OHANA の心のハワイ愛で認知症に対応

  • 2019.04.11 Thursday
  • 08:53

4月10日晴れ 気温26度

 

 母のリハビリが終えて、ハワイに戻り気が付くとあっという間に月日が過ぎていた。

4月に入るといよいよ、常夏のハワイの香りがしてくる。

それは、甘くそしてトロピカルフラワー達の大合唱の様に、そこらかしこに色鮮やかな花々が咲きだす。

今年は、特にマンゴのライム色の花が満開。可憐なmangoの花は、香りは甘くさわやかな香りだ。

そして、夏には、マンゴが豊作になるなつになる。

そんな中、義理のお兄さん夫婦は、スギ花粉ではなくmango花粉でくしゃみが出てくる。流石にスギ花粉の様な

アレルギー症状には、ならない程度にくしゃみが時折出てくるようだ。

義理のお兄さんの家の周りは、ジャングルに囲まれている、カニオヘの奥地で、100本のカカオの木も栽培している

私の夢のガーデン?がある。タイミングが合えば、是非リトリートにご参加された人をご案内したい。

ガーデンの中央には、、壮大なシナモン木が守り神の様に立ちはだかり、ガーデンを見守っている。

うっそうと生えている木々たちは、野生の状態を保つように義理のお姉さんクリッシーが考えて栽培している。

クリッシーはニュージャージー州出身の、芸術家で繊細な感覚を持ち、ハワイの大自然をこよなく愛している。

義理のお兄さん、トムは、ジョンの3つ上のお兄さんで魚釣りが大好きで、ボートで時間を見つけて魚釣りにジョンや

友人と出て行く、ハワイの典型的なのんびりそして優しい義理のお兄さんだ。

そんな、2人は時間を見つけては、ガーデンの手入れをして、4年目にして私は初めてその地に足を踏み入れた。

トムが、『週末カカオの収穫をするから、良かったら来て。 』と誘ってくれたのだ。

私は、2つ返事で『是非、お願いします。』といって日曜の朝に行くと、鍵がかかっているゲートを開けてガーデンに

入れてくれた。カカオは、宝石のように貴重な実である為、盗まれないように慎重に栽培している。

中央に池があり、その周りにバナナやカカオ、カカオの幹に絡まるバニラオーキッド、ピンクレモンの木やオレンジの木そして大きなポメロ(ボンタン)の木が生え茂ってているガーデンは、エクアドルのアマゾンのジャングルに相当する位迫力があった。

ジャングルの中に、カカオの木が生えていて実が木の幹にくっつくように幾つもなっている。

その中のオレンジ色の濃いい物だけを手で丁寧にもぎって収穫する。

カカオの実は、直径30cmほどで固いからに入っている。中にクリーミーな白い実がぎっしり入っていて、

そのジュースは、甘酸っぱいライチージュースの様な味がする。

大きなナイフで、カカオの殻を割り、近所の人と共同で実をくりぬき、雑菌が入らないように手をしっかり洗い、

手に傷があると雑菌が入るので、手袋をして行うのが好ましい。

集まったカカオを、バナナの葉の裏側についている細菌を利用にして発酵させる為バナナの葉を裏返して

樽の様な木の箱に敷き詰めて、カカオの実を入れて発酵させると、

 30-50度の熱が発生して1-2週間でカカオニブスが出来上がる。

このカカオニブスは、マグネシウム、ポリフェノール、フェニエルチアミン、フラボノイド、亜鉛、鉄分 が

豊富で脳の活性する神経性分が豊富なスーパーフードだ。

抗酸化作用は、緑茶やワイン、ブルーべりーを抜いてダントツである。

もちろん、カカオのエッセンシャルオイルもあります!

チョコレートは、砂糖や乳成分を入れて美味しいが、砂糖は脳を酸化したり癌細胞の餌になったり、摂取過多は、

不健康へつながる。 ローフードのカカオニブスは、無糖で味気ないが、かんでいる間食が良く、苦みが癖になる味だ。

 

この一カ月色々な事が起こって忙しくて、盛りだくさんでブログを書く時間が無くなってしまったが、

このカカオニブスは、高齢になってきているジョンのご両親の救世主でもある。

84歳のジョンのお父さん、エドが、少しずつ認知症が始まってきてしまったのだ。

そこで、家族みんなで、お母さんマーサーの負担がなくなるように協力する事になった。

私は、腕まくりをして是非、お手伝いいたしますと言って、脳活性ジュースを作ったり、

お父さんと一緒にストレッチをしたりして、マーサ―と二人でエドと時間を過ごす時間が増えた。

エドに、このカカオニブスを朝のグラノラにかけて食べてもらったり、1日3回脳を活性するエッセンシャルオイルオイルを

ブレンドしたジュースを飲んでもらう事にした。

 

認知症の人が家族にいる時は、一人の人が負担するととても大変なので、交代でケアーをするのが

成功の元だ!エドトマーサー達には、3人の子供夫婦がいるので、皆で交代でケアーをしていく計画がはじまった。

 

マーサーは、ここ1-2年一人で頑張ってしまいストレスが高まり湿疹が出てきてしまっていたのだ。

今年の冬に、マーサ―とエドが風邪を同じ時期にひいてしまい。エドの症状が悪化し、マーサーがやっと家族の皆に

エドの症状を教えてくれて、皆でのケアーが始まった。

 

私は、フィジオセラピーとアンチエイジング栄養関係を担当して行く。

義理のお姉さんは、ファイナンシャルの細かいチェックをサンフランシスコからオンラインでマーサー二人で行い。

メンタルの部分は、ジョンが20年二人で行って来た弁護歴をおさらいして記憶力改善。

お兄さんは、カカオやシーフードを提供したり、食事に一緒に出掛けたりしてソーシャルな面で気を使っていく。

ハワイのOHANA(家族)は、素晴らしい協力形態で義理のお父さんエドをケアーして行く事になりました。

 

皆さんのご家族も是非、孤立せずに色々な手助けを借りて協力していく様にするだけで、介護のケアーのストレスが

低減しますので、積極的に考えてみてください。

 

ハワイから愛をこめて!

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

楽園ハワイに朝焼けと共に着陸

  • 2019.02.27 Wednesday
  • 07:57

2月25日 晴れ時々曇り 気温20度

 

 朝焼けと共に楽園ハワイに着陸した途端に肩からすーと力が抜けるようにホッとする自分がいた。

6時間と2分の飛行時間は、長いようであっという間だった。

出発のぎりぎりまでオイルのブレンドをしていた私は、意外に疲れていた事に気が付き機内食もそこそこに、ぐっすりと寝ていた。目が覚めたのは着陸38分前、機内食も食べずに寝ていた。

飛行時間を感じずに過ごす最高のフライトだった。

 

着陸後、何時も私は、グリーンカードで入国なのに、必ず尋問付きの通関がまっている。

34年前姉の大学の卒業旅行に召使兼、通訳兼、ツアコン兼・運転手として付き添った時にマウイ島で交通事故を起こしたからだ。

その卒業旅行は、夏休みの2か月を姉と一緒に過ごすという試練の旅行であった。

父が提案し私は、そのリクエストに応えて旅券全てをカナダから私が19歳の時に手配した。

日程は、香港→ロサンジェルス→バンクーバー→バンフ→ニューヨーク→バンクーバー→ハワイ→バンクーバー島で私はそのまま学校に行き姉は帰国と言う姉の卒業旅行で合った。

姉が切れると常に虐待を受けていた私は、ハワイでは心身共に疲労困憊であったが、

朝一番の飛行機でオアフ島からマウイ島に行き、レンタカーをして従妹の隆君からお勧めのカーナパリビーチに向かう時に、

姉は、朝が苦手で助手席で寝ていて、私が地図を見ながら運転をしていた時、道に迷い地図を見ていたためにブレーキを踏み切れていなかったインターセクションでSUVとぶつかった。

一番安いトヨタの小型車のフロントがペッちゃんこになった。

接触した人が好いい人でSUVに傷がないけど、レンタカーだから警察を呼んでくれた。

姉が、ショックで呼吸こんなになり、救急車を呼んでくれて救急車で病院に運ばれ全て検査したが、骨どころかどこも悪くなくて、最期に、記念に金髪の救急車の救助係の人と写真を撮りたいから、私に頼んでくれと言われて、姉は、写真を撮り満足げだった。

私の両肩をハンドルにぶつけて打ち身ができて居たのが一番ひどかったくらいの事故だった。

この時に、何故か警察で指紋をとられていたようで、この記録の為に2001年911事件以降アメリカの通関と時に

小さな尋問室に入れられて待たされるのだった。

姉に呪われている様な、事件であった。

 これが、ハワイに入る時のストレスに感じるが、グリーンカードが手元にある限り入国は可能なので、

少し肩の荷が軽い感じ尋問を受けた。

そして、『ミスバーク』と移民局官が私を呼んだ名前の響きに、

『イエス』と答える自分に喜びを感じていた。

ミスバークと呼ばれる旅に、400年の呪いが溶けて地球の雫となって消えて行くようだった。

『亀岡』の名前で呼ばれない自分に、長年の家族の柵から解放感を感じていた。

今回の移民局官は、少し細かく尋問をしてきたが、ミスバークと呼んでくれたので、嬉しい自分を楽しみながら

真剣に尋問答え、入国審査をおわると、

なんと私が最後に出てきたみたいで、バゲージのカーソルには、誰一人いなく私の黒いスーツケースが2つ置かれていた。

 

ジョンが、ホノルル空港まで迎えに来てくれて、彼の温かくて広い胸の中に包まれるとホッとした。

一人暮らしが長い私には、まだまだ新鮮な心地よさだった。

ハイウェイ4号線を車を走らせて行くと、広大なハワイアンの聖地でもある火山で創造された波打つよな表面の山脈にジャングルの緑の濃い木々の中に時折、オレンジ色のアフリカンチューリップの木にオレンジ色の花咲き乱れ、朝きりの中に幻想的に山々が迫るハイウェイを通り抜ける。それは、まるで映画の中にいる様な景色が目の前に繰り広げられる。

トンネルを抜けると、ハイウェイの下には、平野が広がりその先に、エメラルドグリーンとサファイアの青が重なる海と白い砂のビーチに沿って見えてくる。

朝方雨が多いいオアフ島カイルアでは、7時半には、雨が上がり青空が雲の合間から見えてた。

『 あー家に着いた。』とジョンが言うと、首の後ろの力が抜けて心が軽く温かくなった。

ジョンが、仕事に出かけて私は、私の子供の様に大切にしている22種類の香り深いオーキッド達を観察して、18日間の成長を楽しんだ。

パラパラとまた雨が空から落ちてきて、雲の合間の青い空を見ると目の前のオロマオ山脈に大きな虹の架け橋がかかっていた。

私は、心のかで虹に向かって、『ありがとう。そして只今』といっている自分に幸せを感じていた。

この虹を香りで表現出来たら美しい香りになるだろうと思い、アロマセラピーの部屋に入り、ナチュラルパフュームの

レインボーのブレンドを作成した。

この香りを聴くと、雨上がりの清々しい気持ちとそして虹かける願いが叶う香りである。

 

私にとって、香りはアートでもある。天然の香りの数千もの成分が重なり合い、美しい天然の香りを創造する。

その香りの微粒子が鼻腔を通り、嗅球から大脳辺縁系へと伝わりそこでマジックが起こる。香りの微粒子が脳へ

伝達されると、人それぞれの化学反応を起こし、想像もつかない素晴らしいマジックが起こって行く。

自然と自分なり考えと行動がとれる様に、香りを聴けば聴くほど、驚くほど自然な自分を発見していく。

 

私が今楽園ハワイに愛の溢れる家族に囲まれて生活しているのも、自分に必要な香りを聴き続けて

20年の結果の賜物だ。

 

幸せは、突然訪れるのではなく日々の行いの積み重ねで、一歩ずつ虹の架け橋を渡り、気が付く自分が幸せの渦の中にいるのだ。

 

是非アロマティックジャーニーを皆さんもして幸せの渦の中に入ってみませんか?

その第一歩が、幸せの架け橋の香りの『レインボー』の香りです。

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

info@argutha.com

( ナチュラルパフューム『レインボー』をご希望の方はEmailでご連絡ください。』

果てしない夢をかなえてくれる。

 

 

 

 

 

数字で実証されたアロマセラピー効果

  • 2019.02.20 Wednesday
  • 06:42

2月20日 晴れ 気温 18度

 

今日は、めっきり春らしい天気の日だ。

水仙が母の家の軒先で満開開花してたので切り花にして家の居間に飾ると・・・母は、香りが嗅げなかったのが母に

『花の香りが春を思わせるね。』といって水仙の花を渡すと

母が水仙の花の香りを嗅ぐ、花のブーケの香りが嗅げなかった母が、『ほんのりと香がするのね。』

といって香りを感知しているようだった。

アロマセラピーの脳の感覚機能の活性効果で香りも少しずつ感じられるようになった母。

 

母自信が香りを嗅いで、春の兆しを喜んでいるようだった。

 

近所の病院で2か月のハワイでのアロマセラピーリハビリ成果を確認するために血液検査にいった。

ハワイでは、母の好物のアヒのお刺身や天然サーモン・カウアイ島のエビを上げたり、カフクのガーリックシュリンプをたべたり、

チャイナタウンで飲茶を1か月続けて毎週末食べにいったり、美味しい物を沢山食べた。

お酒は、パティーとの時に制限付きでワインを5⁻6杯飲んで、お酒だけ制限して可なり食べ物は自由に食べていた。

毎日のフレッシュコールドプレスジュースと水分補給・そしてアロマセラピーの経口カプセル(一日4回)を継続しただけだった。

 

人生1回きりなので、楽しんで美味しい物を無添加・天然を意識して食べた。

 

体重は、毎日の1時間ほどの散歩とアロマセラピー―カプセル(代謝促進 プサンシンCO2配合)が効いた様で

それでも3キロ落ちて御腹周りがすっきりしてきた位だった。

 

平成29年は、アロマセラピー経口投与を1年したので、その時の数値が一番良いが、

平成30年は、私がビザをハワイで修得期間中約1年母は一人で頑張ったのだか、ウィスキー角瓶半分を飲むと飲んでいたので、

ガンマ(r-GPT)がなんと 200(50以下が正常値)まであがり、中性脂肪が189(149以下が正常値)まで上がってしまい。

尿酸は、29年には4・5の正常値までさがっていたのにこれも8.9(7以下が正常値)と可なりの高い数値で、肝硬変にむかって

超特急で直進してしまっていた。

これが、2か月の間のアロマセラピー経口投与の効果で、

ガンマが 120まで下がり、中性脂肪も126(正常値以内)まで下がっり、尿酸は7まで下がった。

勿論まだまだ高めだが、二カ月の短期間でこの成果を数値で確認できた。

お薬を一切飲まずに、手料理・無添加・天然素材とフレッシュジュースだけを意識した食とアロマセラピー経口投与を1日4回(1ml×4)で肝機能を此処まで回復する事が出来たのは、何よりだった。

 

高齢の78歳の母の内臓機能でもここまで回復力があるのは、素晴らしい成果だった。

 

そして、あんなに嫌がっていたアロマセラピー経口投与を今では、母自身が率先して健康の為に飲む気持ちで一杯になっていた。

帰国後旧日光街道の散歩道をシルバカー無で歩く母

私に、『貴方がハワイに行ったらこれ飲めないの?』といったので

私は、『大丈夫、7月に変えるまで作り置きして冷蔵庫に入れておくから、自分で飲んで下さい。後デイサービスの

人に渡しとくからディサービスでも飲んでね。』

と可なり意欲的なのもとても嬉しがった。

母の体内のセラトニンとドーパミンのホルモンのバランスがこれも、経口アロマセラピーの効果で、正常化してきて、意識もしっかり前向きになってきている母をみて、なんとも嬉しく感じながら

 

素晴らしい結果を前にして、月曜日にハワイの我が家に帰るのを指折り数える私だった。

 

人生何歳になっても根気強く頑張っていれば素晴らしいアロマセラピーの効果を母は実体験してくれた。

 

やりがいがあり、感謝感激である。

 

ラニカイのピルボックスからのツインアイランド

土曜に姉の娘が母に逢いに来てくれて、母の目覚ましい回復に喜んでくれた。

草加駅前に3人でご飯を食べに行って、

夏の3人でのハワイ旅行を計画に話が弾んだ。

話をしているの彼女の夢は、留学して英語を勉強したいとの事、そこで私が、ハワイの我が家に住んで留学

する事を勧め、それには、頑張って英語を勉強しておいて、と言うと彼女は、嬉しいそうにうなずいていた。

 

姪が生まれて直ぐ、姉は育児放棄で何時も外に夜遊びに行って、毎晩帰らす、ほぼ7歳まで母が育てた姪だった。

母は、孫を凄く溺愛していたのだが、姉は再婚相手の所に家の自分が住んでいた母の2階の部屋もぐちゃぐちゃの状態で、

突然居なくなった。これは、私も同じ経験を持ち、20代の頃姉と一緒に母の持っていた都内のマンションに住んでいた時に

突然ボーイフレンドの所にスーツケース1個で出て行き、ごちゃごちゃのごみの山の姉の部屋は、数か月そのままの状態で、1本の電話があり、どうしたらよいか聞くと

一言、『あんたが、捨てといて 』といわれて、当時会社勤務で毎日激務の私が1か月かけて整理し、

出来るだけ廃棄した経験がある。

その後、30年経て母に同じことをしたのだ。

当時母は73歳で頭をぶつけて、一過性虚血で寝たきり状態だったので、勿論かたずけたのは、私であった。

姪の夏のハワイ楽園生活は、そんな姉が、大きな厚い壁であった。

姉は、コントロール心・嫉妬心・自己中心型の負のエネルギーの固い意志の塊の様な人なので、

一緒に行くの大丈夫かと心配していたが、14歳の姪はハワイに大好きなおばちゃんと皆で行きたいの思いで一杯で

『大丈夫。』

と一言。私にいったが・・・・・

不安な思いが心で一杯になりながら、その日彼女の後姿を草加駅で見送ると、案の定その晩、

姉からのメールで、『ハワイには、行かないし行かせません。』と長々と文句のメールが来てた。

切ない気持ちで一杯で、現実を目の当たりした。

姪は、姉に内緒で母に逢いたいばかりに遊びに横須賀から3時間かけて、来てくれて、そして将来の留学の希望を夢見ていたのに

それを伸ばせない親の決断は、全て子供を自分のコントロールの配下に置き、自分の所有物の様に支配下に置き、個人の意見を消滅させてしまう親である。

これは、残念ながら母にも同じ様な性格があり、やっぱり親子だった。

『親なんだから、親のいく事を聞くのは、当たり前。』

『育てているんだから、親のいう事を当たり前。 』

 

あー!溜息!

 

子供でも、所有物では無く一個人として、その子の意見を尊重する育て方が、素晴らしい子供の未来のある育て方だと私は、自分の経験上考える。

 

私は、カナダの留学経験を経て、素晴らしいカナダのホストファミリーに何時も、

『後悔しないように人生1回だから自分を大切にして生きてくのよ。』と言われて、私は個人の意見を尊重する事を学んだ。

私、一人家族の中で浮いていて、母と姉とも別格で自由意志で自由を尊重する分、相手の意見を尊重するのが、モットーだ。

一個人が決めた事を尊重し、その人が納得いく人生を歩いて行くと、失敗しても成功しても全て自己責任であり、そこから生む事もあり、くじける事もあるが、自分で決めた事だから後悔もせず、人任せでない、自分の人生を強く生きて行く事を学ぶ。

全てが自分が、納得が行く人生を、歩む事が出来る様になる。

勿論も責任感もでてくる!

人の意見に流されて自分の人生を投げやりに生きてしまうと、後悔ばかりで心が重くなり次第に、人生は重い試練の塊になり、人頼りの、人生を生きて行くのだ。そして、残るのは、恨みや妬みだけのネガティブな人生だ。

 

その点ハワイの我が家は、私にぴったり、あまり自由意志過ぎて日本人の私は、戸惑いを感じる位だ。

カリーナは、ジョンに、『 you are not always right .』という。(お父さんが何時も正しくないから。)

13歳の時に言って来たくらいだ。

ジョンは、それに対して、『 TRUE 』 と一言。( それは、真実だね。)

 

母は、アロマセラピーで元気になりつつある喜びと、夢を打ち消された、姪への切ない心痛い思い出一杯の私は、

春の風吹く2月の終わりに、水仙の香りを楽しみながら、癒されながら、この切ない思いは、今は、残念ながら何もできない。

彼女が成人するのを待つだけだった。

でも心に固めておくのも精神的に辛いので、この気持ちを解放するブレンドを作って、瞑想した。

 

TURE FREEDOM (ナチュラルパフューム)

香りは、日本の春の風が自由にハワイまで飛んでいく軽やかな香りにできあがりました。

心が軽くなり、何時かかなわない夢がかなう思いでいられる香り。春の希望の香りで心赴くまま自由に生きる事を

瞑想して、実践していく事を香りが導いていきます。

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

*True freedom のパフュームをご希望する方は、Emailにてご連絡下さい。

info@argutha.com

 

 

 

アーデン

  • 2019.02.10 Sunday
  • 17:28

2月10日 晴れ時々曇り 気温7度

 

 成田に到着して、到着ロビーで母と帰りのリムジンバスを待つ間、メールを受け取った。

メールを開けて読んだとたんに、『涙が止まらない。』

私の目から涙が止めどなく流れてくる。母が隣で驚いてどうしたのか聞てきた。

私は、震える声で母に『カナダのホストファミリーのお父さん、アーデンが亡くなったの。』

と言い、何度も追悼のアーデンのメールを読んでいたが、涙が溢れすぎて追悼のメールも読めなくなり、

ハンカチで涙を抑えるだけだった。

 

アーデンは、私にとって素晴らしい父親像を教えてくれた掛替えのない人だった。

8歳の時に父が私達を捨てて家を出て行き、父親の役目を捨てた父は、私にとって父の影は薄い。

17歳の時家族が嫌で、一人で生きるしかないと家を出てカナダのバンクーバー島の

カレッジに一人旅だったは、45年前だ。

そこで、沢山の心温まる人々に出会い。人生の素晴らしいさと、大自然の美しさを学び。

私の人生は蘇生された。

 

酷いアレルギーも4年間カナダ留学中に完治して、驚くほど心身の細胞が蘇った。

 

4年間の美しい思い出の中の一つは、アーデンとロバータが、夏にバンクーバー島の北にある孤島、

レフュージコーブのサマーハウスに私を連れて行ってくれた思い出だ。

空を見上げるとそこには、宝箱の宝石を散りばめたような星が輝き、

真っ青な海に一緒にボートでサーカイサーモンを釣って、ロバータが鮭缶を圧力なべで作ってくれた。

レフュージコーブは、電気も通っていない孤島で車も走っていない。

そんな島に3棟の小屋を建ててアーデン家族は夏を、魚を釣ったり、沢でハーブを摘んだりして過ごすのが

彼らの恒例の夏の過ごし方だった。

そして彼らは、日本から来た私を何時も、家族同様に心温かく迎えてくれた。

最期にカナダの彼らの家を訪ねた冬2017年

 

アーデンとローバータは、私にとってカナダのお父さんとお母さん的存在だった。

そして人生のロールモデルでもあり、平和な生き方を教えてくれた。

アーデンは、自分の両親をしらずに育ち、育ての親から育てられ幸せに育った。

その幸福の輪を伝える為に、彼らは自分の子供が2人いるのにもかかわらず3人目を養子で育てた。

そして私までも家に家族と同様受け入れてくれたのだ。

そんな生き方を自然に生きたアーデンが88歳のお誕生日の日2月2日に亡くなってしまったのである。

 

昨年私の51歳のハワイでのウェディングパティーにもわざわざカナダからロバータと一緒に出席してくれた。

昨年87歳とは思えない行動力そして気力があったアーデンはビックアイランドにもロバータと旅行を楽しんだのに。

 

人生は突然終わりが来るものなのだ。

そして、突然亡くなってしまうと、周りの悲しみは偉大なる生命の消失に驚き、悲しみは次第に深くそして辛さも深まる。

まだ、アーデンが亡くなった事の現実感がない。

その大きな心の空間に、悲しみは突然押し寄せる。

 

曇り空の空を眺めながら、買い物帰り道、大好きなリアナ ラ ハバスの歌を聴きながら突然歩きながら涙が出てとまらなかった。

 

そしてアーデントの思い出が頭を走馬灯のようによぎって行く。

 

『ホープオブライフ』の香りを手放すことができず。

この香りが私の心を慰めてくれるように

アーデンが亡くなった今、ローバータがアーデンを失った悲しみは計り知れない。

何もできないかもしれないが、彼女の傍にいてあげたい気持ちが高まり、

明日にでも海を渡って行き、肩を抱きしめたい。

其れができないのも辛い。

先ずは、カナダに5月に会いに行く事を心に決めた。

 

大切な人生は、生きている限り素晴らしい出会いがありそして別れがある。

 

一生の間に沢山の出会いと別れを繰り返しながら生きて行く喜びと悲しみの繰り返しである。

 

別れは、いくつになっても悲しい。

この心を癒すのは、美しい香りで悲しみを和らげそして時が過ぎて行く事だ。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハワイの楽園生活を体験できるプライベートリトリート4月から受け付けます。

  • 2019.02.04 Monday
  • 10:30

2月 5日 火曜日 曇り時々晴れ 気温24度  

いよいよ母のハワイでの認知症改善アロマセラピーリハビリが、明日で終わりになます。

素晴らしい成果の末に終わりに近づいていてほっと心をなでおろしている所です。

母と娘は何時まで経っても、母と娘の関係なのでそんな中リハビリを指導していくのは、感情的に

落ち着て行かないとスムーズに進みません。

家族から離れたい一心で17歳の夏に家を出て、留学して以来、母には感謝して日々生活しているのですが、

中々の心の葛藤の中の2か月集中アロマセラピーリハビリは、要介護3から1辺りになりました。

 

そんな心中、脳の75%は遺伝するとバイオロジー的に証明されているのは皆さんご存知のとうりで、

親が認知症になり自分が認知症にならない為に何をしなくてはならないか?

ジョンの娘カリーナ13歳に、私の母の認知症の状態を見て、私に鋭く明言をした。

『みどりが、認知症になったら、バンクーバー空港に置き去りにするからね。』

つまり、認知症にならないように頑張れ!という助言をもらった。

 

勿論認知症にならない心がけは、日々しているが、両親とは17歳から全く違うライフスタイルで生活している私は、

体質も今では、全て改善されている100%健康体です。

 

認知症にならない為には、身体的に3点の要因を改善して行かなければならないのです。

 

 々盞谿

◆々盞貪

 高コレステロール

 

これらの3点は、アロマセラピーの経口投与カプセルで改善して行く事が可能です。

(気がかりな方は、是非メールにてご連絡・ご注文下さい。info@argutha.com )

 

そして一番のチャレンジが、ライフスタイルです。

認知症にならない為に6点のライフスタイルが多くの文献から抜粋してあげてみました。

 

 ^Δ垢襯僉璽肇福爾箸離薀ぅ侫織ぅ狎験茵福”廖ξ人・家族・ペットなど )

 

◆ー匕鯏な生活。( 友人との交流や家族との交流 )

 

 好きな事・楽しい事を日々する生活。

( 美しい音楽を聴く。美しい香りを嗅ぐ。おいしい天然食を楽しむ。美しい景色を楽しむ。)

 

ぁ〃敕戮扮薪擇鯔萋45-60分する。( ヨガや散歩など。)

 

ァ.好肇譽垢魏鮠辰垢覦戮縫泪奪機璽犬籵堊曚鯑々の生活に取り入れる。

 (アロマセラピートリートメント・呼吸法)

 

Α〜宛きな思考での生活。

(人生なるようになるので、毎日できる事をして日々楽しんで生活する。) 

 

この6点を全てクリアしている私のハワイ楽園生活ですが、油断は禁物ですが、先ずは一安心。

人生を楽しみながらハワイで楽園生活は、美しい景色とのんびりとしたライフスタイルと風習がハワイ人気の秘訣です。

 

此処で、ハワイのロカールな生活を楽しめるアロマセラピーリトリートを皆さんに4月からご提供いたします。

ブログを読んで下さっている方にいち早く、プライベートリトリートになりますのでお早めにご予約下さい。

(3月1日から受け付けます。)

 

 

ハワイカイルアオアフ島でプライベートアロマセラピーリトリート

 

癒しのカイルアを楽しむリトリート

日常の生活のストレスから解放される為にプライベートなハワイの楽園生活を楽しむリトリート

旅を通して、ヒーリングを求めている方におすすめです。

青い空・青い海・そして贅沢なプライベートな時をハワイがあなたを待っている。

 

一人でハワイに来て、集団の煩雑された社会から解放されにハワイに来ませんか?

ハワイのライフスタイルをヘルシー&ハッピーに楽しむリトリートをご提供します。

 

カイルアの閑静な住宅地のオバマ大統領がバケーションで来るカイルアの小さな町に滞在してハワイにまるで住んでいるようにリラックスできる、

一軒屋に滞在しハワイのライフスタイルを楽しみながら贅沢な時を過ごす。

アロマセラピスト&ヨガインストラクターとして22年間東京をベースに活動、エアラインのコンシェルジュで15年間働いて来た経歴のアロマセラピスト(Mrs.Midori Burke)が気取らないおもてなしと健康になる秘儀をご提供するリトリートは、貴方だけのプライベートリトリート。

朝ヨガやビーチサイドを散歩・ハワイを気ままにドライブしたり、美味しいローカルの食材を楽しんだり、大自然の中でパーソナルブレンドで瞑想・全身アロマセラピートリートメントでリラックスしたり、お好きなプランをたのしめます。

ご予約は、一人から、またご両親、ご友人、お子様、旦那様やパートナーとご一緒にもご予約できます。

 滞在場所には、南国の雰囲気を万逸のハワイアンキルトのキングサイズベットのベットルームが1階と2階に2部屋にあり、バスルームがここの部屋に設置され。2階のベットルームからは、カイルアのツインアイランドそしてモコレアロックの景色を楽しみながら目覚められます。1階には、小さなキッチンと冷蔵庫・電子レンジが設置されており、リビングルームがございます。

プールが屋外にあるプールで気ままにスイミングを楽しめ、プールサイドで夜空や青空を眺めながらヤシの木を見ながらハンモックに揺られてリラックス、マリンスポーツを楽しみたい方には、目の前の海にサーフボードやカヤックでハドリングができる素晴らしいプライベート空間を楽しめます。

 朝カイルアビーチパークで気持ちよくヨガや散歩をして始まり、日中はのんびりお部屋でリラックスまた、ハワイの歴史的な場所を訪れ、夕方は、本格的なアロマセラピートリートメントでデトックス・リラックス・エネルギーを充電して過ごすリトリートをご提供してまいります。

滞在中また体験したい事やまたご希望がございましたらお気軽にお申し出ください、ご希望に沿ったリトリートにプログラムいたします。また日本からのフライトのお手続きがご希望の方はご連絡下さい。日帰りコースまたご滞在のホテルにて。

ご滞在のホテルまでお迎えに参ります。またはご滞在先のホテルで行えます。

30分ほどコンサルティングを行い、心身のバランスを整えるパーソナルブレンドをその場でブレンドいたします。トリートメントは、ロミロミマッサージ・筋膜マッサージ・リンパドレナージュ・スエディッシュ・リフレクソロジー・クラニアルサークレット・レイキを取り入れて行います。 (約90分)

初回カウンセリング付き USD300ドル 2回目からUSD210ドル(送迎料金80ドル)子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

12日コース 

カイルアのビーチを見ながら邸宅に滞在し楽園の中で行うリトリート、送迎サービス付き、

チェックイン3pm (アーリーチェックインは追加ご料金60ドル)

4時半 全身アロマセラピートリートメント 90

朝 8時半 パーソナルヨガ30分から90分からご希望で時間を決められます。

ラニカイビーチやカイルアビーチのお散歩を楽しみながら行います。

ウルポヘイアウの観光;古代ハワイのテンプル広大な敷地に並ぶ岩壁とトロピカル植物茂神聖なパワースポットです。

 

ご料金:1人:USD 695ドル (宿泊費・コールドプレスジュース・アロマセラピートリートメント・ヨガ・送迎付き)子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

2泊3日コース 

チェックイン3pm(アーリーチェックイン 追加ご料金60ドル)

4時半から全身アロマセラピートリートメント 90

1日目

8時半からパーソナルヨガ 30-90分ご希望で時間と内容を決められます。

お昼からご希望でカイルアの観光・ラニカイビーチ・カイルアタウン・ウルポヘイワ(古代ハワイアンテンプル)への散策・植物園見学

4時半からアロマセラピーヒーリングコース 90

2日目

朝 カイルアビーチパークでヨガ

12時チェックアウト

送迎付き

価格一人:1490ドル(2日間宿泊費・コールドプレスジュース2日分 アロマセラピートリートメント2回・ヨガ2回・オーガニックアメニティーキット2日分・ワイメアフォール観光・送迎付き)

子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

ノースショアのバンザイビーチ

 

 

 

 

45日コース

3時チェックイン

4時半から全身アロマセラピートリートメント

1日目

8時半からヨガ カイルアビーチパークで気持ちよく雨の日は滞在先にて行います。

ワイメアフォール観光・ノースショア観光

午後4時半から全身アロマセラピートリートメント

2日目

朝ヨガ

ダイアモンドヘッドのパワースポットをおとずれ、マカプー・潮吹き岩などを訪れます。

午後4時半 全身アロマセラピートリートメント

 

3日目

朝ヨガ

ワイケレアウトレット・アラモアナショッピングセンター・ワイキキでお土産などご購入される場合は免税店を訪れます。

午後4時半 全身アロマセラピートリートメント

4日目

朝ヨガ

カイルアの古代ハワイのテンプルウルポヘイアウ観光・ボタニカルガーデンでトロピカル植物園見学

午後4時半 全身アロマセラピートリートメント

5日目

朝カイルア公園にてヨガ・ビーチの散歩

チェックアウトお昼12

価格1人USD 2995ドル

4泊の宿泊費用・ヘルシーコールドプレスジュース 内服用カプセル4日間分・パーソナルアメニティーキット4日間分・アロマセラピートリートメント4回・ヨガ4レッスン・観光費用・送迎費用)

子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

 

*ご希望でシルバーカーのご用意もございます。(無料)

*観光スポットを変更する事もできますので事前にお電話やメールでパーソナルプランを組み立てる事も可能です。

*お食事のご用意が、ご希望の場合は、ご予約の時にご連絡下さい。体質別または、食べたい物を健康的に調理してご案内いたします。例)グルテンフリー・ホールフード・ビーガン・ベジタリアン・糖尿病・高血圧・ジュースファースティングなど。15年程料理研究を重ねたMIDORI BURKEが材料を厳選してクッキングしたものをご提供いたします。

*料金に含まれて無い物、航空券・お食事代 海外保険料。

*お支払い方法は、りそな銀行振り込み(為替レートの変動により価格の変動がございます。)またはクレジットカード(マスター・ビザカード)

 

 

カイルアラ二カイビーチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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携帯090-6526-6334  HAWAII 808-491-7600

 

 

 

ハワイでアロマセラピーで認知症リハビリ成果

  • 2019.01.22 Tuesday
  • 12:04

1月21日 晴れ 気温24度

 

 家の外から見ようと芝にでてブラッドウルフフルムーンの月食を探したが、月が登東側はピルボックスのある山の為

フルムーンが見れない。

ラニカイビーチにジョンと二人で家から歩いて見に行くと、月食を見に歩いている人達に行きかいながらハワイでの初フルムーン月食を見るのに胸が高鳴った。

ビーチサンダルをラニカイビーチに降りる階段の上に脱ぎ捨てて、脚早くビーチに降りて行くと波が足を濡らした。

海の水が冷たくて気持ちよく感じたが、ハワイ育ちのジョンは、『コールド』と言って飛び跳ねた。

ツインアイランドの丁度上の方を見ると、オレンジ色の満月が千古花火最後の大きな玉の様に空にぶら下がっていた。

オレンジ色の丸玉にうっすらと逆三日月のように黒い影が神秘的に陰ってる。

『 月食だ。』

52年生きていて、初月食体験。胸が一杯になった。

宇宙の影をこの目で体験している。

子供たちが、砂遊びに夢中になり、親達は偉大なる自然現象を楽しんで空を見ている。

『なんだか、夜の海で泳ぎたくなった。』とジョンに言うと、『GO FOR IT』と言って肩を押してくれた。

コットンのセーターを脱いで、ヨガウェアーのまま海に足から膝まで入ると、ひんやりとした水が波のさざ波で胸まで来た。

ザブンと身体を海に投げ入れると、海が全てを受け入れてくれるように身体全体を包み込んだ。

身体を波に任せて浮かせて、夜空を見るとオレンジ色のブラッドフルムーンが幻想的に空に浮かんでいる。

その瞬間全てが解き放されるように自由になったようだった。

30代の頃多くのリトリートに参加して、自分の不幸な家族からの柵から解放されるために、コンプレックスから解放される為に

自分を解放・ヒーリングしてきた。その旅に、バラの花の花びらが一枚づつ開くように心の固いものがほぐれて行った。

そして生き続けて行く、力と勇気を付けて行った。

ラニカイビーチのサンライズやオロマオ山脈に沈む夕日や幾つもの虹・そして月光全ての大自然の癒しのエッセンスが

今目の前にある事に地球への感謝の気持ちで一杯になった。

そして、ブラッドウルフフルムーンの月光の下で明け方に全ての過去を解放して新しい年への希望に向かって瞑想をした。

 

78歳の母の認知症の検査結果がケアーマネージャーの牧さんから連絡がきた。

なんと要介護3だった。

確かに、ハワイに来る前の母の介護度は、1人ではトイレ以外は何もできず。

車椅子がないと移動できなかった。

12月11日から今1か月と10日が達、目を見張るほど介護の必要性が低減している。

2・2キロの朝の散歩もシルバカーに座りながらゆっくり90分かけて歩いていたのが、今ではお休みなく45分でトイレにも

よらずに歩けるようになった。

洋服も自分で全て着替えられるようになった。

車に乗るのも自分で乗り、シートベルトも自分で閉められるようになり、思いやりもでてきて

『あんまり、お願いばかりしているとみどりに悪いから、自分でやるわ。』という余裕も出てきた。

前は、『やってもらうのが一番。』と『一人で気楽に生活できる日本に早く帰してよ。』威張っていたのだが、

可なりの人格もいつもの母になってきた。

そして、ヨガの練習にも参加できるようになり、やる気が段々と高まってきた。

元の要介護1までに戻ってきて、本当に助かった。

母が、『脚をマッサージしてくれてるから、脚のしびれが取れて歩きやすくなってきたわ。』

母は、一過性虚血脳血栓をしてから、脚と足がしびれていて、触るだけでも触られるのが辛くて怒っていたのが、今では感覚が戻ってきて、リフレクソロジーの圧を賭けてマッサージすると『気持ちが良い。』といって喜んでくれている。

膝の痛みも緩和されてきて、素晴らしい成果だ。

 

ジョンも、『お母さん、凄く元気になってよかった。』 と喜んでくれた。

 

ネガティブな事は、認知症の病気の母が言っていると割り切って聞き流し、

ポジティブな母の言葉に感謝して、残りの20日間ほどのリトリートに気合いを入れて、

パワフルな力強い香りと幻想の世界へ導いてくれるブラッドウルフフルムーンパフュームと一緒に瞑想をして、ハッピーハワイアンライフをビジュアライズしていく今朝の私だった。

 

LOVE&AOHA、

MIDORI

 

 

 

 

女性として歳を重ねる喜び

  • 2019.01.16 Wednesday
  • 00:49

1月15日 晴れ

 

 人間それぞれの生き方があり、歳を重ねて行く女性はの生き方は、人それぞれ違う。

 

どんな家族の中で生きて来たのか?

どんな教育を受けて来たのか?

どんな土地に生まれて、生きて来たのか?

人の人生は、子供の頃は親の選択でその子の人生が選択されて生き、

成人したら自分の全ての選択で人生がそれぞれの方向へ進んで行く。

40歳を過ぎる頃には、自分の選択した結果が見えて来て、歳を重ねて行く焦燥感と喜びがどこからか沸き起こる。

若い頃に悩んでいた事が嘘のように悩まなくなり、幻想的な不安に操られて生きなくても良くなるこれは、

歳を重ねてきたご褒美であり喜びだ。

敢えてここでは、歳をとるという言葉を避けたい。

 

不安から逃れるために、ホロスコープや幻想的なスピリィチャルの世界にがんじがらめにならずに、

自然体で生きていかれるのも歳を重ねる喜びだ。

 

歳を重ね年数が50年もすると、自分の感覚がより研ぎ澄まされて、解放感がでてきて自然体で生きる自信が出てくる。

 

とは言うもの・・・・!?

人間多くの事を今だ悩み、考える。

 

『人間は考える葦である。』

 

ただ、歳を重ねると無駄に考え悩まなくなる。

 

歳を重ねる喜びは、社会的に考えても素晴らしい事なのに何故かこの感覚が非常識・非日常の世界の様に考えてしまう。 

姥捨て山の時代を変革していかなくてはならない。

これは、歳を重ねた女性が社会で家庭で活躍する事だ。

日本の女性の太古の歴史・文化改革だ。

 

日本は、1940年第二次世界大戦で敗戦国だ。

この負の思考が今だ根付いている年代が60年代までに生まれた人だ。

終戦または第二次世界大戦中に生まれた親に育てられ、終戦の貧困な生活から抜け出すためにがむしゃらに働き、

そして高度成長期にがむしゃらに良い生活をする為に働き続けてきた親に育てられた年代だ。

 

私達は、親が忙しく働いていた背中を見ながら育った年代。

そして戦後の自由を楽しんだ親達は、自由恋愛や不倫そしてバブルを生みだし、フルにバブル生きてきた人々。

そんな、物質世界・キャピタリズムの中で生き生きと生きていた親達。

結婚という言葉に、夢はあっても現実的には、結婚に対して希望は、かなり薄い世代だ。

 

17歳の夏、カナダに留学して、カナダの人々の自然を大切にして生きながら、物質世界ではない、

自由な自然体の選択をして、心豊かに生きる生き方をする生き方をカナダの人々から学び、新たな人生の扉を開けたようだったのに・・・・・・・いつの間にか、日本に帰国した自分は、日本の働きバチの巣の中で生きていた。

 

日本人の私は、ただただ毎日働く母の背中を見ながら育ち、それが当たり前の生き方として母を見て生きてきた。

そして、母子家庭の母に育ててもらった気持ちの感謝の心がいつもどこかにあり、

日本に帰り、親孝行を自分なりする為に23歳の夏から働き、

カナダで学んだ自然体ののんびり好きの自分のライフスタイルが段々遠のき、

46歳の夏まで日本で一生懸命に自分なりに働き続けた。

 

結婚しなかったのも、母に子供を作らない片羽の娘と言われ続けた。

30代の頃子供を作らなければ一人前の女性になれない

と悩んだ時期もあった。

自分の真実の心が、子供をつくらない人生を選択した。

ただこの選択は、全てが私の育った国と家族の多大な環境がそうさせたといっても過言ではない。

50代に入り、更年期を迎えて、この柵からやっと解放された喜びも歳を重ねる喜びそして解放感だ。

女性の魅力が、子孫繁栄の対象ではなくなり人間としての価値が重んじられるのが50を過ぎての女性の価値。

 

自然体の自分に回帰したのは、3度結婚した父、不倫をし続けた父の他界したのがきっかけだった。

私が、柵の中で生きてきた自分、私の不幸の源を創造した父の死が解放してくれた。

その父にも、今では感謝する気持ちが50歳になり歳を重ねる喜びである。

若い頃は、父が私達家族を無責任に不倫して置き去りにした怒りが胸の中にしこりとして固くなっていた。

 

幸せな家庭に育っていたら、今頃は幸せな家庭を築き、子供を育て自分が母として生きていたかもしれない

ふと、空想してみたりすることもある。

 

キャピタリズムと男尊女卑の世界を作り上げていた、父の死が、この柵から解放させてくれた。

 

そして、両親から解放され、今を幸せに自分らしく自然体に生きる為に瞑想した。

 

妄想の不安や固定観念に振り回されずに、自分で自分の環境を心地よく生きてく、自然体の自分を築く

 

瞑想した。

 

OUR HAPPINESS IS BUILT BY ATTITUDE AND INTENTION.

(私たちの幸せは、自己の姿勢と志向により築き上げられる。)

 

この姿勢と志向を作り上げてしまうのが、私達を築き上げる環境だ。

この環境を大人になったら、自分で築き上げるのが大切だ。

 

どんな人が、何を言おうと自分の幸せは、自分が感じて、自分の心の中にある。

100人いれば幸せの形は、100種類ある。

我が家からのブルーフルムーン

 

真実は、今の自分を生きる事だ。

真実を見つけるのは、歳を重ねる喜びだ。

( BE PRESENT ) 瞑想天然パフュームブレンドで1日10分夜今の自分を感じて瞑想をすると、次第に脈がゆっくりになり

地球と一体になって呼吸をし、脈を打ち、心臓の鼓動を感じて呼吸する。

其処に真実の自分がいる。

 

人生は、真実の自分を見つける為に生きている。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI 

info@argutha.com

 

 

 

 

 

2019年年の始に思う事

  • 2019.01.11 Friday
  • 06:51

1月10日 晴れ 気温24度 カイルア

 

 新しい年が明けて皆が思う事は?

 

さて今年はどんな年に成るのか?

 

どんな年になったら良いのか?

 

という希望と不安が混合して年が明けて、あっという間に春になりそして、暑い夏が過ぎてホットして秋が来て、

あら?

あっと言う間に師走に近づき焦燥感にかられる。

何年も生きているのに何故か、歳を重ねる月日が長ければ長いほどこの感覚が高まる。

 

ハワイに住みだしてから、この気持ちに追われずにふと毎年過ごしている自分がいる。

1年を通じて過ごし易い気候の為か、毎日その気分に合わせて過ごしている。

ただただボーとして生きてしまわないように、年始にその年にやりたい事をノートに書いて置き、

忘れないように見える所に張っておく。(英語では、バケットリストとかいうのだが・・・・)

人生一回なので後悔しないように、生きるためには、これが一番の目標になるのだ!

毎年の目標に向かって、毎日のスケジュールを決めていると、気が付くと1年が充実して目標が達成されている。

 

達成できなければ次の歳に持ち越す価値があるか、考えてまたバケットリストを作ると良い。

 

私は、毎年プライベートとライフワークのアロマセラピーとバケットリストを作る。

毎年必ず、書くのが、

 『植物の恵みを感じながら生きて行き、自分の美しさを高めて行く。』 

これを詳しく書くと、皮膚につけるものまた体内に入れる(食する)物を天然成分に最大限する事である。

ファーストフードを食べてしまったり、化学調味料が入っている食事をすると長ーい目で見ると、やっぱり、人生の進む

速さが加速して、情緒不安定になる。これは、同様皮膚や髪の毛、爪も、体の一部なので同じである。

ハワイに住んでいるので日焼けは、アウトドアは太陽の光を避けられないので、アロマセラピーの日焼け止めを使うが、

やはり人口成分が沢山入っている日焼け止めには、かなわない。

そばかすやシミが気になっていた昔が信じられない位、そばかすが出てくるが、これは自分が気にするか気にしないかだし、

それより、50歳になると皮膚のしわや張りが大切になってくる。これは、やはりアロマセラピーの物が一番効果的だ。

体も段々ちりめんの様にしわ皺になり、おばあさんの皮膚に近づいてくる50代、私は、30代半ばの頃からずーと自分で作った

アロマセラピーの天然植物性の物を使用している。

50代になっても皮膚の張りは変わらないので、20年の実験結果がでている。

香りも、空港で働いていた時、何千人の人の匂いが行き交い苦しくて、人口の香水を毎日使っていた時、可なり

情緒不安定になり、皮膚もストレスで脂漏性湿疹になってしまい、心身ともにボロボロだった自分が嘘のように

今は、毎日天然の香りに囲まれて生きて20年、公私ともに、別れや介護生活、姉との対決などあったが、冷静に

乗り切り、負のエネルギーに任されずに生きてこれ、今では、52年生きていて

 

『今が一番幸せだ。』と毎日思える日々が続いている。

 

人生それぞれ幸せ度は、違うんだろうが、私は、家族に恵まれなかった人生がずーと、ずーと続いた。

両親が8歳の時に離婚、毎日ずーと姉の虐待を受けて生きていた10代、20代カナダに留学して素晴らしいホストファミリー

に出会い、家族の温かさを感じて『いつか自分もこんな家族に囲まれて生きたいなぁ』なんて思いきや

日本に帰国すると毎日せかせか働いてしまい、自分の家族に翻弄されて生きてきた30代、勿論それなりに自分の好きな事を

アロマセラピー、レイキ、ヨガに出会って世界中を旅しての植物に出会い、フランスやイギリス、カナダ、アメリカ、インドで勉強したのもこの時期だった。

40代は転換期だった。

 父の介護/他界を経て、長年続けてきたお店をしめてマンションを売って、自分の人生をリセット使用と決めたのだ。

大好きなアロマセラピーの活動も好きだけど、自分の人生をすり減らしてまで活動する程私にはパワーがない事を自覚して

自分のペースで活動する形を目標にする事にした。

偉大なる人は、多分このパワーが沢山あるのだ、50年生きてきて自覚がやっとできたのだ。

そして、海を渡ったハワイで自分の理想の家族に出会い、そして家族を守って行くほのぼのライフスタイルの毎日を過ごす自分が

一番生きやすいライフスタイルで生きて行く事を見つけた。

母の介護も期間限定で行い、母への思いのバランスもできた。

どうしても、シャカリキに働いてしまう日本! 

これは、きっと日本文化であるとも言える。だから日本人は、ハワイの文化のんびり、ほのぼのの風が吹く

 

ハワイに来るのが、人生の洗濯になるのだ。

 

ハワイの人は、皆のんびりせかせかしてないので、勿論サービスものんびり、皆がそれでも気にせずのんびりしてくる。

急いで人生を生きて終うと、人生があっという間に終わってしまう。

 

そこで、この素晴らしいハワイの空気をエネルギーを皆さんに伝える為に!

今年の私の目標は、ハワイオアフ島カイルアで極上のアロマセラピーリトリートを始める事です。

 

4月から受付をいたします。

 

プライベートリトリートです。

 

パーソナルスケジュールをハワイに来る前に決めて、その人にあったスケジュールで行い。

カイルアの邸宅に滞在して、海をみて目覚め!

 

朝ヨガ、

日中スピリィチャルスポットを訪れたり、

ビーチで瞑想、そして締めくくりはアロマセラピートリートメント

 

日帰りコースから4日間コースまであります。

1人から2人(親子小さなお子様なら4人まで可能・友人・カップルなど)までのご予約になります。

 

ご興味がある方は、メール(info@argutha.com) までご連絡下さい。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

認知症をアロマセラピー&リハビリの対応結果

  • 2019.01.04 Friday
  • 04:03

1月3日 晴れ 17度 ビックアイランド ワイメア

 

ワイメアの夕日

 ビックアイランドのワイメアは、標高814メートルの高原なので、朝晩が冷える。

昨日朝早くに、ホノルルからコナ国際空港に朝9時に着くと照り付ける太陽が気持ちよく肌に感じた。

 

 黒い岩肌溶岩がどこまでも続くハイウェイ19を張りり抜け、ハイウェイ190に入ると登坂のカーブの続く道になり景色が緑の高原地帯にはいりの車を1時間ほどでワイメアについた。車から降りると、温かい太陽の日差しと冷たい風が気持ちよく感じた。

母は、『うわー寒い。』 カリナ―は、笑顔で冷たい風を喜んでた。ジョンは、寒い寒いと長袖の厚手のシャツを取り出して急いで着た。私もカリーナと同様冷たい空気が気持ちよく感じた。

 母のリハビリ12月11日から初めて23日が過ぎた。その内4日間ほど母は帯状疱疹で寝込み、クリスマスパティーで暴飲暴食をして3日間下痢で寝込んだので、1週間程体調を崩してしまった。

 母が下痢になった時には、かなり大変でした。認知症になると排便が気になり、父が認知症で寝たきりになった時もそうだったのですが、おしりの穴が気になるようで、便がでてくるとそれを触ってしまい、父の時には目を離すと触った手で其処らじゅうを触り家じゅうが汚物の匂いで可なり辛い日々が続いた。そして車いすでリハビリに病院で行く時に我が身に帰り、爪の奥に入った便を見てびっくりして手袋をしたいと言って来たのを記憶している。

 母の場合は、12月27日の朝私が母の寝ている部屋の前を通ると物凄い汚物の匂いがして、急いで母のベットに行くと母は起きたばかりで朦朧としている様子の中、お尻の穴が痛くてと訴えてきた。母を抱えるように起こしたとたんに既に軟便がもれていたので、私は息を止めながら母に持ってきてあった紙パンツを履かせた。はかせる瞬間から、も既に便が流れ出てきた。

私は、目をつぶり息を止めてながらの作業だった。

 ウォシュレットでお尻を洗浄して紙パンツをはかせてを一日何回をして、母が横になる場所全てに気が付くと汚物がついてしまい、洗濯機を3回1日回し、その間下痢用の飲用のブレンドに変えて、脱水状態にならないように水分を十分にとってもらい、痔用の軟膏を作り、母にコットンに軟膏をつけて患部に塗布してもらった。

本当にありがたいことに、母は、下痢でも自分でトイレに歩いて行き紙パンツに取り換えてくれる。父の時は、要介護4に既に認知症が進んでいたのでそれは、それは大変だった。

我が家から見た大晦日の虹、ハワイの諺
there is rain ,there is raibow 
嫌な事があるから奇跡が起こる。

  人生多くの辛い経験を積んで行けば行くほど難なく多くの事を乗り越えられる1つの利点だ。

カリーナは、シアトルに産みのお母親と旅行中だったので迷惑にならずに良かったが、ジョンがお休みなのに家じゅうが悪臭で充満してしまい、本当に申し訳なかった。2日目からは、何とかシーツを汚さず紙パンツだけで済み、3日目からはほぼ紙パンツも汚さずに済み、2日間おかゆと梅干を1日2回だけだった。1日目、母が殆ど食事をしなかったので、私が御粥と梅干を母に食べさせていると、ジョンが心配してクリニックに行かなくて大丈夫かと聞いてきたので、3日間様子を見て改善されなかった連れて行く事にした。3日目から、母が御腹がすいたといったので、オーガニックチキンの骨からスープストックを圧力なべでセロリ・人参・ニンニク・生姜・玉ねぎと家で育てたターメリックの根っこを擦り入れて作り、御粥を作り食べてもらった。4日目からは、普通に食事ができて大好きなお魚の照り焼きとチキンスープとごはんを食べられるくらい元気になった。

 1月2日からビックアイランドでの旅行だったので、治るか心配するほど、大変だった。

4日目の朝、31日には、母に『カイルアビーチに散歩に行く?』聞くと

母は、『家でテレビ見ててもつまらないから行くわ!』と前向きな返事に

私が笑顔で『じゃ、着替えて行こう!』と言うと、いつもは、『着替えを手伝ってよ。』言っていたのが、

なんと着替えも自分で出来るようなり、びっくりするほど自立してきた。認知症になると何時もしていた事が一人で出来なくなり

見守りが必要で、順番を毎回説明しながら、歯を磨いたり、顔をあらったり、着替えをしたりしなくてはならない。

私は、必ず母に同じ順番で丁寧説明を30日までしていた。倒れていた時はほぼ、私が全てしていた。

1月3日今の母は、身支度を自分で99%できるようになり、外出先のカフェで初めて私に『あそこが、トイレ?』聞いてきた。

私が、『トイレに一緒に行こうか?』と聞くと『一人で行ってみるわ!』と張り切って笑顔で私にいった。

シルバカーもいらないと言って確かな、ゆっくりとした足取りで歩いていった。

凄く心配だったが、我慢して椅子に座って待っていると、母がゆっくりとした足取りで笑顔で戻ってきて、

 

『一人で、トイレに行けたわ!』と言って来た。わしは、笑顔で『凄いね!お母さん。』

 

50ml先のトイレに一人でゆっくりと確かな足取りで歩いて行った。私は、母の後姿を見ながら胸が一杯になった。

 

2014年の冬2月に倒れて頭を打ち血だらけで倒れ、寝たきりなっり早く死にたいと叫んでお酒ばかり飲んでしまっていた母が、なんと今2019年1月一人でビックアイランドのクイーンマーケットのフードコートのカフェのトイレに一人でシルバカーを使わずに行けるようになったのです。

 記憶力も可なり回復してきて、自分がどこに何を置いたかを覚えているようになり、集音器が見つからなかった時にベットの左側に置いた事や3年前に母の親友が肝臓がんで亡くなり母と私がお葬式に行った事など、私が母の好きな歌手で2人で帝国劇場にコンサートに行った名前を聞くと『誰だったかしら?』といって一生懸命思い出して、10分もしない内に『小林旭じゃない?。』と思い出すように言ったり、記憶力も少しずつ回復してきた。勿論、携帯は使えないし、お料理は一人でまだできませんが、可なりの記憶力の回復です。

これは、母の生命力の力の強さとアロマセラピーの効果と励ましながらのリハビリ、デイサービスや介護サービスのヘルパーさん達の総合的な成果です。

 

 認知症には、100人いれば100種類の症状があります。

その状況によって、方法はそれぞれ異なりますが、父の時のように特殊なピック病(前頭葉側頭葉認知症)でも効果は、ありました。生活の安全な環境を整え、リハビリ(身体的:ウォーキング・ウェイトリフティングなど/社会的:デイサービスで家族以外の人とコミニケーションまたは好きな趣味のお教室に通ったり・スポーツクラブに通いクラスをとる。)、アロマセラピー(経口経皮投与)・生きる目標見つける(生きがいや好きな事をする。)が必要です。これは、健常者の健康の基本にもなります。最後の最後に健康的な食生活(野菜と果物中心のバランスダイエット)が大切になります。ただし、これがストレスになると良くないので、バランスを大切にして好きな物も食べながら、健康な食生活をしていくのが大切です。

 

アロマセラピーの経口投与の効能*****

  主に脳の活性化(記憶力の回復・ホルモンバランスの効果:より良い睡眠・抗うつ効果)・身体全体の消炎作用が主な効果(内臓の炎症を抑える・腸内善玉菌のバランス効果など・コレステロールバランスなど)

経皮投与の効果******

 主に身体的に働きます。60歳を過ぎるとほぼ認知症の人々は正確臭覚能力を保持してないので、香りの効果より経皮投与で腕や脚・足の筋肉・皮膚・神経の抗酸化(若返り)効果・背骨にそった優しいマッサージにより自律神経系統の活性鎮静効果・ヘッドマッサージによりバランス感覚を活性していきます。

 

 全て一遍に始めるとストレスになるので、少しずつ環境を整え、アロマセラピーも内服から初めてみたり、また身体的な問題が多いい場合は、マッサージから初めてみたり、目標を決めて認知症のご両親の見守りをして見て下さい。

アロマセラピーのご相談は、Eメール(info@argutha.com)で受け付けておりますので、ご連絡下さい。

初めに30-40分のお電話でのコンサルティングをして健康状態を確認して、ブレンドのご提案をいたします。

元旦のラニカイビーチからの朝日

 

2019年の新年ブログを読んでいただいている方とご家族のご健康と幸多き一年になりますように元旦の朝日にお祈りしてました!

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

info@argutha.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年末の孤独感と焦燥感・・・生きている限り、希望がある。

  • 2018.12.27 Thursday
  • 01:52

 12月26日 水曜日 気温24度 晴れ

 

 カイルアの朝は雨で始まる。

目が覚めると雨が屋根に落ちる音がした。外はまだ空は真っ暗だ。

3階の寝室から1階のキッチンへ降りて行き、コーヒーを入れニュースを携帯でよんでいると、

その音を聞いてジョンが下りてきてコーヒーを入れた。

『昨晩からの腰痛で目が覚めたんだ。僕の夢の日本人の奥さんは毎日マッサージしてくれるんだけどな?』と言った。

『OK、3階の寝室ででは、貴方の夢の日本人の奥さんがマッサージするから.』と私が言った。

20分ほど彼の為の鎮痛マッサージオイルで背中、肩、腰をマッサージした後に

腰痛用のヨガのポーズを10分程してから、1階のキッチンに2人で降りて行き、

ジョンは率先してグラス1杯の水で鎮痛用のカプセルを飲むと、と母が起きてきた。

昨日は、義理の母家でクリスマスパティーを18人程集まってした時にワインを7杯ほど飲んで酔っ払ったまま母は

ベットに入ったので、お化粧もそのままだったので、母に『お化粧落としてねてないね。』と私が訪ねると。

母は、『 いいのよ。 』と面倒そうに答えた。几帳面だった母は、認知症後全てが面倒で日常の事が出来なくなっていた。

『一緒にでは、顔洗いましょう。』と私が誘うと、母は無言で2階の母が寝ている寝室の横の洗面に上がった。

母の顔を洗い、入れ歯を洗って居間のソファーベットに座ってもらいコーヒーを入れると。

ジョンが2杯目の『 コーヒーを僕もお願いします。 』

3人分のコーヒーを入れてから、母の認知症改善用オイルでヘッドマッサージをした。

ジョンが、私に僕のドリームワイフがマッサージとカプセルを作ってくれたから、起き上がるのも痛くて大変だったのが、

痛みなく動けるようになった。と言って仕事へ出かけて行った。

何気ない、毎日の朝だった。

外を見ると、雨が上がりそうな空に虹がかかっていた。

 

一昨日は、12月24日 クリスマスイブは、母の誕生日でもある。

その日は、家でジョンとカリーナ4人で母の78回目の誕生日を祝った。

何故か母は、誕生日パティーはしないでと言った。

義理の母マーサーは、母の事を思い誕生日パーティーを提案してくれたが、家で『お誕生日おめでとう』と言った。

慎んだ誕生日を迎えた母だった。母の誕生日の思い出は、クリスマスの思い出とかさなり、最後に父と母が一緒だった

母の誕生日は、私が8歳の時だった。母がローストチキン、クロワッサンをオーブンで焼き、父がクリスマスケーキを

銀座の父の大好きなケーキ屋さんで買ってきて家で母の誕生日を祝った心温まる思い出だった。

その後、両親が離婚して、家族そろって母の誕生日を祝う事はなかったが、

私が10歳の時、大切な母の誕生日を祝おうと子供ながらにお料理をして母をまっていると、

姉は、その私に嫉妬して大喧嘩になり、ブランディーグラスを姉が、私に投げつけてその破片に姉が自分の親指を切り、母がそこで帰ってきて、姉を病院に連れて行き3針縫った事件の思い出になった。

この頃から私の人生は、可なり悲しい人生だった。両親の喧嘩と姉からの虐待に毎日だったのだ。

そんな母が、私が17歳の夏にカナダに留学させたのは、私と姉が喧嘩ばかりしているから、お金は大変だったけど

離すした方が良いとおもったからだと説明してくれた。

ハワイの平等院の前にて
ハワイの平等院前にて

 私は、母に本当に感謝している。あの時私が留学していなかったら、今の自分はこの世にいないかもしれない。

17歳の私は、悲しさみのどん底にいた。と母に説明した。

 

人間の人生とは、諦めずに生きているとても素晴らしい事が起きてくる。

それは、『生きている限り希望がある。』・・・・スティーブンホーキンズ博士より

というその言葉そのものである。

20歳の頃ル―ギャリーの病気で10年の命と診断されても、物理学博士になり家庭を子供を3人育て2018年3月76歳で亡くなった。人間は、病気になっても、虐待にあっても、生きている限り、諦めない限り、希望が必ずあるのだ。

 

最近の母は、死にたいと言わなくなった。

クリスマスパティーで85歳の義理の父の友人ボブが

『僕は100歳まで生きるのが人生の目標だ。だから健康に気を使っているんだよ。』と母に言うと、

母はびっくりする事を言った。『私も、自分の母が104歳まで生きたから母を見習って100歳までは生きたいわ。』

 4年前いつも死にたい。長生きはしたくないと悲し事を私に訴えて母が、今100歳まで生きたいと言う事母が言ったのは、

素晴らしい事だ。

 

そして、2018年のクリスマスは、私にとってその希望の続きが拡大する年になった。

 

義理の母マーサーと姉ーアナが昨日のクリスマスパティーで私に素晴らしい世界の1つしかないプレゼントをくれた。

それは、マーサ―の義理の母ドロシーの形見の分けだった

マーサーとアナが、私に、ドロシーはジョンをとてもかわいがっていて、そのジョンが本当に愛する人をみどりと一緒になったのは、素晴らしい事で、私にこの指輪をして欲しいと言ってくれた。

今年家族の一員になったみどりにと、角が擦り切れてオリジナルの指輪の箱を開けると、そこにはスクエアカットのダイアの指輪が入っていた。祖父母ドロシーのお気に入りのダイアの指輪は、私の掛替えのない宝物の一つ。

バーク家の家族の一員の宝物。

ジョンに出会ってから、毎年の寂しかったクリスマスの思い出が、一変して、心温まる思い出に変わっていった。

 

 

生きている限り、諦めずに生きている限りそこには、希望がある。

 

この思いを込めて、私は、HOPE OF LIFEという香水を作成した。

温かくそして深い香り、地球と一体となって全世界の人々と一体になり、孤独感から解放される香りを作成した。

世界中の大陸の香油をブレンドして深く温かい香りにできあがり、この年末の焦燥感を自然に心で受け、

新たな信念への希望がでてくる香りになった。

【 HOPE OF LIFE 】

エクアドル産のパロサント:浄化

ブルガリア産のホワイトローズ:慈愛、無条件的愛

インド産のダバーナ:シバ(破壊の神)の化身

オーストラリア産のフラゴニア:家族愛

ネパール産のスパイクナード:慈愛・マリア様の最期の涙の香り

イタリア産のベルガモット:太陽の香り・高揚

マダガスカル産のイランイランコンプリート:自尊心を高める。

ギリシャ産のキャロットシード:怒りの解放

オマーンさんフランキンセンスCO2:全てのチャクラの整列

フランス産ワイルドアイランドラベンダー:浄化

など他26種類をブレンドしました。

 

 

この香りで毎朝、瞑想をして2019年の新たな素晴らしい年を迎えて生きたい。

 

*LIFE OF HOPEの香りをご希望の方は、info@argutha.com までお問い合わせください。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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