオーキッドの栽培に適していてもほとんど商業的には栽培されておらず、ビックアイランドでハワイアンバニラを栽培しているファームがあるが、主に食用で栽培している。
 オアフ島には、観光が盛んなのでバニラファームは残念ながらないが、ジョンのお兄さんの家で栽培し何回かバニラをバニラポットを収穫していた。2年前に病気になり残念ながら枯れてしまったそうだ。7−8年かけて育て上げたバニラオーキッドが毎年開花していた花が枯れてしまったのは、残念なことだ。なので私は、実際にバニラポットがなっているのは見たことがないだ。
 そして、アロマセラピストして一番注目したいのは、オーキッドの丁度人間に例えると子宮になる部分がポッドになるのだ。つまりバニラエッセンシャルオイルは、人智学的に説くとオーキッドのホルモンが濃縮されて保管されているのがポットだ。1キロのバニラビーンズで1mlのオイルが抽出されるほど産出量は少ないのでバニラはとても高価なオイルだが、現代の女性にはとても必要はオイルであり、私が作るパーソナルブレンドの婦人科系など不妊症や更年期の若返りのブレンドにはは必ずと言って良いくらい使用している。
 残念ながら一般的に出回り販売されているバニラのオイルは、ほとんどが不純物が混合されていたり人口的合成された人工的なバニリンの成分のものが一般的に使用されていていたり、天然バニラオイルとされていてもクローブオイルを人工的に化学反応を起こさせてバニラの香りのバニリンを合成して作るバニラのオイルがほとんどであり、実際のバニラの効能はない。天然のバニラは、つまりとても希少な存在である。
 そのほか、天然の純粋なバニラエッセンシャルオイルの効能は、抗酸化作用・抗がん作用・坑感染作用・鎮静作用・リラックス効果・不眠症・うつ病・血糖値安定など効能の幅はとても現代のストレス高いライフスタイルには必要な効能ばかりである。


私がベビーバニラオーキッドを受粉させてポットを蒸留日は、6−7年後だがその間バニラの生息エネルギーを感じ理解しながらバニラのエッセンシャルオイルの効能高いブレンドを作ってきたい。
バニラのエッセンシャルオイルは、通常アブソリュートといわれているのでアブソリュート(ヘキシン)に抽出されているが、最近ではCO2蒸留がタヒチで行われ、内服も可能になっている。
アブソリュートは、どろっとした濃厚な茶色をしているのだがCO2はアンバー色の濃厚などろっとした樹脂のような感触だ。
皮膚にもとてもしやすく、1日中一度つけるとほのかな甘い香りを楽しめとてもリラックスしてハワイの私の甘い生活をより甘い物にしてくれる。

HAWAIAN SWEET DREAM perfume 10ml
バニラ 3滴
ジャスミンサンバック3滴
イランイラン1滴
ホワイトジンジャーリリー3敵
サンダルウッド2 滴
ブラッドオレンジ 3滴
パルマローザ4滴
ダバーナ 2滴
アンブレッドシード1滴

使用方法:手首や耳たぶの下胸元塗布して使用して香りを楽しみ、生きる女性としての喜びや人生の美しさを感じる。
女性ホルモンのバランスを整え、気持ちの安定、質の良い睡眠を与える効能を期待できる。

LOVE&LIGHT、
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寝過ごしってしまった木曜日鼻つまり・くしゃみそして頭痛のアレルギーが始まった!時のアロマセラピー対策

  • 2015.10.02 Friday
  • 05:08
10月1日 ㈭ 晴れ時々曇りすがすがしいトレードウィンド

木曜日の朝、後1日で週末気が抜けてしまう朝、気持ち良いトレードウィンドのなびいている朝でもあった。
昨晩夜の9時から始まるアロマセラピーセミナーを終えて、今はまってしまっているネットフリックスでグレーズアナトミーのシーズン11の終盤を見終えてベットに入ったのは真夜中を過ぎていた。
 昨日は、カリーナがジョンと寝ていたので私は、自分の部屋で目を覚ますと何時も6時に起床してブレックファーストの支度をカプチーノを入れながら起きているのに、今朝はやけに静かで私はジョンはカリーナを学校に送りに行っていると思い、シャワーを浴びてカプチーノを飲もうとしてキッチンに行くと何時もキッチンカウンターにある白いコーヒーカップが無買ったので、ジョンの2階のジョンの部屋に行くと2人ともすやすやと幸せそうに眠っていた。ふと今日は、ハワイの祝日なのかと思いそっとキッチンに戻りカプチーノを2人分入れた。ハワイに住み慣れない私は、ハワイの祝日を把握してなくて以前に大失敗をして2人を慌てて朝お越しに往ったことがあり、ジョンに「今日は祝日だから寝かせて!」と言われた事が何度もあった。昨日でもそんな話は出ていなくて、おかしいな?と疑問に思いながらカプチーノの白い泡を飲みながら寝ぼけ眼にしていると、ジョンが慌てて起きてきて、「大変だ寝過ごした。」と言って飛び起きカリーナを起こした。5分もしない間にあっという間に二人は、学校に向かった。

 短パンと着古した白いTシャツを着たままヨロピアンカップを見ながら、気分が悪い言いながらソファーに座った。
私は、急いで部屋に行き、彼用にカプセルとマッサージ用のブレンドを作成し、彼にビートレンにオイルをブレンドしたカプセルを二錠飲ませて、ヘッドマッサージと肩そして肺の表と裏のマッサージブレンドを作った。風の強い日木曜日は、ジョンは何時もアレルギーがひどくなりくしゃみと鼻詰まりから頭痛がひどくなる。それは、通常緊張が継続し便秘になりがちになる木曜日から始まる。 ストレスからくるアレルギーがこの症状で始まる。便秘で大腸の経絡がつまりだして、肺の経絡がつまり出して呼吸器系のアレルギーが発症する。
 呼吸系のブレンドで、肩と腕そして手の肺の経絡に沿ってマッサージをサッカーを見ているジョンにマッサージをして三十分もしないうちに、ジョンは鼻が通りだして、呼吸が楽になると、ブレンドとマッサージの相乗効果で肩と手首の緊張が解放されて気分が楽になってきた。三十分後には、便秘で食欲が落ちていたのが腸が活性化されて排便がすっきりとした。ジョンは、やっと食欲が出てきたので、冷蔵庫の残り物のカレーを二杯も食べれる程の食欲だった。
 カプセルを食後三十分後に飲んでから仕事に出かけた。 フレックスな弁護士の仕事だからできる事ですが、是非この方法を緊張やすストレスがたまって、便秘して緊張で手足が冷えやすい、呼吸器系のアレルギー(鼻つまり・くしゃみ・咳・頭痛などの症状)の人お勧めです。
 勿論こうなる前に、ストレス対策用のブレンドも必要です。
此処で紹介するブレンドは、ジョン用のパーソナルブレンドです。体質などそれぞれ個別に異なるのでその人効果は同様に期待できる事が出来ないので、アロマセラピーなど代替療法は必ず専門家の元でコンサルティングしてブレンドしてもらう事をお勧めいたします。

体重:75kg 身長178cm ストレスが高いライフスタイルと性格 
緊張とストレスからくるアレルギーブレンド一回分:
症状:鼻つまり、くしゃみ・頭痛
2ml:
タラゴン三滴
ニアウリ(MQV)三滴
フラゴニア三滴
ホーリーバジル三滴
クンジア一滴
ペパーミント三滴
ビーポーレン 1・5g
使用方法:2mlのカプセルを一日四回四時間おきに内服する。

マッサージオイル一日分 :
15ml ヘーズルナッツオイル
5ml ボラージ
エッセンシャルオイル:
hollyバジル 六滴
ニアウリ九滴
フラゴニア八滴
ペパーミント七滴
ジンジャールート二滴
クンジア四滴
ファーバルサム七滴
タイムサチュロイド八滴
使用方法:肩のマッサージから始まり、首そして手から腕にかけて肺の経絡を中心にマッサージする。一日二回

ストレスからくる便秘症用ブレンド三回分:
ヘーズルナッツ15ml
ホーリバジル八滴
マンダリンレッドピール十八滴
マジョラム三滴
ジンジャールート三滴
ブラックペッパー三滴
使用方法:5-6mlのブレンドオイルをまんべんなく二−三分時計回りに腸の上(下腹部)を優しくマッサージする。
食後一時間後が適しているが、いつでも下腹部が便秘で張りを感じているときにしてよい。一回使用したら四時間開けて
何度でもマッサージ可能。
「注意」
*内服用ブレンドは、経験豊かなアロマセラピストにコンサルティング後使用。
*セラピュティック用のオーガニック植物性素材を使用。

ブレンド使用後、彼は元気に仕事に行き、おなかもすっきりです。念のためこのブレンドを週末継続して回数を一日一−二回に減らして使用します。


LOVE&LIGHT,
MAHALO NUI
info@argutha.com
tel 090-6526-6334













 

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