舌が痛い・夜よく眠れい・節々が痛い・倦怠感が残るそんな症状には、アロマセラピー

  • 2017.11.06 Monday
  • 11:17

11月6日(月曜)晴れ気温 12度

 猛暑の夏が過ぎそして後1か月で師走にはり平成29年もあっという間終わってしまいますね。今年は、どんな年でしたか?

気持ちよく、元気に今年も年を越したいものです。

 身体的・精神的・感情的にも中々頑張れなくなってくるのは、大腸の善玉菌と悪玉菌のバランスが良くなくなって来ているサインです。体内には、数億以上の細菌と私達は、共存していてそのバランスで健康を維持しているといっても過言ではないのが現実です。最近では、大腸に感情的を左右するホルモン分泌が可能である事が研究で発見されています。(テッドトーク)

 年齢と共に、これらのホルモンの分泌が悪くなり多くの不調を発症していくいくつかの症状があります。

 

  _縞部にガスがたまり下腹部がはる。

 ◆〇肉炎でも虫歯でもないのに口臭がある。

  舌が痛い。または舌が白くかぶさったような膜がはっている。

 ぁ.曠襯皀鵐丱薀鵐垢崩れる。(生理不順・生理痛など)

 ァヾ鼎なを欲する。

 Α‘がボートする。

 А\瓠垢痛くなる。

 ─\欲が低減する。

  慢性の鼻炎・アレルギー

  疲れているのに眠れなず、慢性疲労になる。

  感情的に不安定になる。

  爪や皮膚の真菌感染

  陰部の感染症・かゆみやおりもの・または膀胱炎など感染症  

 

 これらの症状をここで見て行くと、余り気にならない症状ですが、全てが一変に来るととても辛い健康状態になります。この状態を放置しておくと、カンジタ菌(イースト菌)が心臓・脳内に入り、認知症や心臓病へと発展していきます。また、新たな食品アレルギー(乳製品・卵・コーン・グルテン)を発症する原因にもなります。

パン食・アルコール類を良く飲む人・甘い物を良く食べる人などに好んで食べる人に発症しやすい症状です。または、抗生物質を頻繁に使用して、免疫力が低下している人・バースコントロールを使用している人・喘息などでステロイドを使用している人・化学療法や放射療法を癌治療で使用している人・糖尿病の人なども感染しやすいカンジタ菌です。

 

実際に、私の所にも多くの人がこれらの症状でお医者さんに行っても治らずにコンサルティングをお申し込みがあります。まずは、腸内の菌類のバランスを整えるのが大切なので、この場合は飲用のカプセルを使用します。また舌が痛かったり皮膚や爪に症状がある場合は、飲用と同様にうがい用のブレンドと経皮用のブレンドを使用してもらいます。人のより免疫力と食事療法などが異なり約3か月から半年でほぼ改善されます。

 

爪の殺真菌:タイムチモール3ml・タイムリナロール3ml・オレガノ1ml・レモングラス4ml・ティートリー3ml・クンジアアンびグア2ml・ヘリクリッサムジモセファラム3mlニアウリ4mlをブレンドして1日3回患部に使用します。

 

飲用は、朝昼晩3回1mlカプセルを飲用します。

(個人によりブレンドは変わるのでコンサルティング後決定いたします。)

 

 

これらの症状がある方は是非アロマセラピーで改善していく内臓に負担なくより良い、健康なライフを改善後過ごす事が可能ににあります。E-MAIL info@argutha.com にてお問い合わせください。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

効果的な慢性症状の乾癬症状へのアロマセラピー対応

  • 2017.09.13 Wednesday
  • 09:42

9月13日(水曜日)晴天気温27度

やっと朝晩が過ごし易い日々が関東地方へやってきた。雨の多いい秋の青空は、とても心が晴れ晴れします。

ハワイのカイルアとほぼ同じ気温の今日この頃、特にハワイが懐かしく感じる日々を過ごしながらこのブログを書いています。

 今日は、慢性的皮膚疾患乾癬について書いて行きます。皮膚の疾患の原因は、アトピー性湿疹などを含めて慢性的症状の場合は

、とても個性的(人により原因が異なる)な場合がほとんどで根気強く向き合わなくてはならないのが、先ず初めの心得であり、根気強く向き合う事により必ず改善するエッセンシャルオイルブレンドが発見できます。

 そして私の皮膚は、身体の一番大きな臓器であり、その為経口・経皮投与を必要になってきます。経皮と経口のどちらかだけだと、今までの経験上、アロマセラピーの使用で症状を緩和する事は、困難であります。私は、クライアントの人に、両方の方法があると説明し、選択していただいているのですが、効果的でかつ早く緩和されるのは、やはり経口・経皮を同時に行う事が最短の緩和方法であるという事が殆どの場合です。これは、多くの症状緩和への使用法がそうであると20年間の経験を経て統計的に出ています。体質にも関係してきます。

 肌に出やすい人の体質は、私もそうですが、やはり甘いものや揚げ物ばかり食べていると直ぐに、吹き出物がでたりします。航空会社で勤務していた20代の頃は、東京の久が原から成田空港まで毎日往復5時間かけて通い、行にキャラメルのハイチュウの上段を制覇し、帰りに下段を制覇し、なんとほぼ毎日1箱食べてしまい、顔中に小さな脂肪の塊の湿疹がでて脂漏性湿疹になってしまった経験がある位、食べたものが皮膚に出てきます。その他の体質には、皮膚に出ず内臓に沈殿して行き、糖尿病などメタボリックシンドロームになるのです。どちらも健康を害する道にまっしぐらです。自分の体は、必ず食べたものを代謝していくのでそれを理解して食べ物を選択するのは、健康への一番の近道でしょう。人によっては、それが固執し過ぎて、ストレスになる人もいるので、適当に気にする事が大切です。特に子供は、食べ物のストレスが高まるので、上手にお食事を変えて行くのが良いですね。

 乾癬とは、慢性の皮膚硬化疾患であり、皮膚の形成が通常の10倍速の速さで形成し、クラークの周りや内部に炎症を発生する為痛みを帯びたり、かゆみを感じたりとても不快な皮膚の疾患でです。日本人には0.1%の割合で発症して、稀な皮膚疾患ですが、白人系の人々に発症しやすく、戦後日本でも発症が増加した為、食生活なども関係していると考えられています。私の経験では、薬の副作用で急性的に発症した例もあます。この場合は、腹部など全身では無く、局所的に発生して、発症後直ぐに経皮投与をしたので、容易に経皮投与で緩和され、原因の薬投与もやめてたため再発や慢性化には及びませんでした。

 遺伝的でない場合は、、内外のストレス、気候の変化、高脂肪摂取などの生活環境で悪化する事例も多い。そのため、元々の体質的な素因に精神的・肉体的なストレスや紫外線不足、肉食系の食生活などが関係して発病している可能性も考えられ、研究されていますが、原因はまだ明確には解明されていないません。

 実際、乾癬の症状が出なくても、基本的に健康なライフスタイルは、適度な運動と日光浴などを含めて外での運動でビタミンD補給・季節の野菜や果物を中心にした食生活、そして適度な水分の補給である。そして、ストレスをためないのが一番の健康の基礎であります。

 ここで、お勧めのエッセンシャルオイルを書きたいのですが、これは人により異なる為、これといったオイルを出すのはとても困難です。唯一私が、必ず経皮に使用するのは、ジャーマンカモマイル・イタリアンエバーラスティング・ニアウリのエッセンシャルオイルです。特にジャーマンカモマイルCO2オイルは、消炎作用が高く微量で効果を発揮します。

アロマセラピー使用中の映像

 

アロマセラピー使用後の映像

 

 この場合は、体全身に出ているケースで特に症状が出ているのがくるぶしの箇所になります。3か月ほどでかなり改善されましたが、初めはステロイドを使用していたのその薬の副作用でアロマセラピーを開始後皮膚の治癒力が戻る為に炎症と皮膚の硬化症が悪化してしまいましたが、経皮投与用のブレンドを変更して1か月ほどしてから、再度元の治癒力を高める経皮ブレンドに戻し、皮膚の形成が通常化するまで3か月ほどかかりました。治癒力は人により異なりますが、ステロイド系の薬を使用していたりすると治癒力改善までには、かゆみや炎症・硬化症が一時強く出る事もあります。ここで、そして、慢性化した乾癬を完全に治癒するのは、個人差や年齢経過などにもよりますが、とても困難な事なんで、日々症状が出ないように、経口経皮使用を回数は減らしながらも使用し続ける必要があります。そして、アロマセラピーの治癒力の素晴らしい所は、皮膚の治癒力が改善されると同時に、内臓が健康になりかつ気持ちの安定も使用前より高まって生活がスムーズになり向上していくのです。そして全てのの精油は、オーガニック素材であり、この精油を製造している人人それは、日々オーガニックのハーブや植物を育て居ている世界中の人々へといきわたります。薬は、勿論大切ですが、ほぼ世界で一番売り上げを上げている製薬会社へと行きます。勿論、薬は大切さはあります。緊急の時など大切ですが、薬で改善されない、慢性の治癒力にかかわる症状は、エッセンシャルオイルなど自然療法が地球の為にも素晴らしいエコロジカルな社会を築き上げる姿勢ではないかと考えます。

 長年アロマセラピーの活動をしてきて、多くの治癒・健康方法がある中でオーガニックの精油を使用する事により、よりエコロジカルな生活へとつながっていく喜びを感じていきていく事ができる事です。 慢性の皮膚の疾患でお悩みの方、是非ご相談下さい。

お問い合わせは、E-メールまたはお電話でお願いいたします。

 

LOVE&ALOHA

info@argutha.com

携帯090-6526−6334

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の食中毒の後には、アロマティック虫下しブレンドですっきり心身の健康!

  • 2017.09.02 Saturday
  • 12:29

9月2日土曜日 雨時々曇り 気温21度

 アラブ諸国並みの猛暑が過ぎ、9月に入り長雨やトンボが雨宿りをしながら家の壁にとまっている光景を見ながら秋を感じる今日この頃です。秋と言えば、ホリスティック的には、過ごし易い気温(24度から17度前後)で臓器が緩みデトックスが効果的に可能になる季節です。秋の長雨は、夏の汚染物を浄化するために振り続けるようです。汚染の高まる現代の、雨は地球再生能力の知恵でもあるかのようです。

 デトックスと浄化の定義を簡単に言うと、浄化は、毎日お風呂に入りお清めと同じで汚い汚れや思考を洗い流す事で朝晩の瞑想や入浴すると事で短期的に容易に可能な事です。勿論健康な心身の維持には、毎日行うことが大切です。言葉では、汚染物を排泄する事です。入浴する事により、皮膚や汗腺内の汚染物は流せても消化器官や循環器系の汚染物を排泄しないでしょう。そこで、今ホリスティック的に言われているのが、水を飲む事です。より効果的に行うのが、オーガニックレモンのエッセンシャルオイル(殺菌・浄化効果)500ml0.5mlほど入れて1日1−2リットルこれを飲用する事です。成人の心身は平均50−65%が水分です。50kgの人間であれば、25kgは水分です。これを浄化するには、最低約1リットルの蒸留水が必要になります。

 

 解毒は、浄化と異なり心身の毒素を分解排泄する事である。これは、容易にできる事ではなく、毒を分解するには時間がかかる事である。体内の自然治癒力で通常身体には、毒(通常蛋白質性)を分解する解毒酵素が存在する。そして毒素とは、生細胞あるいはせ産生される有毒物質である。一般的に、蜂や毒蛇などの毒は、急性の為医療的解毒薬が必要になる。しかしながら、慢性化した体内に少しずつ蓄積・沈殿して行く毒は、年に2回春夏行うことで、古来の知恵アユルベーダや中医的にも奨励されている健康維持の必要不可欠な定期である。

 近代の慢性的な体内の毒は、精神不安(トックシックマインド否定的感情)・呼吸器系疾患・アレルギー・メタボリックシンドロームを引き起こしている要因でもある。

 毒と言えば、私は、今年フランスとイタリアにオイルの買い付けに行った宿で私は、食中毒のような状態に1日なり、外食もつづいたので寄生虫除去のブレンドを10日間ほど1日3回飲用しました。寄生虫は、体内の全てにいきわたる可能性が高く長年にわたって体内に寄生する例もあるほどです。毒と同様に、精神不安・アレルギー(皮膚のかゆみ・蕁麻疹)・腸の敏感症などが慢性の寄生虫のいる症状で薬では対処しにくい症状です。なるべく自炊をしていたのですが、やはり外食が続くと内臓が疲れて為か南仏の高級リゾート地マントンの美しいビーチから上がり、車に戻ると突然頭痛と悪寒に襲われ気分が悪くなり、横に建っている閑静なマンションの美しい垣根の中に私は、倒れここむように朝食を全て嘔吐してしまいました。その日1日気分は悪く、水分だけ取る事が出来たので、オイルを飲んで気分は治まりましたが、朝食に食べなれない薄切りサラミを食べ、日本人の私だけの胃腸に合わなかったようです。帰国後、やはりサラミなど加工食品には、寄生虫が生息する可能性が高いので、念のため7日間寄生虫除去用のブレンドを飲用して消化器系の浄化をしました。3日間飲み続けると排便の色と匂いが変わり、5日目から腹痛なしの下痢のような状態が続き宿便が排泄された。7日間飲み続けた後は、通常の更年期対策ブレンドに変えてオイルを飲み続けました。

 この話をカイルアに戻ったジョンにすると、彼も寄生虫除去ブレンドを飲用したいとの意思だったので、ハワイにEMSで送り飲んでもらうと、オレガノ匂いがして力強い感じで後は、何も特に変化はないとの言われたのがやはり彼の場合も5日目に宿便が排泄されてすきっり感が出てきたという報告があり、7日日間飲んでもらいました。彼の場合は、アレルギーや皮膚のかゆみもあるので、10日間飲んでもらいました。勿論、その間1日1−2リットルのお水を飲んでもらいました。

 この後は、私たちは、9月中旬を待ちデトックスブレンドへと変えて行こうと提案したら、彼は、なんだか考えただけでCLEAN!CLEAN!と楽しそうに連呼して新たなライフスタイルを喜ばしく感じているようでした。

 

 寄生虫除去ブレンドをご希望の方は是非Emailにてご連絡下さい。人により、ブレンドは変わりますのでお電話かEmailにてコンサルティング後にブレンドを確定いたします。

 特にこのブレンドをおすすめの方、外食が多いい方・肉食やシーフード(お刺身お寿司)を食べる方・生野菜を良く食べる方などは、体内に寄生虫がいる可能性が高いです。勿論自然療法以外でも虫下しの薬は、お医者さんで出してくれます。エッセンシャルオイルで寄生虫除去をすると、副作用がなく克寄生虫以外にも殺真菌効果・殺バクテリア効果・殺ウィールス効果を期待でき、肝機能や臓器の健康を推進するとてもソフトランディングな健康方法です。

 方法は、1日3回食間に1mlカプセルに入れたブレンドを飲用して、1日を通じて1−2リットルのレモンエッセンシャルオイル入りの水を飲んでいただきます。これを1週間から10日間使用してもらいます。

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

info@argutha.com

 

 

 

 

 

 

 

幸福な人生への選択アロマセラピーブレンド

  • 2017.08.01 Tuesday
  • 09:02

8月1日 火曜日 朝から気温28度湿度84% 不快指数95% 

 

 台風5号が関東地方に接近してきている、高温と湿度で不快指数が高まる8月1日の日本、南仏と北イタリアのカラッとした夏を過ごした16日間、大満足な素晴らしい新鮮で神聖なエッセンシャルオイル達の買い付けから帰国し10日間が経過し、その余韻に

浸ってまだ、不快指数の高い日本の夏なのに自分は、とても大切な人からの愛に満ちた自分が存在し、幸せであると気づいていた。

この気持ちは、過酷な父の介護生活そして死から、3年11か月が過ぎた現在の自分の真実の気持ちである。 

 母が朝の愛犬モモちゃんと散歩から戻り、蚊に刺されている膝にペパーミントのエッセンシャルオイルを塗りながら、恒例のヘッドマッサージをして2階に上がり、ブログを書き始めた。

 今日は、幸福な人生への選択方法へと導くアロマセラピーブレンドと哲学を私のブログを読んでいただいている皆さんとシェアーします。

 多くの人間の人生には、故に幸せな人と不幸な人と2つの人生を歩む人間が存在しています。人間として生まれて、幸せな人生を皆行きたいお考えて生きているのに、何故不幸な人生を歩んでしまうのか?そして、幸せな人は、何故幸せな人生を生きられるのか?

 波乱万丈の人生を半世紀生きてきた私は、常にこの幸せな選択を渇望して探求してきました。

勿論、人間それぞれの時代・世代・文化的・環境的異なる幸せの形ががある事を尊重し、簡潔に幸せの選択方法を哲学的に考えて行きたいと思います。

 一番、大切な事は、幸せの人生への選択を常に自己の真実を追求してする事です。自分を偽り、また人に左右されて生きていると自己を失い、次々に不幸を招きます。その選択は、時には辛いそして困難な選択であっても、その選択を1瞬1時、日々してきた人間が、その人なりの最高の幸せな人生への選択をして幸せになるのです。

 私は、日本の東京に昭和40年代半ばに誕生し、大きな自己の幸せの選択をしたのは、家族から遠く離れて、18歳の時にカナダに留学した時です。人間として初めて幸せだと実感して生きた自分がいたのが幸せな人生への第一歩の大きな選択でした。生まれてから間もなく2歳年上の姉からの心身の過酷な虐待から逃れて、精神的にも身体的にも虐められコンプレックスの塊から解放され新しい土地と言語の環境で生まれ変わり当時18年間の人生の中で一番幸せな4年間を過ごしていた。そこで、家族に恵まれない人は、やはりその恵まれない環境から抜け出る方法を見つけるのがとても大切な選択です。18歳の私は、言葉も環境も異なる、選択肢を命からがらしたのです。これは、私の生存力からの知恵だともいえると思います。そして私の、真実の幸せの人生への第一歩の選択でした。言葉を学び、新たな人間関係を築き、自分なりに幸せになるために選択したのです。18歳の私には、解放感と自由そして新しい言語と文化を吸収して、過去のコンプレックスの塊から解放されて真実自分を創造する事を選択したのです。

 

     The poser of Choice is listen to your ture heart' voice and chose every seconds to seek your truth .

 

 第2の選択は、人間として生まれながらに持っている知恵があります。これを信じて、つまり自分を信じて力強く生きて行くのです。人間は、自己を信じられないと、何故か常に恐怖と葛藤しながら生存していく結末に際悩まれます。恐怖の果てに、全てを引き延ばして生きて行くと、不誠実な人生が存在しそして、その結果不幸な人生を歩んでいきます。勇気をもって、自己の知恵を信じて生きる選択をするのです。自己を欺きながら生きてしまうと、結果的には、不健康が状態が継続し身体に病巣を発生します。健康な人間は、幸せな人間は、必ず自分の真実を信じて正々堂々と生きているのです。疚しい気持ちの塊は、病気の根源になります。例えば、体のどこかが痛いのに、痛み止めを飲んだりして自分をごまかし、小さな嘘を重ねて生きているとその否定的なエネルギーが病巣を心身へと導いていきます。社会にでて、自分の真実を全うして生きて行くには、相当の勇気とパワーが必要です。ただこの、見返りは、長い目で見ると自分の心身が結果を表していくのです。しかしながら、日本社会でこれを全うして生きて行くのは、かなり過酷です。しかしながら、自己の心身に嘘をつかず、人をコントロールせず、傷つけずに生きて行くのが一番です。人は人、自分は自分、自分を大切に生きて行く選択を毎日、毎秒していく知恵を身に着け、訓練するのが第二のステップです。例えば、真実を口に出さなくても、他人から内を言われようと、自己の知恵を信じて行動で示してくのが、日本社会では、この選択をするのが一番良いかと言えるでしょう。初めは、他の人から不思議だと思われるかもしれませんが、20年30年後に幸せにマイペースに生きている事を認めてくれます。そして類は友を呼ぶで、その幸せのパワーの友人に囲まれてより幸せに人生を歩むことができます。

 

 第3の選択は、自己の幸せの壁は、通常自己の幼児期のトラウマや悪い経験・環境から引き起こされていきます。今の自分を生きるために、新しい自分を確認して、過去の自分を解放して幸せに満たされた人生を楽しみにながら生きるのです。痛みや悲しみを解放して生きて行かないと常に過去の悲しみと痛みを担って生きてしまいます。人間は、新しい細胞常に再生して生きているのです。過去の自分は、過去において、勿論忘れる事は出来ないので一つの経験として生きて行くのです。そして、それを自分を信じて、宣言するのです。過去の自分に振り回されずに、今の自分の知恵を信じて幸せな人生を生きて行くと。宣誓するのです。紙に箇条書きにして、過去の全ての痛みや悲しみをノートに記録して、その気持ちがや記憶が出てきてしまったら、それに負けない自分を生きて行くと宣誓します。自分の持って生まれた知恵を信じて生きると、宣誓するのです。

 

 第3の選択は、自分を知恵を信じて人生へ挑戦する事をやまずに生きて行く事です。幸せな人生を生きて行く挑戦を忘れて生きて行くと、人間は、情熱を失い、弱くなり、そして活気を失って生きて行きます。それは、新しい言語をならったり、新しい場所への旅行でもよいです。また苦手な事を克服したり、新しい友人を作ったり、新しい植物を育てたり、人生い生きて行く過程で新たな挑戦を重ねて行くうちに幸せの木が毎日大きく育って行き、気が付くと天にも届くほどの大きな大木の揺るぎないし幸せの人生の中で生きている自分が存在しています。過去の失敗を恐れず、常に新たな挑戦をしながら生きて行くのが幸せの人生へのステップです。

 

 最後に、どのような哲学に出てくる、感謝の気持ちを忘れずに生きて行く事です。真実の自分が、生まれ生きている事への感謝の気持ちを大切に生きて行く事です。この宇宙の唯一生命体の存在する美しい地球に生きているという恩恵と感謝の気持ちを毎日、目が覚めて呼吸をしている自分に感謝をして生きていると、常に自分が幸せになり、自分を大切にして生きる選択をする事ができるようになります。そして自分の夢がかなうような選択をしながら生きて行く事が可能になります。 

 

Choice of Hapiness blend 10ml ロールオン

自己の幸せな人生を選択できるパワーパフューム

 

アルパインラベンダー 15滴

ローズオットー  6滴 

メリッサ 2滴

シスタス 2滴

ワイルドローレル 2滴

ベルガモット 5滴

リンデンブロッサム 1滴

ナーシサス 1滴

 

使用方法:毎日 朝晩この香りを首の後ろこめかみ・鼻の下・胸元・手首につけてで瞑想を5−15分する。ノートに宣誓した事を解放して、自分の夢をビジュアライゼーションして、そして地球に感謝をして自分の真実を確認して、自己の知恵の素晴らしい恩恵を信じて、瞑想をします。自分が幸せだと気づくまで毎日行います。また、いつでも必要な時に行います。

 

* ブレンドのご注文は、E-mail にて受け付けております。info@argutha.com 

 

GOOD LUCK on YOUR HAPPY LIFE

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

 

 

 

 

 

 

HAPPY MOTHER'S DAY と言える事に感謝!

  • 2017.05.14 Sunday
  • 15:33

5月15日 日曜日 曇り 気温21度 

 昨日からの雨も上がり、どんよりとした空の母の日。今日は母がデイサービスの日の為私は、母の日を一日前に祝う事にした。

とはいっても、外で2人でランチでもしようと考えただけだった。

土砂降りの雨の日、母に電車に乗って3つ駅目の新越谷駅の駅ビルでランチをしようと母を誘った。

新越谷駅には、駅ビルが入り駅内で雨にぬれずに食べらる、お茶屋さんが出している母の好物のマグロ定食があるお店があるのでそこで、食べようと考えた。

耳が難聴で心配性の母に朝からこれを伝えると2時間前から用意して30分以上前に家を出てしまう為、母には私が仕事を終えたら用意して行こうと提案したが、案の定母は、1時間前から着替えて準備万端だった。

 寝たきりだった頃を考えると嬉しい事には間違いないのだが、やはりなんだか待たせてると思うと今度は私が息苦しい感じになる。

朝から、リフレッシュしてやる気とイライラを解放できるようにディフューザーで部屋中を森林浴の香りにパインやスプルースの香りで深呼吸しなくては、辛すぎる私がいた。

 雨の日のシルバカー使用は、大変なので杖を持って行く事にした。

最近では、天気が良いと母に習慣にしてもらおうと愛犬の老犬ももちゃんの散歩をNHKのひよっこを見てから、行ってもらっているのだが今日は、大雨でそれもできない。モモちゃんの皮膚病(ラベンダーハイドロゾルを吹きかけてブラッシング)と白内障(フランキンセンスのハイドロゾルを使用して目を洗っている。)もアロマセラピーでかなり改善されてきていて、私がハワイに帰る前に完全に感知してもらおうと毎朝モモちゃんもアロマセラピーでリラックスしてから母と散歩に行って体力強化だ。

 11時半を過ぎた頃、母にご飯食べに行こうか?と言って大きな音のテレビの前で寝ている母に、大声で聞こえるように聞くと、母は、ゆっくり言って聞こえない。といつものように聞き返す。人間は、不思議と大声を出すと怒っているように怒鳴ってしまうのが、悲しい。しかしここは、忍耐と自分に言い聞かせてもう一度大声でテレビを消してから母に呼びかけた。話しかけるのとは程遠いい大声なので、学校の体躯の時間の校庭の端から友人に声をかけるように呼びのようにした。

 母は、そしてテレビの前の設置された、介護用ベットから起き上がり、玄関へとゆっくりと歩いて行く。寝たきりだったためか足がやせてしまい合う靴がなく、最近は、いろいろ履いてみているがぶかぶかの物ばかりである。唯一アンクルブーツが脱げないようで、母は冬用のアンクルブーツをはいて、杖を突いて雨の日傘を差しながら久しぶりのお出かけである。最後に雨の日に出かけたのは、4年前母の長年の友人のお葬式の為に出かけた。肝臓癌で苦しまずに亡くなられた母の友人。母はとても落ち込みその前の年には、御三味線と小唄の先生もなくなり、次から次へとお葬式が続いた。母は、そして生きる事への不安と悲しみの中お酒へとうずもれて行ったのであった。私も、もう若くないので不安に一緒になっていた自分を回想してみた。

 しかし、生物というものは生きる力が強い事を植物の生息を見てもわかる。どのような環境にも順応して細胞は生きて行くのだ。母の細胞組織もそんな中、生きてい行く生存の力の火は消えることなく、消沈していた火から今では、新たな息吹が春の若葉のように脳の細胞も再生されているように、日に日に元気を取り戻しているのが、何よりも楽しみである。

 そんな、母を支えながら電車に丁度昼頃に雨脚も強まる中のると、母は小学生の子供のように久しぶりに電車に乗ってる自分に感動していた。パスモが入っている場所を何度も確認して鞄のポケットを開けて最終的には、母のお気に入りのヒョウ柄のジャケットのポケットに入れた。

 駅に着くなり、外出先で一番心配なトイレに母は行きたくなり、おむつもしていないので、トイレを探してみると2階の駅ビルのエレベーターから矢印の通り、歩いて行くとゴム製のメッシュの運動靴が目に入ってきた。3年間ほぼ寝たきりだった為に母に足が小さくなって外反母趾もあるからこの様な靴が良いんでは?と私が言うと、母、先ずはトイレに行ってからと言わんばかりに、杖を突きながらトイレの矢印を辿りながら、ビルの端の角にあった。

 母がトイレに行っている間に、私は他の靴を探したが、初めに見た靴が一番履きやすそうだった。トイレから出てくると母に、実は今日は母の日の為のランチだと説明し、先見つけた靴もいつも合わない靴で散歩もなんだから履いてみて、合うようならプレゼントすると説明すると、母は『そうなのね。』と嬉しそうに微笑み、母の日のプレゼントを快く理解して靴屋に足を運んだ。土曜の午後で新越谷の駅ビルは混んでない所がなんだか新鮮だった。東京ではありえないのでなんとなくゆったりとした気持ちになり、人もいそいでないので高齢母と安心して行動ができる。

 人気のない靴屋さんでリラックスしながら母に靴屋さんにメッシュの靴を履いてもらうととても気に入り、夏用に薄い青と白のメッシュの靴が良いと言い、母の日のプレゼントして購入して母は嬉しそうに、店員さんに母の日のプレゼントで買っていただきました。と説明している。あっという間に12時半を過ぎていた。お茶屋さんのカフェに行くと雨の日のカフェは、流石にお昼時なので混んでいた。

 母は天ぷら付きのマグロ定食を頼んだ。久しぶりの外食だった。お酒でおなかがいっぱいで、ほとんど食事をとらなかった母は、最近なんとか一人分食べられるようになり食欲も出てきた。大きなエビの天ぷらとしめじ・しし唐・鳥の天ぷらとマグロのお刺身の定食は流石に食べきれず。私と一緒に分けて食べた。夜ごはんには、カフェの向かいの揚げ物屋さんのアジフライが目にはいり、竜田揚げとアジフライを1枚買った。母に駅ビルだからエスカレーターで改札のある階まで行かれるからと説明して手を取りエスカレーターに乗り、母にのぼりのエスカレーターへとガイドして行く。全てが母は、わからない小学生のように私の後をついて歩く。

 母には、なるべく脳を活動的にするように色々と話しかけ説明して母の意見を聞くようにしている。最近では、多くの事を忘れないようにメモに書いてそして、私に確認する前にそのメモを見るようにと提案してみているが、これが可なり彼女には難しいようである。施設に入ると全て、介護の人が着替えや何から何までしてくれるので初め、私と一緒に住みだしたときには、着替えをさせてくれなど要求してきたが、しっかりと母に一人暮らしを長くしたいのであれば、できる事は全て自分でしていくようにと説明した。

 どうしてもできない事だけ私がします。と説明すると母は一人暮らしを人生の最期までしていきたいと決心してなんでも自分でするようになってきて、心をなでおろしている。そんな母は、パスモがヒョウ柄の右ポケットに入っているのも忘れずに改札を通過してエスカレーターでホームまで上がった。学芸大学駅の下りのエスカレーターが両方の階段にはついてないので、エレベーターのある所までホームの中間まで上がり、電車に乗ると母は電車で移動するのが楽しい子供のように外を見ながら次に降りるんだねと言って、しっかりと自分が住んでいる駅が次だと理解していた。記憶は、訓練で少しづつ回復するのだ。勿論、認知力は低下してしまうのだが、母なりに気億のつかさどっている海馬を使って活性化しているのだった。駅に着くと、エレベーターで一緒になった喪服を着ていた老夫婦に、母は結婚式ですか?と聞くといいえ、お葬式です。と残念そうに答えた。母と大雨中、何年振りかに履いた私は、赤い長靴を見ながら水たまりに長靴が入りながら、母を見守り家まで歩き、母に蔵おばあさんまで100歳まで生きられるよ。禁煙も禁酒もできたんだから、頑張って人間として立派に生きてください。生きたくても戦争とかで死んでしまう人もいるんだから、大切な一回きりの人生をね。というと母はにこにこ微笑みながら、本当にそうだね。自分でもお酒とたばこをやめられた事にびっくりしてるわ。と言いながら杖を突いて小雨になった雨の中を二人で歩いて帰宅した。

 

5月の森林浴ブレンドでストレス解消!

4ml 

ブラックスプルース12滴

パインスコッチ22滴

ライム22滴

ベルガモット 25滴

ローズマリー12滴

フラゴニア12滴

クンジア24滴

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

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花粉症と認知症の相関性 

  • 2017.02.16 Thursday
  • 08:23

2月16日晴れ時々曇り気温5度

 

 2017年あっという間に新年が明けて、春節も過ぎたこの季節、日本では花粉が飛ぶ季節になる。

 

 花粉症は日本の国民病ともいわれるぐらい人口1億27,094,745人中の2万500万人が杉花粉症であり、全ての種類の花粉症は2000万人とも推定されている。

1964年に栃木県日光地方におけるスギ花粉症という文献が公式な花粉症とされている。

 花粉症の薬は、通常抗ヒスタミン薬である、ヒスタミンには、血管拡張、血管透過性亢進作用などがあり、これらの作用により、アレルギー症状である、くしゃみ、鼻水などが発生する。風邪のアレルギー症状も同一の機序による。この作用を伴う、ヒスタミン受容体H1受容体と叔母れ抗ヒスタミン薬はこの受容体の作用を抑制する事で、アレルギー薬はこの授与態の作用を抑制する事で、アレルギー症状を抑える。したがってアレルギーそのものや風邪そのものを治す薬ではない。抗ヒスタミン薬は、中枢神経、特に視床下部に作用して眠気を引き起こす、即ち鎮静作用があると考えられている。(ウィキペディア)

 抗ヒスタミン薬は、20世紀半ばから販売されている。この薬は、簡単に薬局で購入できる。風邪薬やアレルギーの薬、抗めまい薬、蕁麻疹・水虫などのかゆみどめなどの塗薬、乗り物酔い止め薬、鎮静薬・麻酔薬などに多くの薬品に使用されている。薬の開発と共に私たちは、無意識のうちに多くの化学薬品を体内に吸収している。そして、その副作用が10年20年後の自分に出てい来る。

 認知症の人口の増加と花粉症の増加は、相関性があるといるのではないかと、疑問に考えているのは、私だけではないのである。

日本の政府は、外交と経済の発展に過度に集中しているのではないか?人間の生活の幸せ度を高める事になぜ世界GDP3位である大国日本国は力をいれる事がこんなにも難しいのであろうか?それは、故に戦後、戦争に負けた国を建国してきた世代、焼け野原だった首都を50年間経済成長にのみ力を入れて、国民の幸福=経済の豊さそして平和な国どいう論理から来ている。それは、それで素晴らしい事である。今そして戦後70年、これからは、日本に住む人々の幸福な人生を成型する事に集中していく時代が来ている。

 アメリカやイギリスは、戦争に勝った国である為、その這い上がる努力が必要ない国余裕のある資源豊かな国である。その為日本の15−25年先を言っている国でもある。特に前大統領オバマ大統領は、脳神経や医療、認知症の研究に国費を費やした。その結果、1990年ど高齢者(65歳以上)の25%が認知症である統計率が今では、世界平均(WHO)の5%にまで低下している。カナダは2%、世界でも最も幸福度の高い国ノルウェーでは1%ほどである。(2012年)日本は、2016年の統計では、26%で高齢者の4人1人が認知症であると比率が、増加する一方である。日本では、ケアーサービスの向上に力を入れる一方、認知症に要因に対応する事がほとんどないのでは、ないかと疑問に考えているのは、私だけではないのではないか?

 ウィキペディアに掲載されている、精神安定剤や睡眠導入剤が認知症の原因の1つになるという事を知っている人は少なく、気軽に睡眠導入剤や精神安定剤を常用している。同様に、脳に働きかける薬抗ヒスタミン薬や鎮痛剤も同じである。統計学では、60%の認知症の患者は、これらの薬を常用している比率が高いのである。

 そこで、将来の自分の健康に向けて皆さんには是非自然療法をお勧めします。

エッセンシャルオイルには、天然の抗アレルギー成分・かゆみ止めなどが含有されています。同時に身体のバランスをと整える素晴らしい自然治癒力を高める成分です。

 マスクにつけてもよいし、ひどいアレルギーの人は、アレルギーの始まる3−4か月前からカプセルでブレンドされたオイルを天然のビーポーレンに混合して1日2−3回飲用するだけです。

 一人一人、コンサルティングをして何が原因でアレルギーになっているのかを確認して、ブレンドをしていきます。

一般的なアロマセラピーではなく、独自のそして最新の検証例を含めたアロマトコロジー(飲用などを含めてその人の全体を体質を見てブレンドしていきます。)

 大きな視野で、自分の将来は、地球の将来につながると考えるとやはり根本的な体質改善が一番必要である事に気づきませんか?

私の母(76歳)は、今高血圧の薬も尿酸の薬もお医者様の検査結果により飲まずに認知症の薬のみ飲んでいるところまでアロマトコジーにより3年後に回復いたしました。

 ハワイのジョン君も極度の緊張とストレスからの週末にでるアレルギーがほぼでなくなるまで改善しています。

家族や友人が健康になっていく、幸せを感じながら人生の幸福を感じて生きているのが幸せである。

 

パーソナルコンサルティング・ブレンドお問い合わせは、info@argutha.com までお待ちしております。

 

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負けないで!大切な命!いじめ・虐待に対抗する私

  • 2017.01.02 Monday
  • 14:10

2017年1月2日 晴れ気温14度

 

 今年のお正月は、3年ぶりに母と過ごしている。

3年前に母が一過性虚血脳血栓で倒れてそして要介護1になり初めて初詣に草加神社に出かけた。

草加神社まで1駅自宅からあり、自宅から1.5キロほどの場所で以前の母なら30分もかからずに歩けたのだが、今の母は45分かけてシルバーカーと私の腕に支えられながら頑張って歩いて行った。

 今年母76歳そして26歳の時に母が生んだ第2子の私は、50歳であった。母は毎日元気だけが取得とも言えるくらい元気だった分焦りとそして老いる事への現実を目の前にしている自分がいた。人生は1度そして長いようで1年1年があっという間に過ぎて行くのである。人生を100年と考えてみても半分生きた私の人生は、辛い時そして幸せを感じていた時何方が長かったかと今記憶を回想していく。昭和41年7月21日気温31.2度の暑い日の夕方私は、東京の父の家族が運営する病院のある亀有で生まれた。母は26歳で、父は31歳であった。この日から、2歳上の姉は、私の存在を厭い両親からの愛と注目を浴びるために私との競争そして私への憎しみが始まった。母が父と結婚している間は、まだ父が家にいた為に姉は、父の注意と父の家族から長女としての注目と愛を受けて私への憎しみそして虐めは軽度の物であった。ただしその度合いは子供としては、可なりの度を越していた。今考えると日本人の戦国時代の遺伝子が残っているのではないかと考えられるほど緻密でかつ卑劣な方法であった。

 私の誕生と共に、姉は生まれたばかりの私へ嫉妬し、それな幼児のころから潜在的な知能の高さが解る方法で、右手を数か月動かさずに当時5歳の姉は、乳児のように親に全てを委ね私への両親からのケアーをそらしたのだ。そんな姉が、公園でどうしてもブランコに乗りたくなり右手を使って上手に漕いでいる姿を母が発見。姉の計画は、そこで崩れた。ここまで考えると子供の考える事のようだが、これを切っ掛けに姉の計画は、私直接的に働きかける虐めへとエスカレートしていくのであった。幾つかの記憶を私が回想すると、4歳の時お風呂に一緒に入ると姉に突き倒されて額を切り、頭から出血した。それ以外にも、私はいじめに疲れ果て5歳半の時に体に力が入らない原因不明の無力症になった。そしてその後も姉の虐めは、精神的に身体的に継続して姉の知能が発達するのと両親の離婚から父からの愛を失ったと同時にいじめの方法は、卑劣で巧妙な物になり母に知られないような方法考えだしていたのである。今思い返してもその方法は、私の胸を裂くほど苦しくて辛い日々であった。母と姉私の3人で生活をしていた頃母は1人で私たち2人を私立の女学校に通わせるためにお休みなく働き続けていた。夜帰宅するのが毎日であった。私は、家に居ると姉の虐めに会うために友人の家や塾や部活動に時間を費やしていたが、夜になるとやはり家に帰宅しなくてはならなかった。姉は、お使いに出すのがだが嫌がると私を真冬の中下着とTシャツ1枚にして外に出した。当時13歳だった私は、下着では外に歩いて友人の家に行かれず踊り場でしゃがんで母の帰りを泣きながら待つ日が何日も続いた。姉は、通常母の帰宅する時間の10分前に私を中に入れて、母に言いつけるともっとひどい事をするからと私を脅して、母に私が泣きつくのを防いだが、ある日母がいつもの時間よりも早く帰宅した時私が、泣きながら踊り場にいるのを見つけた。私は、母に見つかると姉が仕返しをもっとするから姉を叱らずにいてほしいと言ったが、母は勿論姉を叱った。その次の日、私は、姉の竹刀で殴られ続けた。またある時は、包丁で追いかけられたり、首を跡がつくほど絞められたり、また精神的には、『一睡でも眠ったら顔をから熱湯をかけるから寝るんじゃない。』と脅されたりして、私は精神的にそして身体的にボロボロになっり、金縛りになりながら眠る日々が続いた。14歳の時私は、生理が来たと同時にホルモンバランスが不安定にになり、苦しくて苦しくて、この苦しくて辛い世界に生まれてきた自分を人生から消してしまいたくなり、自殺を考えた。

 この世から自分が消えてしまったら、この苦しい人生から解放されると14歳の時真剣に考えた自分を回想している今でも涙が出てくる。そんな時、小さい時に、母が私にタンポポの花を見て、小さい時から音楽や絵画に才能を発揮していた姉と違い、記憶力も悪く動きも遅かった私に、『みどりには、このたんぽぽのように踏まれて次の日に起き上がって生きてい行く力があるよ。だからタンポポのように頑張って行きなさい。』と言ってくれた言葉を思い返し、姉に大切な人生を台無しにされて人生を終わらせてはいけないと考えた。それから、私は、勉強に専念した。勉強をしている姉は、私を虐めたので家に帰ると姉に虐められるので遠くの水道橋の塾を選んで通ったりした。そして18歳の時、両親を説得してカナダに留学した私の人生は、180度幸福への道を歩んだのだ。留学する前の日にも、姉は、留学中に何らかの緊急事態の為に私は、近所のカフェでバイトをして15万円貯金をした。その通帳を姉は見つけると、私のビザのついたパスポートを手にハサミを取り、通帳を渡さないと私のパスポートを切り刻むと脅して、私は泣く泣く通帳と判子を渡したのだった。当時姉は20歳だった。現実に考えてもこの行為は、虐めを超えて犯罪になる行為であるのは一目瞭然である。家族である以上仕方なく私は通帳を渡したのだった。

 今50歳になり、生きる尊さを考えて、この姉に負けずに生き抜いた自分は、立派だったと感じ考えらる自分がいる。自分の生きる生き方を考えても生きていて良かったと大きな声で言い切れる自分がいる。

 その後何度となく姉からの虐めにあってきたが、23歳の時カナダから帰国してからは、虐めでくよくよしていた自分から生まれ変わり、春日差しを気持ちよく浴びて咲いているタンポポのように生きている自分がいた。帰国後は15年外資系の会社で働きその後、この私の辛い経験から、私は人を癒す仕事をしていきたいとも考えられるようになり、それを成人してから自分で実践できアロマセラピストして活動もしてきた。

虐めで自殺をする子供立ちをのニュースを見ると心がとても痛いし、その子供たちの気持ちも本当に理解できる。ただ人生は、自分で生きるために存在して、小さいな心中にも一生懸命生きているとそこには、喜びがありそして生きる価値を感じる事ができる。消して生きるという事を諦めていけないのである。日本の文化で切腹が美しく尊い生き方として終止符を打つ事がたたられているが、人生死んでしまっては、何も始まらず。生きたくても病気で死んでいく人や事故で亡くなる人もいる。この世界で自分で事故の人生を断つ事は、言葉では表せない辛く悲しい結末である。虐められたら、全ての環境を一変するのが一番であると私は、考えた。

 昨年、11月19日午後6時半から姉と3年ぶりに再会して母の介護を協力する事を決議する話し合いに挑んだ。姉が狂気に立つ恐怖で私は、第3者を交えて話し合いをした。そして姉は、自己を固視して母が通帳とパスポートを返して欲しいというと、私が母のアパートの名義を昨年2年間母の保険料と税金、生活費を負担し続けていた末考え付いた。母の収入源を私の名義に変更する以外には無く、母も同意して手続きをしたのも関わらず、姉はこれを訂正しない限り、返さないの一点張りになり夜中まで姉は怒鳴り続けた。姉は、『もう私たちは、家族ではない。それでも良いの?』と母に言うと、母は自分の通帳とパスポートを返却しない姉に向かって『貴方は、一人でも生きてい行かれるわよ。ハリー(姉の前夫)を捨てて2回も結婚できる強い女よ。』と玄関越しで言われた姉は、図星ををつかれてそのまま何も言わずに玄関の扉を閉めて出て行った。実際にこの姉の行為も通帳の中身を見ると24万5千円マイナスになっていてたので、横領行為で犯罪である。家族だから訴えていないだが、今後このようなことが発生したら、公的な処置を真剣に考えないといけない現実である。多くの高齢者が騙されているのが現実である。私の人生は、虐めそして介護生活現代のトレンドに完全に乗っているのだ。

 この話し合いの後母が私に言った言葉を私は、忘れられない、それは、『あなたが18歳の時留学させたのは金銭的には大変だったけど、あの時みどりが留学してなかったら、貴方は死んでたね。』私は絶句して気が付いた。当時18歳の私は、姉から離れるのは日本から離れるしかないと考えたのだった。そして実際に3年前にも同様の方法を私はとったのだった。幸せな人生を生きるために日本を離れたのだった。しかし今回は、18歳の私ではなく、42年後の私であり、これ以上姉に振り回される人生を歩む事はないと考えた手段だった。人間の心理・性格は幼い頃の環境で決定する。私の幼児期は、辛くて悲しさの凝縮された日々だった。

 そして今その2つを辛さと悲しさそして決して美しくはないが、悲しみの感情の津波の連続で乗り切っている自分の50年の人生、生きている意味を今見つけている。虐められている人、家族に恵まれずに必死で介護生活をしている人それは決して楽な道では無い道です。しかし生きる意味はそれなりにあるのです。

フェイスブックはSNSで楽しそうな写真では、図り切れない辛いページがあります。でも生きる意味があるのは、人それぞれ素晴らしい価値があるのです。

 それは、人間としての権利であり義務であり生きる事を直視する責任でもある。自分の生命がこの地球上にある限り、生きていく尊さを考えて決断をして行動をする事で生きる価値を見出していくのです。諦めずに自分なりに生きていくことに価値があるのです。するとそこに、小さな幸福な人生が存在している事に喜びを感じる事でしょう。

 

 年明け早々辛い私の人生のお話ですが、改めて新年を迎える私の人生51年目を自分らしく生きる事を心に強く誓いこのブログを書き収めます。また、このブログを読んで下さった方がたのご感想お待ちしております。このお話をするには、51年の月日をかけての告白です。話すだけでも心の癒しになると寂聴さんが言っていた事を思います。私は、香りに助けられてここまで来れました。そして過去を引きずらない為にも今ここで辛い自分から解放されます。LETTING GO OF MY PAST!

 

LETTING GO BLEND 過去の自分から解放されるNEW YEAR BLEND

10ml香水

ローズオットー4

ローレル4

オレンジブロッサム2

ブッダウッド5

リンデンブロッサム9

ダバナ2

ベルガモット12

セージラバンドュフォリア1

 

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嗅覚不能の母へのアロマセラピーで認知症・運動機能回復

  • 2016.12.26 Monday
  • 05:40

12月26日曇り 気温2度 午前5時 

 母の76歳の誕生日12月24日に備えて帰国をした私は、母の認知症と運動機能の回復力にほっとしている自分がいた。

 母は、2014年1月に台所と居間の間の木組みのガラスの扉につまずき、ガラスが壊れ血まみれになって倒れていた所をたまたま母を訪れた妹が見つけて九死に一生を得たのである。叔母からの連絡を受けると私は、急いで母の家に行き母を看病した。母は、頭を強く打ち青あざを作っていた。それ以外にも、大腿にも大きな痣があった。実際母の体は、何度も転倒を繰り返していたようでそのほかにも腕や肩などに痣があった。父が2013年9月5日に亡くなったあたりから、母の認知度が急に低下していたようだった。毎日ビールとウイスキーを朝から飲み、自分の落ち込む気持ちから逃避し続け、そして家の中で転倒を繰り返して、毎日通っていたスイミングにも青あざが気になり行かなくなっていたのである。父の介護を経て、今また母の介護へと挑戦しなくてはならないのかという、正直私の心は不安と恐怖で心が締め付けるられる思いになった。

 母の回復を願って、先ずは、意識朦朧の母をみて脳こそくの疑いがあるのではと思い、マッサージテーブルを出して毎日30-40分全身をマッサージしたり、ストレッチをその日から始めた。朦朧となっている母は、それでもお酒をやめることはなかった。そこで、私は、ウイスキーのボトルに半分以上麦茶をいれて母にウイスキーのボトルを渡したり、ノンアルコールビールのビールを購入してビールだといってだましだましお酒の量を減らした。

 14日間ほど毎日背骨を中心とするマッサージと腕・手・足・脚のストレッチをアロマセラピーブレンドで行うと、母は何とか歩けるほどになったので、近くの15分ほど徒歩で行かれる脳神経外科に外来診察に歩いて行った。寒い雪が降る2月に母の手を引きながら転倒しないように行った。MRIなどの結果、母の脳が委縮している事が分かり、認知症のテストもして果物や野菜の名前が直ぐに出てこなかったりして、認知症と診断された。73歳にして認知症の診断が出された母だった。実際思えば、その2012年に母が私が青山の私のお店に1人で来た時に距離感が分からず、子供のように左右をしっかり確認しながら道を歩いていた事を思えば71歳あたりから始まっていたようだった。

 

 それから、私は母に脳の記憶力回復と高齢者の落ち込みを改善する飲用のオイルとマッサージなどを集中的に行った。と同時に、市役所に介護のヘルパーさんなどの手続きを始める手続きを始めた。当時東京に住みアロマセラピースクール・サロン・ビーガンカフェ・ヨガスタジオなどを運営した私に、埼玉県に住む母の介護は、ヘルパーの方の補助なしでは不可能であり、父の介護の経験上全てを自分で行うのは、かなりの負担である事を痛感していた。介護申請の手続きには、約1・5か月かかった。母は要介護1になった。それでも、まだ母は、お酒の依存が断ち切れずに何度も転倒を繰り返している日々が続いていた。その後、母は、トイレに行くのも忘れてしまうため、おむつをしたり、ベットに尿がベットのスプリングダメにならないようにビニールが張ってあるシートをして寝ていた。よく私は子供のころお寝尿をしていた私は、人間は年と共に子供のようになって行くようになるのを父の介護の時に痛感していた。まるで、父の介護間の時間が回帰して行くようでまたトラウマのような動機にを感じる事があり、自分にもメリッサのオイルの含有されたオイルを飲用しながら平精神保った。自分の心に今自分が、倒れたり鬱になってしまっては、母も自分の幸せが消滅してしまうと言い聞かせながら、自分にもアロマセラピーを行いながら母の介護に対応して行った。

 その後私は、ハワイでジョンとカリーナと自分の幸せな人生を過ごす事が出来たのも、私の心身の健康があったからだった。人間は、自分が幸せになるのは、自己の健康が基礎であることを忘れがちでついつい日々の生活に追われて生活している間に気が付くと多くの薬に頼り健康を害して行くのである。

 

 今年、3月12日母は、とうとう左腕の複雑骨折で入院した。毎日必ず誰かが母の家に入り確認するスケジュールをケアーマネージャーの方と作成していたおかげで、母はデイケアーのお迎えの人に朝9時に玄関先で転倒していた所を発見されて九死に一生を2度得たのであった。もともと骨が丈夫で今まで骨を折っていないのが不思議なほど転倒し続けていた母も今回は、骨折しリハビリも兼ねて術後施設に入院した。約2か月間期間母の体内からアルコールが抜けて、なんと5月に退院してもいつもよりも半分にアルコールの量が減り、ヘルパーさんとシルバーサービスの方々の協力でアルコールは購入しないという徹底した管理と母の決断力回復の末、9月にはノンアルコールのビールで気持ちが収まるようにまでなり、アルコールが抜けると同時に定期的なアロマセラピートリートメントそれも、お風呂上りにデイケアーで背骨に沿ってブレンドオイルを使用してもらったり、私が母を訪れている間内服オイルを飲用、ヘッドマッサージなどを中心に毎日のケアーをして、ゆっくりではあるが、記憶力が回復してきた。それは、6歳児から小学生6年生ほどの知能能力の回復で怒りっぽかった認知症の症状も収まり、思慮深くなってきた。デイサービスで教えてくれる絵画教室(ザクロの絵母75歳の水彩画)の楽しみが増えたり、右と左の稼働能力を確認したところ右足首や足先が動かしにくいことを確認したので右足先足首を中心にマッサージストレッチをした後、歩く速さも早まり、かつ距離感覚も回復してきたのだ。脳細胞が一度破壊されても、規則正しい生活とアロマセラピー経口経皮投与で改善する素晴らしい症例が、私の母である。実際には、やはり家族の支えが一番の薬なのかもしれないが、諦めずに根気強くお薬に頼らずに生きて行くのが人間の自然治癒力を高めて行き人それぞれのできる範囲での幸せな人生の生き方なのであると母を見ながら痛感します。父の時のように手遅れにならず、早めの手当てができて本当によかったという思いで一杯だった。今年、母76歳元気に回復の兆しを著しく見出したのだ。父は、気が付いた時には手遅れで、介護の界もなく残念ながら76歳で亡くなってしまいました。でも母は76歳からまだまだ元気に独立して今一人暮らしをすると自分の未来に希望をもち、来年は私と一緒にハワイに行くのを楽しみにして今年の年越しをして行く母の背中を見ながら、私は、今小さな親子の愛の幸せを感じている。

 

【背骨を中心に行うマッサージオイル】60ml

キャリアオイル:ボラージ10mlセントジョーンズワート10mlヘーズルナッツ33ml

ブラックスプルース 1.25ml

ローズマリーシネオール0.8ml

セージラバンドュフォリア0.7ml

フラゴニア0.5ml

クンジアアンビグア1ml

ユーカリグロブス0.25ml

ベルガモット1.25ml

フランキンセンス0.8ml

ベチバ0.45ml

【使用方法】背骨にそって首から腰に向かって1−2mlを刷り込んで優しくマッサージする。手や足にやさしく塗布してマッサージしながらストレッチする。

 

【ヘッドマッサージ用オイル】10mlホホバオイル

ローズマリーバーべノン 9滴

ペパーミン4滴

セージファバンドュフォリア6滴

ケジャップ8滴

ベルガモット11滴

フランキンセンス6滴

 

【不安などトラウマから解消される経口投与ブレンド1m】

メリッサオフィシャナリス 3滴

ベルガモット4

フラゴニア4

クンジア2

ローマンカモマイル1

ネロり3

キャリアオイル:ブラッククミン

 

*全てのブレンドは、パーソナルブレンド(個人用にブレンドされたブレンド)ここにブレンドの滴数などは変わりますのでご参考にされてください。ご希望の方は、コンサルティング後パーソナルブレンドの作成のご予約を受け付けております。

 

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携帯090−6526−6334

 

 

 

 

 

 

  

 

 

アロマセラピートリートメントで抜毛症・抜毛癖(トリコチロマニー)を緩和していく方法

  • 2016.10.12 Wednesday
  • 05:13

10月11日 火曜日 気温25度 曇り時々晴れ

 

カイルアの10月は、雨が朝晩降り続き涼しく感じる日々が続くので秋を感じる事ができるハワイのオアフ島です。

ジョンの11歳の娘カリーナも秋休みを今週1週間過ごしています。

日本から帰ってきて、カリーナを久しぶりにマッサージすると改善されていたトリコチマロニー(ダツモウ癖)がまた復活していた。

残念な事にこの癖は、ストレスが高くなると無意識のうちに髪の毛を引っ張り頭の1−2か所を剥げてくるほど髪の毛を抜いてしまう。

彼女も丁度、両親の離婚問題が勃発した4歳の時から始まった。

この症状は、多くの子供たちがストレスから解消される為に髪の毛を抜きその小さな刺激的痛みでストレスを解消しているのだ。

子供のうちに、この症状を改善していかないと大人になっても髪の毛を抜いてしまうのである。

男の子だどあまり気にならないが、女の子だとやはり髪の毛が剥げていると人目を気にする年ごろから、今度は、人間恐怖症になったり社交性への問題が生じたりして、社会的生活が円滑に過ごせなくなる障害が人生の中で発症してくる。

 カリーナも髪の毛を抜いている部分を大判のヘアーバンドで隠しながらクラスメイトに見つからないように生活をしているが、プールやビーチには、友人と一緒に行くのを避け続けて、今日も学童でビーチに行く日だったのだがお休みをした。

私が、彼女のマッサージをするようになり初めに彼女の脱毛症を発見してからジョンとジョンのお母様のマーサーにお願いして日本でいう心療内科のカウンセリングを受ける事を提案し、7回ほどカリーナはカウンセリングを受け、私が週に2−3回30−60分ほどのマッサージ(ヘッド&フェイスを中心)にして、彼女の丁度髪の毛の中心の箇所の剥げている個所から4cmほど髪の毛が生えてきてはげの箇所が気にならなくなり、ヘアーバンドから頭の天辺にお団子を作るヘアースタイルに変わってきて、ほっとしていた矢先のことだった。

私が1か月ほどハワイを留守にしている間に、また今度は、耳の上を髪の生え際と、シニョンを作っている頭上の2か所にの髪の毛を半径3Cほどのかなり目立つはげた個所が発生してしまった。

 ヘアーバンドなどでまだ隠れるうちに抜毛癖を改善するために、またアロマセラピートリートメントでほぼ毎晩頭皮(ヘッド)とフェイスマッサージを開始した。朝も嫌がられながらも2−3分丁寧にオイルを塗布してからブラッシングをするように心がけた。

 抜毛癖・またはトリコチマロニーになりやすい子供は、自己のこだわりや食事や活動の好き嫌いの主張が激しく、好きな事は集中して何時間でも継続して行うことができる子供がなる傾向が高い。

 脳の活動でいうと、ドーパミンが過多の傾向が高く、リラックスするのが苦手で多くの事を敏感に感じとる繊細な部分からアレルギー体質も子供にも多い。カリーナも喘息と軽いアトピーが皮膚にあるのである。この脳ホルモンバランスを整えるためにもリラックスする練習を全身の優しいマッサージとヘッドとフェイスのマッサージをオイルで週に2−3回することが大切である。

柔軟な脳の活動の子供の内にこのホルモンバランスの訓練をカウンセリングとともにことにより、大人になって子供の時のトラウマを引きずらずに健やかに成長することが目標です。 実際に、自己を見つめても子供の内に心の傷が癒されて居たら今頃自分が本当に 自分らしく生きられたと考えても時間は後には戻らないので今自分で周りに居る子供たちが心の傷を背負わずに生きていかれ様に活動していきたいと日々心に願いアロマセラピーの活動をしていくのが私の今一つの思いです。是非同じような問題をお持ちの子供さんがいましたらお力になれればうれしいです。

 

 

 

(リラックスヘッドマッサージ)30みり

キャリアオイル: ヘーズルナッツ・ホホバ・カレンドュラCO2ワックス・ボラージ

エッセンシャルオイル:合計3ml=90滴

ラベンダーアンガスティフォリア  21 滴

ローマンカモマイル 12

ペティグレンワイルドフォーレスト12

パルマローザ 20

シダーウッド10

タンジェリン 15

 

ボディーオイル30ml

キャリアオイル: ヘーズルナッツ・ホホバ・ボラージ

エッセンシャルオイル:

ニアウリ 9 滴

ラベンダーアンガスティフォリア15

ローマンカモマイル8

サンダルウッド6

フラゴニア 10

メリッサオフィシャナリス 4

 

ダツモウ症・癖悩まれて居る方がいらっしゃいましたらご相談下さい。

メール:info@argutha.com

 

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ボタニカ2016 セレブレイティング ハーブ&クリニカルアロマセラピー 英国ブライトンスーシックス大学にて

  • 2016.09.06 Tuesday
  • 02:07

9月2日から5日 2016年 英国ブライトンにて

 

 ブライトンはロンドンから2時間ほどバスで行く、海辺の町でイギリスでも比較的暖かい場所だと下調べしていった私は、ハワイと同じ乗りで長袖は万が一のために1枚それと薄手の大判スカーフを2枚持っていて後はTシャツのような軽装で行てしまった。ブライトンの町に着くとどんよりと曇っていて、如何にもイギリスという天候で気温は14度。

 バスを降りた私は、横目にダウンやとランチコートの人達の中で夏の白いTシャツの姿だった。「あーやっぱりイギリスは、寒かったんだ!」と10年ぶりのイギリスというよりヨーロッパのどんよりした空を見ながら、自分の情けなさに胸がいっぱいになった。

  スーシックス大学はブライトンから10分ほど離れた場所に位置している。敷地内には、小さな村のように煉瓦建てビルが立ち並び、スーパーやカフェなどがあり、そこら中にハーブガーデンがあり流石イギリスのトップ20の大学施設はホテル並みに整っていた。

まずは、スーパーに行き寒さしのぎに黒タイツを購入し、10年ぶりのヨーロッパで電気のソケットがミツマタだったのをすっかり忘れて自宅には、嘗て使っていたソケットを思い出しながらスーパーに売ってないか探したが、流石に販売してなかった。明日までにどうにかして探さないと、大変なことになると焦りながら、電池を大切に使って、開会式とレジストレーションの会場に向かった。アメリカのコンフェランスでアレキサンドリア式ペインマネージメントのアロマセラピーを嘗て私は習った、看護婦である先生リアナルイスがオーガナイザーで優しい笑顔でスタッフと参加者の人々を迎えてくれた。

 会場に入ると、なんと47か国(ほぼ全世界から)400人の人々が参加している私の記憶の中でももっとも大きなアロマセラピーコンフェランスである事をリアンの説明で確認し、アメリカでは、日本人は私以外にほぼ0人の日本人の参加者なのに英国は、15人ほど日本人の方々が参加していて、なんだかうれしくなった。

 格安航空券でバンコック経由の航空券で21時間半の飛行時間を経て到着した私は、心地よいクッションの大学の講義室の椅子に座り、パワーポイントの画像を出すために電気が消えたとたんに、頭の後ろを誰かがノックアウトしたように睡魔に襲われ、船をこぎながら講義を聴いている自分がいた。メンタルパワーブレンドを米神や首の後ろに塗りながら何とか、睡魔に打ち勝ち1日目が終わり、カクテルパーティーには、参加せずに、そのままバッタンキューでベットにシャワーを浴びた後気を失うように寝ていた。目が覚めると明け方3時だった。2度寝ができずに、2日目のセミナーの内容などの予習をしながら時間をつぶし、5時くらいにまた眠くなり気が付くと7時だった。カフェに朝食を取りに行くと、4人ほど日本人らしき人たちが楽しそうにお話をしていたので、私は、挨拶をして席に着くと頭の中はソケット誰か2つもってないかという事で渦巻いていた。

 話が途切れた時に、何気にきてみると流石日本人2つ持ってきている千葉でアロマセラピーを教えている優しい笑顔の田村さんの後ろに後光がさしていた。準備万端の日本人の片隅にも居られない自分を反省しながら、貸していただき感謝感激。すると彼女は、「差し上げます。」と神様のように天からお声のように私に言ってくれたのだった。私は、何て優しいのだと感激し、お礼に私の大切な子供オーシャンオブプルメリアを次の日差し上げた。これで、なんだか日本人の仲間入りができたように肩の荷が下りた自分が居た。

 会議は、初心者の方でもわかりやすい内容からかなり高度な統計学やリサーチ結果を発表した。どんな人でも楽しめる会議であった。

その中のいくつか感動したスピーチについて説明していきます。

まず一番初めにギリシャのクレタ島で野生の植物を蒸留している女性ジーナ ソレンソンさんは、シンブルに野生植物達の写真と栽培されて大量生産されている植物達の写真を比較して、野生の植物達の肥料など使用されずに土地の環境に順応して生息している植物達を手摘みで手稲にコミニケーションをしながら収穫しているエッセンシャルオイルとトラクターで一気に収穫しているエネルギーの違いと生存力・免疫力の違いを情熱的に語ってくれた。クリニカルアロマセラピーにおいて、栽培されてトラクターで収穫された職部たちは使用できないのです。私も厳選した蒸留者の方々からのみエッセンシャルオイルを購入しているので、そのとうりと感動し、イギリスの後南仏でマダカスカルの野生の植物達を蒸留しているアニーからエッセンシャルオイル達を買い付けに行く事にした私は、ジーナのオイルも是非私のプラクティスに使用していきたいと心に決めた。 彼女のブースに行き、サイプレスのボトルを取り香りを聴くと悪で目の前にサイプレス(糸杉) の木がドーンとあるかのように新鮮で力強い香りがし、全身の血流が活性されるように体が暖かく感じた。ジーナのサイプレスは、センタリングばかりではなく、自己嫌悪や自分が情けなく無く感じる心、心配性、心がバラバラになった気持ちを1つにしてくれる。電気のソケットを忘れた今の私の心に一番必要なボトルをはじめに手に取った自分に驚いていた。

 ローズマリーもクレタ島の太陽のエネルギーが凝縮された様にシネオールとバーベノンの暖かく逞しい香りが肺の中を駆け巡った。

月桂樹のエッセンシャルオイルローレルは、フランス産のスー鎮静するエネルギーよりシネオールがややたかいやはり暑い太陽のエネルギーを感じる力強いエネルギーがぎゅとつまり、体内をすっきりと浄化してくれるエネルギーを感じた。そして思考への聡明感・マイドを高めて集中力を高める香りがする。

どのボトルの蓋をあけて消して裏切らない確かな野生の生命力を感じた。私は、全11種類(ウインターサボリ・マスティック・キャロットシード・グリークセージ・スパニッシュタイム・チェストベリー・ラベンダーストエカス)を購入し、私のクライアントにこの素晴らしい力強い生命力のあるエッセンシャルオイルを使用していく事に心が踊っていた。ジーナにハワイに是非オイル達を送ってください。とお願いすると、勿論と太陽のような力強いエネルギーで笑顔で気軽に答えてくれた。そして是非、今度蒸留する所を見学させて下さい。と尋ねるとこれも即答でYESと笑顔で答えてくれた。

 ルークムラー医師の公演は、未熟児の発育発展の為にアロマセラピーを使用する研究結果であった。一般的にはアロマセラピーは幼児には使用しないのが原則?なはずなのですが、ここではなんと未熟児の幼児達に使用した。使用されたオイルは、バニラであった。バニラを綿棒にしたらせて鼻の下で直接吸引させると、幼児乳児は、もごもごと口を動かし小さな口角が上がり嬉しそうに笑うのである。この香りを使用する事により、未熟児達の脳はリラックスし血管にリラックスした柔らかい筋肉になる。柔軟な筋肉は酸素が沢山流れて行く。すると肺へも酸素が沢山流れ肺の機能が発達し、同様に心臓にも沢山の酸素が循環して心臓機能が発達するのである。このように1日3−4回バニラの香りを無菌室で使用して未熟児達の発育を促進して行くという結果が出ている。かなりアロマセラピーの原則を崩すまたは、固定観念を開放してく素晴らしい結果発表でした。

 近年になり多くのエッセンシャルオイルの化学成分1つのに注目した禁忌の原則が解放されて、よりダイナミックな使用方法が考えだされ、実験報告がこのような会議で発表されてきている。

 次にアロマセラピー原則の動物には、エッセンシャルオイルは使用できないという原則である。UKのキャロラインイングハム先生は、「動物達は、本能が強いので必要なオイルの選択と容量を知っている。それほど彼らの生存能力は高いのである。」これは、アニマルキングダムの原則である。人間のみがエゴを所持する動物であるが為に生存の為の判断力と本能が失われてしまっているのである。」確かにこの論理は理にかなっている。沢山の経験のお話中で12歳の老犬が消化器系の働きが悪くなりご飯を食べなくなり慢性の下痢なっていた。品種はテリアである。腸にレモンの原液のオイルを2−3滴つけてマッサージすると、テリアは片足を挙げたままおろさずもっとずーとマッサージしてほしいと伝えるように喜んでレモンオイルを受け入れていた。テリアは、必要な間だけ片足を挙げてマッサージをしてもらい、必要で無くなったら足を下げた。この一度のセッションでテリアの慢性の下痢は止まりそして食欲もでてきた。というのは、腸が菌に感染していたのでレモンで殺菌されて下痢が収まったのだ。何とわかりやすい診断結果なのかという「ガッテン100%」の動物達の生存能力だ。これらの発表は、実は10年前にもアメリカのコンフェランスで発表されているのでより多くの文献や実験結果が出ているのが、現実なのだ。残念ながら、初めに動物達のアロマセラピーの本だけを読んでいる人々の固定観念が一般的になってしまっている。

 植物達そして動物達は常に進化してそして退化し続けている。それは、地球のエコロジーシステムが常に流動しているからだ。その変化を無視して生存して行く事は自然を無視して生きて行く事になる。つまりそこで、私たちの健康は疎外・破壊されて病気を発生して行くのだ。植物療法は、特に常に変化して行くので常にアップデイトが必要でアップデイトしていかないと、効果効能が発揮できない療法になってしまうのである。

 エコロジーを理解することが、健康なる秘訣である。自然のを大切にする事は、自分を大切にすることである。自分が健康である事は、周りの人たちも健康である。先ずは、自分です。飛行機で緊急事態の時に酸素マスクをつける順番と一緒です。先ずは、自分にマスクをつけてから子供につけてあげるのです。この原理に反してしまうと、病気が体内を犯して生命力が減速または欠如して行くのです。

 是非皆さん自己管理・健康を第一にしてライフスタイルをリセットしてください。

ガブリエルモージェ先生のワークショップの中で、病気にならないようにする一番大切な鍵は、新陳代謝であり、体内のシステムの排泄機能が正常に働いてないと、皮膚・呼吸器系(肺)・内蔵に毒が停滞して自己免疫能力が停滞し、退室により体の一番弱い部分から毒が回って行き、症状から病気となっていく原理を説明してくれた。

 新陳代謝の定期的な浄化が必要である。市販されている商品には、天然成分プラスアルファーの化学薬品が95%なのである。これらの薬品は私たちの体内に沈殿して毒となっているだ。近年のテクノロジーの発展によりこの毒の微粒子はとても細かい、一度体内に入ると適切な方法で解毒(浄化)を定期的にしていかないと健康を破壊してしまうのである。この方法も基本の方法があっても実際少しずつ発展してきている。11月15日から日本に帰国しますが、この時にこの浄化と解毒のセミナーをします。是非興味がある人は、ご参加下さい。 詳細は、ホームページのNEWSでご案内します。

 それでは、これから南仏に行ってマダガスカルの野生植物のエッセンシャルオイルの買い付けに行ってきます!(なぜ南仏でマダガスカルのエッセンシャルオイルとお考えの方は、フランスの植民地だったので多くのフランス人が住んでいるのです。そしてドクターぺノエル医師のセミナー受講(2007年)後、この蒸留者の人をセミナー中ご紹介いただき使用してきているのです。)

 

A BIENTOT !!

 

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