現代人にパンデミックが教えてくれた事

  • 2020.04.18 Saturday
  • 05:53

 4月17日 金曜日 気温25度 晴れ時々曇り

 

日本から帰国して24日間目の金曜日は、日課の様に2月からしている、こまめなキッチンとリビング玄関、窓、電気のスイッチなどの掃除を朝一からして始まった。パンデミックで家がピカピカに綺麗になている。

 

これは、地球も同様だ人間が動かないと公害が低減されて空がきれいだ。

ハワイの海も観光客の日焼け止めから海の汚染がなくなり、海の色が一段と綺麗になっている。

 

ブログをリビングのコア(ハワイ原産のアカシアの木)のテーブルからブログを書きながら

壮大なる美しさのオロマノ山脈を眺めながら世界中がロックダウンがしている中この美しい地球に感謝をした。

 

ロックダウンをしてるタイミングで一番辛いのは、誰だろう?

医療現場に近い人、ファーストラインで働いている人達、郵便局や宅急便の配達人の人達、 

日本では、中小企業で働いている人達は、ロックダウンでも通勤している人達、

ただ恐ら全世界の人類がパンデミックに何らかの影響を受けながら生存している事は確かだ。

 

ピンクトランペットフラワーの木

それぞれに、自分で選択して生きてきたつもりの職業や人生が今パンデミックではっきりと線を引かれて

 

自分達の選択してきた結果の人生の状況に直視ている。

 

ここで、気づき方向転換する人達もいるだろう。

 

そして自分の人生が自分の幸せにつながっているかを大人達は直視し、子供達はその選択に左右されて生きている。

基礎体力の弱い人や持病がある人達が重症者になるという悲しいパンデミック。

弱い物から被害者になって行く。

また、感染源が今では不確かな感染者が急増しているなか、芸能界のたけしがコメントしていたが

ロシアンルーレットに当たる確率で感染してしまう。

ロシアンルーレットも引き金を引かなければ、弾は発射されない。

 

COVID-19は、日本でいわれている3つの密がこの引き金であり、不潔にしている隙間が引き金でもある。

今は、感染経路が定かではなく、無症状者でも感染源になると確信されている中、何時何処で感染するかは、気が気ではない。

 

そして、その自分のおかれた状況の中で最大限の努力で心身の健康を必要となるパンデミックだ。

戦争を知らない世代には、一番辛い経験であるとも言える。

 

それぞれの国独自の方針にのっとって目に見えない敵と戦っている。

 

日本の母と3月24日夕方分かれて母から握手の手を出されて、ウィールスが移ってしまうかもしれないけど

母と握手をして玄関の扉を閉めた。

 

何時もは、ありがたい事が、心に不安ともしかしたら感染してしまうかもと言う恐怖がよぎる。

 

そして母との毎日の電話の会話で母の無事を確認出来る事に感謝している。

 

病院に行くと感染する可能性が高いので、アロマセラピーで応急処置と感染防止をする事が出来る事に感謝する。

 

カリーナは、感染が怖くてロックダウン以降家を出ていない。

マーサとエドが先週イースターで我が家の敷地内のレモンユーカリの散歩道を皆で歩いた時以来だ。

その時私は、カリーナと冗談で指の突っつきっこゲームをしていたら、小さかったカリーナは、

今は私とほぼ同じ慎重で体重は、25キロ程多いいの出肩を両手で引っ張られた瞬間、バランスを崩してこけた時に

カリーナの左ひざが私の右のわき腹に当たり、レスリングを一時習っていた技が効いた様に私は、道端に倒れてしまった。

その後、右のあばらを骨折したかな?と思うくらい痛みが走ったが、昨年のニューヨークでのフライトで貧血で倒れてっ左の

肋骨を折った時の様な突き刺さる様な痛みではなかぅたで、打ち身鎮痛用の軟膏を作って1日4-5回塗布すると息が楽にできる様

になり、4日もすると重たいものも持てるほどに回復した。

 

カリーナの毎日は平日は、ホームスクールをして、友達とオンラインとゲームを4-5時間して可なりストレスを

解放しているようだった。ただ、ストレスで、首と太ももの内側に5年ぶりにアトピーが少し出てきてしまった。

私が作った、アロマセラピーのアトピー用のブレンドを久しぶりに作り塗布してあげて少しずつ改善されているが、ストレスが低減しない為、良くなっては、また発症するというのを今繰り返している。子供なのでストレスが強い中、食事を改善するのは、不可能に近い。唯一ビタミンC補給になる果物を何時も倍に食べてもらうのが、何とか頼める位だ。

 

唯一ファミリーで毎日N95のマスクをして出勤しているジョンは、ホノルル市内の高層ビル24階の快適だったダイアモンドヘッドを見渡せるはずのオフィスからの景色が

窓が開けられない罰ゲームの様に恐怖の中で働いている。

毎日アンチウィールスのブレンドを飲用して、免疫力強化ブレンドをシャワーを浴びた後に使用して、帰宅後アンチウィールスのディフューザーブレンドをディフューズして4-5回鼻から深呼吸して吸引して感染防止をしている。

 

COVID-19は、重症者、死者が男性が情勢の倍以上になっている中、ジョンが感染しない様に気を使わなければならない。

恐らく、これは女性ホルモンが免疫力を高めているのと、やはり男性の方が基礎疾患者が多いい可能性がある。

個人的に考えると、男性の手洗いが余り丁寧でない可能性もある。

 

インフルエンザでもそうだが、エッセンシャルオイルの使用は、感染後24時間以内に対応すると症状が酷くならずに

のどの痛み程度で収まる。ウィールスがホストを探して感染を進行させる前に殺ウィールス効果で進行を制御するからだ。

 

本土のアメリカでは、手洗いをして完全隔離生活をしている人達が次々に感染している。

この場合感染源は、ボランティアの食事の宅配便の配達者だ。

今普通に感染防止のガイドラインでは、感染防止を確実にするのは困難な状況である。

皆がそれぞれ、ガイドライン以外にプラスアルファーで感染防止対策をしている。

フランスのフィトセラピーの研究組織で、やっとエッセンシャルオイルのCOVID-19の殺ウィールス効果の検証が

発表され始めている。

サーズやマーズの時も時間と共にエッセンシャルオイルの殺COVID-19のウィールス効果の実験がされて検証が出てきたので

待っていましたと文献を速読して、私が使用しているオイル達が入っていたので、間違っていなかった!

とホッとした。

 

COVID−19は、アルコールや界面活性剤などで消毒可能なのでエッセンシャルオイルの効果が無いはずはない事は

確実だと推定して作ったブレンドだった。

恐らく、エッセンシャルオイルの効果効能を理解している世界中の人達は、これらのブレンドを直ぐ自作して防御している

私の友人もニューヨークのホットスポットクイーンズに住んでいるので直ぐにブレンドを郵送した。

彼女は、フライトアテンダントでもあるので第一線で働かざる得ない状況の中感染していない。

 

私も、週に1回の買い出しの日帰ってくると、喉が痛くなったりしていたので、アンチウィールスのディフューザーを

10回位鼻から直接吸引していた。先週からハワイでも皆がマスクをしだした成果、今週の買い出しでは喉は痛くならなかったが、

予防のためアンチウィールスの吸引をした。

 

ハワイは、今でも毎日本土から14日間の検疫隔離生活があっても100-150人到着していて

延べ2000人以上が本土から観光客として来ている。

恐らく本土の感染率から比べ物にならないハワイに避難してきているが、病院も少ないローカルの人達は、

恐怖の中暑いのに、マスクをしてスーパーなどに先週あたりから出てきている。

また、ニュースで隔離生活にあるはずの人達がホテルや別荘から出ているのを警察が逮捕して、罰金5000ドルと強制送還されたりしている。

 

現在ハワイでは553人の感染者がいて、その内オアフ島の感染者は380人で死者は9人である。

アメリカの本土からは比較できない程少ない。

ハワイに避難する人の気持ちもわからくないが、病院が少ないハワイ州の住民は可なり不安と恐怖の中で生活をしている

そして、ほぼ80%の観光業を休業して人命を救う事に専念している。

 

マーサは、戦争を経験している為か、屈強に強いのか、高齢なのに普通に銀行に行ったり散歩を率先してしている。

その為か、3日前に目が充血してしまった。流石に今病院には行かれないので、ベビーシャンプーで洗ってドクターに電話したらウィールス感染の可能性があるから、2-3日長引くようなら病院に来てくださいと言われたそうだ。

それを聞いたジョンが、慌てて私の作っているアロマティックハイドロゾルを持っていき洗浄してもらった。

次の日『 みどりのミラクル療法で充血は治った。』とショートメールが送られてきた。

 

私も、マーサが目の充血と来た時、かなり心配したが直ぐに改善されて、胸をなでおろした。

 

パンデミックは、何時終息するかが全世界の人達が考えている事だ。

 

色々な文献を読んでいると、6月に一旦終息しまた9月末辺りにインフルエンザ同様流行りだすと言われている。(1918年のスペイン風邪の例と同様だと考えられている。)

そして予防接種が開発される来年の夏まで続く可能性があると言われている。

 

ココナッツの葉で作ったイースターバスケット気品高いホヤ花付き

恐らく6月終息した時に我慢していた人たちが動き出して、一旦経済がバブル化してまた秋から冬に抗体のない人達から、都市部や観光地から

エピデミックになり来年の6月まで続く可能性が高い。

予防接種が最短で今年9月末に始まり世界中の人達が予防接種をして今年の冬は、エピデミックは、インフルエンザ並みの流行になる。

今は、やはり1年位が我慢のしどころだ。

 

それまでは、一人一人の行動が人命を救う事になる。

 

例えば、仕事とはいえ、俳優の石田純一は、緊急事態中に飛行機に乗り東京から沖縄に行ってゴルフまでして発症している。

勿論その前から感染源になっているのだ。

緊急事態宣言の力が小さい日本でありがちなケースだ。

感染したのは石田純一さんの性でもない。が緊急事態だから電話やオンラインで事を済ませる事はやはり

しないと多くの人が感染して行く良い例であり、この失敗から日本の人達が少しでも感染を抑えられる

行動を選択してほしいと高齢者の母が日本で頑張っているので切実に願う。

 

今、世界中の人が家に居るだけで人命を救う事が可能なだ。

私のブログを読んでいる人達も切実に願っているはずなのだ。

 

私は、願いはかなうと信じている。

 

そこで、深い地球の香りがするルートチャクラ的な力強い PRAYER という香水を作成して瞑想をした。

 

オロマノ山脈の偉大なる数千年のエネルギーを感じながら、PRAYERの香水を聞きながら

静かに目を閉じて呼吸を地球と一体にして、パンデミックの一日でも早く終息するように願いながら瞑想をする。

 

PRAYING FOR THE WORLD PEACE

 

LOVE&PEACE,

MIDORI 

 

 

 

 

 

 

 

ロックダウンのハワイに無事戻った私は今!

  • 2020.03.30 Monday
  • 06:17

3月29日日曜日 気温24度曇り

 

N95マスクをつけて羽田空港にて

 3月15日にホノルル空港から羽田空港に95%満席のハワイアン航空のフライトで母と日本に戻った私は、

母の自宅と羽田空港以外は、外出をするのは近所のスーパーや郵便局、草加市の派出所、銀行以外は出なかった。

日本滞在期間は、8日間という短さだった。

その間、母の介護マネージャー以外とは、密接、話はしていない。勿論、私と母は、N95のレスパトリー付きのマスクを

して、アンチウィールスのディフューザーブレンドを部屋に炊いて30分程の今後の母のサービスの打ち合わせだった。

母は、段々現状を理解して来て、少しづつ協力的になってきたが、N95のマスクは、はめるゴムが煩わしいので、

通常の花粉症対策レベルのマスクで2回ほど近所の散歩を30分から1時間程した程度で、ソーシャルディタンスもほぼ

完璧に保ちながら散歩をした。

ソーシャルディスタンスで散歩

この時期、日本は、新コロナウィールス事態に2月の終わりより可なり、注意が鈍くなってきているようだった。

天気も暖かくなり、桜の蕾もほころび、自宅で子供を閉じ込めておくのはもったいない状態だったからだろう。

旧日光街道の松林には、子供連れや高齢者が皆散歩をしていて、マスクも売れ切れ状態の事情の中

マスクをしないで散歩や桜の木の下で子供たちを連れてピクニック気分でランチをしているママ友達もいた。

私は、なんだか普通で少しほっとしながら、心の奥で海外の爆発的な感染状態をニュースで見ていると

凄く不安にもなってきた。私は、マスクの変えおきが20枚日本にあり、それ以外にオンラインで50枚購入していた。

日本滞在中に10枚程母と一緒に使用したので残るは、60枚、この60枚を母がデイサービスで使い切る60日間以内に

パンデミックが収まる事、または治まらない場合は、市販でマスクが購入出来る事を祈りながら母の自宅を

急遽、ハワイがロックダウン秒読みの3月24日に戻る事を決意した。

実際、26日からのハワイのロックダウンが決まったのが3月22日だったので、ハワイアン航空の予約課が週末お休みで、

ジョンがアメリカの予約課に電話したら4時間ホールドされて切られてしまい、途方に迷った私は、

以前勤めていたユナイテッド航空の先輩にラインで連絡をすると、直ぐに連絡が入り、涙ながらに先輩は、羽田空港のハワイアンの

カウンターまで行って問い合わせてくれたが、なんと私の予約はJLと共同運航便の為変更ができないと言われてしまった。

先輩は、ユナイテッド航空の最終便ハワイ行3月24日にスタンバイ最終的にするしかないかもと提案してくれた。

ユナイテッド航空は、3月25日以降の欧米行フライトを全て欠航としていた。

ハワイアンがどのようなスケジュールになるかは、サイトには何も書かれていなかったのでより不安が募った。

そして、私は、先輩の、心温まるありがたい言葉に感動しながら、不安な気持ちで週末をこし、月曜日の朝予約課があく

9時15分ぴったりに予約課に電話をすると、13分ホールドされて10分で予約の変更を無料で、待ち時間入れて23分で全ての変更手続きが完了した。

 

新しいフライトは、HA435便3月24日火曜日の夜9時20分発の到着朝9時50分の

フライトに変更ができた。流石日本人あっという間に手続きが完了。

しかし9時15分ぴったりに電話しても13分ホールドされるとは、何百人の人が、秒読み状態で一声に電話をかけたのか?驚嘆した。

実は、アメリカのハワイアンの予約課で前回予約を変更した時に4時間かかって差額と変更ができたのだった。

やっぱり、日本の素晴らしい所は、迅速にそして効率的に手続きが完了できる。

 

これは、海外に住んでいないとわからない、日本の素晴らしい所だ。

日本は、特別な国であると誇示して良いと思うのは、揺るがない真実である。

 

先輩には、お礼に先輩の高齢のお母様と一緒に使える。

免疫力強化用マッサージローションとアンチウィールスのディフューザーブレンドを2-3か月分用意して月曜日に郵送した。

 

母に私の出発は29日日曜日から24日火曜日に早まった事を伝えると、

母は、『良かったね。帰れて! ジョンとカリーナ、マーサとエドによろしくね。』と笑って言ってくれた。

 

私は、『わかった。伝えとくね。お母さんも、頑張ってね。』と母に言った。

 

火曜日の夕方、草加駅東口で羽田空港行のバスを待っていると、

其処には、2人の30代初めの女性友達と3人の60代後半の女性1人と男性2人が国内旅行の為バス停で待っていた。

なんと全員マスクなしで現れたが、私が、凄いマスクをして待っているのを見て、

若い女性2人は、ポケットから新しいマスクを取り出してマスクをした。

高齢者の3人組は、女性が黄ばんだ使い古しのマスクをポケットから取り出してマスクをしたが男性たちは持ってなかったのか

マスクはせずにそのまま待っていた。マスクが無いから仕方なくしないのかもしれないと私は、推定していると。

高齢の3人組は、感染したら死ねば良いから、と軽々しく3人で話していた。

そして、余りにも遅れるているので、京急バスに電話をすると、なんとバスは、予定より交通渋滞の為、30分または、それ以上遅れていると言われたので、草加駅から羽田空港までの交通状況を聞くと、高速道路は通常とうりだから7時過ぎには羽田空港に着くと推定してくれた。

可なり早く出たのに、これでは、ぎりぎりかもしれないと焦る気持ちを私は、深く深呼吸をし心を落ち着けてて待っている間。

皆が皆、こんな寒い中外で待たされてしまったら、コロナじゃなくても風邪をひいてしまうと言って。

交代で近くのスーパーの中でバスを待っていた。

本当に、日本人の協力的な思いやりは素晴らしいと感動して横目で見ていた。

私は、一人大きなスーツケースが2つもあり

スーパーまでは、バス停から50メートルはあるので、薄着の私を見て寒がっているのを見ると、若い女性が気遣ってくれて、

『荷物見てますから、少し頭って来てください。バス来たら呼びに行きます。』と言ってくれた。

私は、ハワイに行くし15分位外で待っても大丈夫かとパーカーとウールのタートルネック洋装でジャケットを敢えて着てなかった事に反省しながら薄着で体の芯から寒さが出てきたので、言葉に

甘えて寒空の中40分待った末、女性の言葉に甘えてスーパーの中に入った。

すると10分程して、バスがやっと来た。バスは、なんと予定より50分遅れて5時55分に来た。

平日の火曜日それも24日だから大丈夫だと推定したのが間違いで、ラッシュアワーの夕方5時代だからか

日本でも電車を避けて自家用車移動が広まっているのか、凄い交通渋滞だった。

携帯で渋滞状況を調べていると、都内が銀座付近が渋滞している。

羽田到着時間は推定8時となっている。

ハワイアンのフライトの搭乗時間が8時20分だから可なりぎりぎりだった。

ジョンにメールして間に合わなかったら、ハワイアンの次の便に変更してもらう事にすると連絡した。

バスの運転手さん流石に慣れていて、羽田空港の国際線ターミナル3に着いたのは、なんと午後7時13分

私は、余裕で間に合うとホッとしながらバスの運転手さんに、『ありがとうございました。』と言って下車すると

冷たい風が肌を刺すようだった。

カートをアルコールベースのウェットティッシュで吹いてから大きなスーツケース2つと手荷物用のスーツケースの荷物を積んだ。

国際線羽田空港のターミナルは、人が2-3人歩いているだけだった。

出発階へのエレベーターも私だけだったが、押しボタンをウェットティッシュで吹いてから出発階のボタン押して上がった。

出発階には、1階よりも7-8人の人がいて、皆マスクをしていた。

そして、勿論N95のマスクをしている人もまばらにみられた。

可なり、準備して国際線に乗る人達がそこにいた。

ハワイアン空港のカウンターの人は、全員マスクをして対応してくれた。

COVID−19の為、勿論プリチェックインはできず、カウンターでは、過去2週間以内に欧州、イラン、韓国、中国などへの渡航歴があるか聞かれた。

厳重なチェックインのシステムにほっとした。

席を指定してあったが、カウンターで、ソーシャルディタンスを保てる窓側をリクエストすると、

36Jの席で前後横誰も座っていない席をもらって、ホッとして、ゲートに向かう。

セキュリティーチェックもほぼ人はいない状態だった。

常にソーシャルディタンスを守れる状態でゲートまで行くと、途中にお土産屋さんとドラッグストアーの免税店を見つけた。

そこに、なんとマスクとアルコールベースのウェットティッシュが販売されていた。

マスクを母に送ろうかと思い7枚入り420円を3点手に取ると、張り紙に、一人1点と書かれた注意書を見て残念だけどこのご時世

仕方がない、手に1点づつだけ取り購入した。

ゲート145は、セキュリティーチェックポイントから10分程歩いた場所にあった。

ひとが殆ど以内空港内を歩き、ゲートにエスカレーターで降りると、そこには、搭乗者はほぼ100%

外国人、ハワイのローカルの人と恐らくホノルル経由でメインランドに乗り継ぎの人達がほぼ80%フェイスマスクをして

椅子に座って待っていた。何時もホノルル便は100%に近い搭乗率なのに見た限りでは、30%ほどの搭乗率だったのでほっとした。ホノルルからの便は、ほぼ満席で日本人が99%を占めていた。

搭乗すると、テーブル、スクリーン、窓、ひじ掛け、椅子の頭を持たれる個所を全てウェットティッシュで消毒してからアンチウィールスのスプレーで足元などウェットティッシュで消毒できない部分をミストしてから座った。

ホッとして、ジョンにフライトに無事間に合った事を告げて、窓を見て、離陸するとそこには、東京の美しい夜景が見えてきた。

 

一軒何も変わっていないのに、目に見えないウィールスと世界中が戦争をしていて、この戦いに世界中が足並みをそろえて

戦っていかなくてはならない世界に変わってしまったのだった。

 

そして、私は、ホッとしたと同時に急に眠気が出て来て目を閉じてしまった。

 

気が付くと、機内のアテンダントは、手袋とマスクを全員使用していた。

そして、機内サービスが終わっていた。

私は、売店で販売されていた水とアンチウィールスブレンドのカプセルと安眠用ブレンドのカプセルを飲み、また眠りについた。

飛行時間は、6時間55分追い風が強い冬は、あっという間にホノルルに着く。

気が付くと、ホノルルに後40分で到着のアナウンスがされていた。

 

飛行機の羽の下にビックアイランドが見えてきた。

 

『あーもう直ぐ、カイルアの家に帰れる。』と思い油断大敵、消毒キットをカバンの一番上に入れて、

他をキャリオンスーツケースにしまった。

 

小さい頃のOCD(脅迫感念症)が戻ってきてしまう様だった。

私の父もかなり、OCDで1999年に初めて香港に父と渡航した時に、中国は汚いからとホテルで変換した香港ドルを

コインと紙幣全て洗っていた。紙幣は、ミラーに張り付けて乾かしていたくらいだったのを脳裏に浮かべた。

私も9歳までOCDの毛があったのだが、母が可なり大雑把な人だったので、段々母の影響で気にしていても切りが無いと諦めて

OCDから急にい大雑把になってしまったのだった。

しかし、今回のCOVID−19の場合は、OCDでなくてはならない事情が存在する。

 

ホノルル空港に着くと、やはり50%の割合でマスクをしている。

8日前の空港は、20%の割合でマスクをしていた。この1週間で世界がどんどん変わって行っている事は確実である。

イミグレーションの人は、マスクをしていなかったので、自分がマスクをとるのを不安に思いながら、

仕方なく写真を撮る為にマスクを

外しては、手をアンチウィールスのスプレーで消毒した。

イミグレーションには、ほとんど人は並んでいない稀な状態であっという間に通関が終わった。

何だか、不思議な程スムーズに通関を済ませて、ジョンの車を待った。

ジョンが私を見つけると、手を振って挨拶をしあった。

スーツケースをアンチウィールスのスプレーで消毒してから車に乗せてた。

ジョンも可なり変わっていて、何時もは汚い車の中が綺麗になっていた。

私は、ずーとマスクをして、話をしながら、後2日でハワイに到着する全ての人の14日間のクオランティーン(自宅またはホテルで待機)が始まる事を説明された。ロックダウンだから、買い物には行かれるけど家族の1人だけが代表して行く事になっていると説明された。この指示に従わないと、5000$の罰金または禁錮刑1年だそうだ。ジョンは、弁護士なので

この指示に従わなくても良いが、必ず弁護士のIDを所持して行動しなくてはならない。

家から出ないのは、私は、かまわないけどと言うと、買い出しは私の役目だからと言われた。

今まで、日本とハワイを移動して対応になれているから、マスクして買い出しすれば良いよ。

と言われて、食材にこだわる私は、買い出しの役目を買って出た。

 

家に入る前に、全てのスーツケースを玄関の前に置き、今度は、アルコールベースウェットティッシュで消毒してから玄関に入れて、全てを消毒したら、直ぐにシャワーを浴びた。

シャーわーをユーカリとローズマリーのボディーソープで入り、免疫力強化用ローションを付けて、アンチウィールスのカプセルをジョンと一緒に飲んだ。、

そして、ジョンの入れた美味しいカプチーノを飲んでから、

私は、ホールフードに買い出しにN95のマスクをつけてから車を走らせた。

ホールフードでは、消毒用のウェットティッシュが品切れだったので、私は、自分のでカートを消毒して入ると。

8日前は、誰一人マスクをしていなかったのが、やはりローカルの人達働いている人含めての45%がマスクをしていた。

私は、すこし安心して買い物を始めると、やはりトイレットペーパーはなかった。

クリーニング用のアルコールベースのジェルもなく、ピーナッツバターやライスは完売私の好きなオーガニックアーモンドバターも完売だった。仕方なく、カシューバターが残っていたのでカシューバターを買った。

チップス類、パスタ、バター、豆腐もほぼ無かった。

新鮮な野菜と果物や肉類は、何時もの様に豊富にあったのでほっとした。

何だか、本当に世界が毎日変わって行く事に気がづいてく。

島に住んでいる人達は、不安が募る。

 

現在オアフ島の感染者は175人、8日前は、3−4人だった。検査をしていなかったからだ。

検査をしなければ、感染者の数は見えない。

私も検査したいが、検査は症状が無いとできない。または感染者と密接な関係がないとハワイではできないからだ。

日本とほぼ同じだ。

つまり、軽症者、または無症状の人達が感染源になって行く。

この人たちが、自宅に14日間待機してくれていれば、自然と感染は抑えられるが、実際に私も含めて

症状が無くて、移動を沢山していると不安が心の中に募る。

人と接触する時は、マスクをして感染するのを防ぐのと感染させるのを防ぐしか方法がない。

つまり、自由が14日間またはそれ以上、束縛されるのである。

今、日本とハワイを往復した私は、常にマスクをしている。

自宅でも自分のアロマセラピーの部屋で隔離状態である。

カリーナもジョンも私が感染していると不安な中今私ができる事は、自宅で自分を隔離する事しかない。

ロックダウンのカイルアダウンタウン

 

カイルアビーチも進入禁止

家24日の変えると、カリーナが私を『コロナ』と呼んだ。

こんなに気を付けているのに、やはり私が一番危ない人になってしまった悲しさが心にある。

 

実際、私は、2月1日にワイキキにお金を両外資に為替のレートも良かったので、一人で車で行った時に、

両外のカウンターで対応してくれた女性が、乾いた咳をずーとマスクなしにしていただった。

私は、無防備にもその時不安が頭によぎっていたので、車に戻り、車内にあった水で手を洗い、

唯一持っていたペパーミントのいるを舌禍に1−2滴たらした。

そして、帰宅して石鹸で手を洗い、うがいをティートリーのハイドゾルで行った。

そして2−3日後いきなり倦怠感が体中に走ったのだった。

その日から、アンチウィールスのオイルをブレンドしてカプセルに入れて1日3回飲用を始めた。

オイルを飲んで2−3時間は、倦怠感が少し良くなっていたがオイルの効能がきれるとまた倦怠感に襲われていた。

そして、6日目辺りから乾いた咳が少し出てきたので、2時間に一回飲んでいると1−2日経つと咳は全く出なくなった。

しかし、何故か倦怠感が抜けず、すこし息苦しさもしてきたので2月8日は朝からずーとオイルを飲む以外はベットで寝ていた。

この息苦しさは、アスペンのAベースンに行った時のスキーをして標高が高い中運動をしていると空気を吸っても吸っても

苦しいこの苦しさを思い出させるものがあった。今回は、運動も何もしていないのに寝ているだけ息苦しさがあったのだ。

9日の朝目を覚ますと、倦怠感がすっきりと抜けている事に気が付いた。

すこし、ヨガをしてみたりしたが、食欲もなかったので力が入らず15分もしないで止めた。

アンチウィールスのブレンドは、そのまま3−4時間に一度飲んでいた。

2月13日には、倦怠感も完全になくなっていたが、喉の奥からの鼻水の様な液体が鼻はつまらないが、流れて来ていた。

そしてこの粘液は、吐いても透明でサラサラしていた。ただ常に流れ落ちていた。

私は、この症状が丁度なくなったのが、3月13日だった。

これは、ドイツのリサーチの例に合っている。

感染してから完治するのに4−5週間平均してかかる検証例が出ている。

これを、ジョンに伝えたら、ほぼ信じてもらえなかった。

COVID−19のL型とS型どちらかにもしもこの時感染していたら、どちらかに抗体ができて居るか少し安心だと

冗談で言っていたくらいだ。

先ず検査ができないから何も証明できないが、この2月3−5日日本人の夫婦がワイキキに滞在していて帰国後

COVID−19の陽性が判明された。時期が時期なだけに、私は、不安だったが。

もしも、2月の時点で私が感染していたのがCOVID−19で合ったなら、この症状は気がつきにく、恐らく

普通の人は、普通に働いてそのまま、疲労が溜まってるのかな?と思ってしまうだろう。

私は、何時も健康には敏感なので、少しの変化に気づき対応してきた。

ハワイで倦怠感に襲われた事は、一回もないし、楽園生活なのでストレスは無いから倦怠感が出てくるはずがない。

高熱も出ないし、軽い風邪か?インフルエンザかなで終わってしまう。

但し、インフルエンザにハワイで感染した事があるが、インフルエンザの方が痰が絡み咳がでて凄く苦しかった。

今回の場合は、本当にそこまで酷い咳が出てこなかったし、直ぐに止まってしまった。

異様な倦怠感が出てきたのが特徴だった。

 

そして今、日本の草加にいる母と電話に出て、私がカリーナとジョンが私を疑ってるから自己隔離していると言ったら、

『みどりが一番初めから気を付けていたのに、おかしな話ね。でも仕方ないからお部屋でじっとしてるしかないわね。』

とびっくりするぐらい母の脳が働いているので安心した。

そして2月から私と母がソーシャルディスタンスを保ち、外食もせず頑張っていた結果がでていて、

母79歳は、ハワイの3か月の滞在移動を感染もせず元気に過ごしている。

今日から母もハワイから到着して14日間だったので通える。

私も14日間自宅のアロマセラピーの部屋で隔離生活を頑張るしかない。

しかし、何故か買い出しは、私が行かなくてはならないのが腑に落ちるけど。

こればっかりは、仕方ない。

ジョンとカリーナへの思いやりで、買い出しは私が行きます。

 

勿論、義理の両親の分も私が、買い出しに行くのです。

 

LIFE IS HARD BUT WE CAN DO IT !

 

日本の皆さんも頑張ってください。

世界中の人が頑張っています。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

P.S オイルのご注文は、当分ハワイからの空輸になりますのでご理解ください。

アンチウィールスディフューザーブレンド・免疫力強化用ブレンドローション・アンチウィールス内服用ブレンドのご注文も受け付けておりますが、これらのブレンドは、ウィルス防御用のブレンドなので感染後は、お医者様にご連絡下さい。

またタミフルなの副作用を緩和するブレンドなども検証例があるオイルがあるので作成可能です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

COVID-19 の終息ピークが見えない中高齢者の母と日本に帰国、可能な限り今できる事は?

  • 2020.03.18 Wednesday
  • 08:27

3月18日 (水)晴天 気温9度 朝

 

 世界中が不安と恐怖の新コロナウィールスへの対応を試行錯誤しながら対応をしている中

母79歳と共に9時間程のハワイホノルルイノウエデイヴィット空港から羽田国際空港へと飛び立った。

母は、認知症があるので世界情報を把握する認知力は、低くいので、全ての責任は私に課せられていた。

今後春休みに入り、ハワイは本土から多くの観光客が、感染源となりうるので母をハワイから避難させる事が

第一だった。

 

出発の日カイルアの気温は、26度湿度は68%曇りそして、凄い勢いのシャワーの雨の中の出発だった。

ハイウェイ3号線(H3)は、霧がかかりカイルアから新緑のジャングルの山並みからは、白い滝のラインがかかり

母が、【こんなに雨が降り続けるハワイは、初めてね。】と無邪気な子供の様に言ったことをジョンに言うと

ジョンが、【ハワイが、美紀子さんがハワイを離れてしまうのを悲しがって泣いているんだよ。】と優しく対応してくれた。

母にそれを、私が訳して伝えれると、嬉しそうに微笑んでいた。

デイビットイノウエトンネルの手前で、2車線が1車線に成っていた為に、スピードが落ちてH3では、稀な渋滞になっていた。

人混みの空港での待ち時間を最小にする為に、ぎりぎりに出てきた私達の心に一瞬不安の空気が流れた。

トンネルの中にゆっくりと入って行くと、ブルーのトラックが事故を起こしていた。

そして、それを見たいが為に、車がゆっくりと走行していたのだ。

事故のセクションを過ぎると渋滞せずに走行でき、不安は解消された。

トンネルを抜けると、雨脚は弱まり日差しが照り付けてきた。

そして、何時もよりスピードを出してジョンが空港へ向かうと、アロハスタジアムを右手にして空港へ向かう

緩やかなカーブに、ハワイアンマングースがいきなりハイウェイの道に走り出てきた。

今まで一度も、ハワイアンマングースをハイウェイで見たことが無い私は、唖然とした瞬間

ジョンがよけようと、ハンドルを少し切ったとたんに、ハワイアンマングースが車に気づき逆走した瞬間

『ドン』という鈍い音が、タイアの下でした。

ジョンが、初めて動物をハワイで弾いてしまったと苦虫を潰した様な顔をした。

私も、同様に可哀そうなハワイアンマングースが天国に行かれるように祈った。

それは、高齢の母がCOVID−19に感染する代わりにハワイアンマングースが命をサクリファイズしてくれたサインかも知れない。

 

 空港に着くとジョンと別れを日本式にお互いにお辞儀をして惜しみ、N95のマスクをしてカウンターに歩いていった。

N95のマスクをして機内に乗り込母と私

荷物も最小限にして母は、一番小さいスーツケースを引きながらゆっくり歩き、私は、2つの大きなスーツケースを引きながら

なるべくいろんな所に触らない様に歩いて行った。

母の底時からは、よくわからないがシルバーカーを使って歩くのがやっとの母は、キャリオンスーツケースを

引きずりながら、よたよたと進んでいる。

カウンターに先に行くと2−3人の人がチェックインしているガラントとしていた。

車いすのリクエストを係の人にお願いいしてから、アルコールで手を消毒し、母の所に急いでいき母の

荷物をとり、母の手を消毒してから手を取り二人でカウンターに行った。

日本行のハワイアン空港のカウンターの人達誰もフェイスマスクはしていなかった。

私達だけがN95のマスクをしているだけだった。

日本人の乗客の人達は殆どが若者で、暑いのでマスクを顎にしてたり鼻を出したりしていた。

私は、母の感染を最大限に制限する一方で恐らく、私達の異様なマスク姿は人々を不安にしたかもしれないが、

母の様な高齢者ほ、空港内の人口の1%に過ぎないので私は、仕方ないとして空港内のセキュリティーに入ると

やはり5%の割合の人が、布や通常のマスクをしているだけだった。

係の人達も誰もマスクはしていない。

ただし、空港内の25ml程に必ず消毒用のアルコールがアクセスできるようになっていた。

ハワイの空港は、待合室以外は、ほぼオープンエアーで風が吹きトロピカルフラワーの香りが漂う平和な環境だ。

係の人は、医療用の手袋をしているのは、通常のプロットコールなので特に変化はなかった。

 

私達は、羽田行のハワイアンは以外に混んでいるようで待合質は、混んでいたので人混みから離れた待合室の席で

搭乗手続きを待った。

母は、N95のマスクが普通のマスクでないので気に入らないみたいでとりたがった。

私が説明しても中々理解できないようだった。

車いすの母と私は、早めに登場し席に着くと、私はアルコールの消毒ペーパーでスクリーンと

座席のハンドルとテーブル、窓を消毒して母が触っても安全になるようにした。

そして、アンチウィールスブレンドのスプレーで母の手を消毒した。

 

機内は、ほぼ満席で90%の席が埋まっていた。

日本人が80%で10%が恐らく海外からの旅行者かまたは、日本に住んでいる外国人のようだった。

異様なほど機内は静かで、誰一人咳やくしゃみをし続ける人はいなかった。

母は、遠足の小学生の様に機内で大声で色々な事を私に聞くので、機内では母の声だけが聞こえているようだった。

トイレに近い母は、離陸すると直ぐにトイレに行きたいと言った。

私は、まだシートベルトのサインがついていて、母が足元もが定かでないからまだもう少し待ってと言った。

 

ここで、皆さんに一つのドイツのサイエンティストの実験結果をお伝えします。

感染経路を研究する為に、感染者の鼻と喉そして血液、リンパ液、尿、便からCOVID−19のRNAの

摘出検査をした。

鼻、喉、リンパ液からCOVID−19のRNAの検出が一番多かったのが、

感染後咳やくしゃみがでる凡そ6−8日間でこの期間が一番感染力が高く、

そして、この期間は、無症状から咳、くしゃみなどの軽症の期間である。

そして、感染者は凡そ37日間ウィールスが体内に存在しその間に抗体を体内で作られて行くので一旦陰性になって再発した場合は、RNAの感染力が無い事になっている。

そして、便、尿からはRNAは検出されていなかった。つまりトイレでの感染は、低減される。

勿論、トイレで咳やくしゃみの飛沫があれば、感染する可能性はある。

肺炎になると、RNAは肺の細胞に入って行くの感染力が低下するそうだ。

その為、軽症または無症状の人達が、感染を拡大しているという論文でだった。

ただこれは、ドイツでの検証結果で、他のRNAは検証していないの全てのRNAの検証が必要だと最後に記していた。

 

勿論、このは限られた検証例だが、多くの感染の拡大のまたは、感染者が症状が消えてからまた、再発する事に

説明がつく。

 

米国のサイエンティスト検証では、プラスティックスティールなどでCOVID−19のRNAが約36時間

存続するので、段ボール箱が24時間、その空気中では30分から3時間存続する可能性が高い為感染力が

サーズやスワインインフルエンザより可なり高いウィールスであると論文が出ている。

 

とにかく、消毒や手洗いをするのが一番の基本のプロットコールである。

 

機内サービスが始まると、添乗員は90%マスクと手袋をしてサービスをして、飲み物の容器は必ず新しい物を使用した。

 

母は、トイレが我慢できず、タービュランスが少し落ち着いてきたので、私は、母の手を取りトイレまで行った。

トイレ内をアンチウィールスのスプレーで消毒してから、母を入れて、一緒に母と石鹸で手をしっかり洗い、

また母の補助をしながら席に着き、母と私の手と靴をアンチウィールスのスプレーで消毒した。

 

機内のサービスが始まったので、N95のマスクを外し飲み物を飲んだ母は、サービスが終わっても

マスクをしていない他の人達を見るとマスクを大声を出して嫌がったので、私は仕方なく母が好きなようにした。

サービス後2−3人の日本人の乗客がマスクをしているのを見ると、母は、『マスクしないとね。』といって

N95のマスクをする事にした。

私にとっては、ほぼ90分事に母がトイレを行くのと、

母が大きな声で残りの飛行時間を20分おきに聞いて同じ質問をしてくる。

一睡も休むことができない9時間の私の拷問の時間がまるで、私の一生を示唆しているようだった。

 

母の認知症は、母の昔からの自分の独断の気質が増して、自分の意思を通す。

昔は、記憶力が高かったので、情報源と自分の感が辺り、母子家庭で社会的にも成功していたのだった。

ただし、今記憶力があったり無い状態でこの感がほぼ99%当たっていないが、独断の気質はそのまま継続している。

つまり、頑固な御婆さんのだ表なのだ。

全て、介護も命令口調で私には、通す。

次女の私は、常に日本の文化の目上の人のいう事を聞くに、従順してきた。

 

この、拷問の様な人生は、ハワイに住んでから解放されたのだった。

 

しかし、母と一緒の時間は、この拷問の様な時間がまた再回するのだった。

 

姉も良く私に、『お前は、私の奴隷だから、いう事を聞かないと罰を与えるから。』と言っていた。

 

私は、今はただ一人の人間としての義務を果たす為に、そして母が一人の人間として最期まで生きられる様に

義務を果たす行動をとるだけだ。勿論、母と娘の愛は、そこに普遍的に 一重存在する。

 

機体が羽田国際空港に午後7時35分に着陸した。

羽田空港に着陸すると、私達を含めて日本人の乗客は全てマスクを着装していた。

機内の通路を椅子をつかまりながらよたよたと母が下りると、母の車いすが待機していた。

車いすに乗り、母の手をアンチウィールスブレンドのスプレーで消毒した。

車いすでゆっくりと進んで行くと、ほぼ99%の人がマスクをしていた。

乗客や乗り継ぎの人々のマスクをしながら不安な顔をして歩いていた。

 

検疫の所は、イタリアの北部からとサンマリノマルタ地方の入国者の場合の別の通路が設けられていた。

 

それ以外は、ガラントした検疫と入国審査をほぼ並ぶ事無く通過していた。

預けた荷物のとりにカーセルに行くと、私はカートの手を消毒してから握った。

税関もパスポートを見せるだけでそのまま通過して、私達は、到着階に着いた。

がらんとした、到着階にいる人はまばらで、皆マスクをしていた。

そして、多くの外国人を乗せている羽田空港からのタクシーよりバスが安全ではないかとジョンと結論を出した私達は、

夜の羽田空港の冷たい風が肌を突き刺さるように感じながら、

バスに乗り自宅近くの草加駅東口行の京急バスに乗った。羽田から草加駅東口行のバスは、通勤に利用している人が

ほぼ80%を占めていた。

 

草加の駅に着くと、母は、高い階段を降りるのが難しかった為、私は、母を抱えて階段を下車する補助をした。

バスを下車すると、母にまたキャリオンのスーツケースをゆっくりでいいからタクシー乗り場まで歩いてとお願いすると、

母は、びっくりするぐらい正気になり『 頑張る。』と言って、よたよたとキャリオンスーツケースを引きずりながらタクシー乗り場まで歩いた。ここは、母の強い意志に感謝しながら、私は、急いでタクシー乗り場まで歩いて、母の所に戻り

母の手を取り、キャリオンスーツケースを引きながら2人でタクシー乗り場まで歩いた。

タクシー運転手は、ハワイから来た私達を不安な気持ちを自宅まで送ってくれた。

 

自宅に3か月振りに帰宅した母は、ホッとした用だったが、自宅の玄関で母に先ず

アンチウィールスのスプレーを頭の先から足の先まで吹き替えてから、オーバーを脱がせて、

自分にも同様にスプレーして、スーツケースにも吹きかけた。

母が寒いから、着替えを嫌がる中、ガスストーブのスイッチとガス湯沸かし器のスイッチを入れる間

母がコンセントなどを入れようと家じゅうを触る中、

手と洗顔、入れ歯の洗浄を石鹸でしてから、パジャマに着替えてもらって、アンチウィールスのカプセルを飲ませてから

母をベットで寝てもらった。

母がベットにテレビを見ながら横になっている間、私は、お風呂を洗ってからお風呂を入れて、

家中の母が触った場所を、アルコールで消毒してから、私は、ラベンダー、ティートリー、パチョウリ、パロサントのお風呂に入り、深い眠りについた。

 

次の日、私は、母に朝アンチウィールスのブレンドのカプセルを飲んでもらった。

母に、体調を聞くと、『大丈夫よ。』と言った。

 

帰国から一日が過ぎてとりあえず、今の所体調に異常がない高齢者の母である。

 

 

新コロナウィールスは、今後何時終息するかわからない不安な状況で、私は、

スワインインフルエンザとサーズで検証されてアンチウィールスの検証例があるエッセンシャルオイルのブレンド使用して

自宅待機しております。

 

今回の日本滞在は、政府また、WHOの指示とうり、外出を避けて可能な限り自宅待機いたします。

そして、米国の状況により郵送がハワイからになる事をご理解下さい。

日本にいる間にご連絡があり郵送が間に合う場合のみ日本からのご郵送料金になります。

 

エッセンシャルオイル等のブレンドまたは、コンサルティングなオンラインまたは、お電話でのお問い合わせになります。

アロマセラピートリートメントはCOVID-19の状況が終息するまで中止させていただきます。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

info@argutha.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の状況が毎日変化している2020年3月

  • 2020.03.02 Monday
  • 07:31

3月1日 気温25度 晴れ時々曇りとシャワー様な雨が降るカイルア

 

ラニカイビーチからの朝日

 

 日本に帰国するのを残念ながら延期しました。

 

 

 石川県のフランスから帰国した男性が無症状で感染が陽性が出たニュースを読み。

この無症状の男性が感染源になっているかどうか未だに結果が出ていない。

中国でも同様に20歳の武漢省から帰ってきた女性は、無症状で家族全員が感染したが、この女性は無症状

のままである。というNYタイムスの記事も読んだ。

このウィールスに侵されない自己免疫能力を持っている人がウィールスを保持した場合、他の人にも感染させる疑惑がでている。

 

今実際に、どのように感染して行くが研究されている現在進行形のウィールスだ。

 

 

そしてそんな中、ハワイの家族が、高齢の母の事を心配しそして、トランプ大統領がイランと韓国からのアメリカ入国を

禁止したため、万が一日本の今の状態が変わってきたら、日本に渡航した人のアメリカ入国拒否をするのではないか?

と言う不安もあり、私がハワイに入国できない可能性が高まってきたからだ。

 

日本政府も日本国民も真剣に今の状況をとらえているので、今後は終息して行くと私は、楽観考していたようだっと

自己反省しながら、日本帰国の予定を変更した。

 

恐らく今回のCOVID−19は、世界的に新しいウィールスの研究結果が理解できない限り

トランプ大統領は、今が良ければ良い戦法で制作を大統領の勝手な権力を使って決めて行ってしまうかもしれない。

 

アメリカ本土でも、海外に渡航していない感染源が解らないオレゴン州在住の50歳の女性がCOVID−19で亡くなっている。

 

アメリカは、日本の様な健康保険制度が確立してないから、恐らく重症にならないと病院に行かない可能性ががる。

軽症の人が多くの人達に感染を広めて行く可能性が高い。

 

本当に、真剣に世界中がこのウィールスを撃退しなくてはならない。

 

 

P.S ハワイからオイルをご発送する事も可能なのでご注文される方は、

info@argutha.com までご連絡下さい。

 

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

 

ウィールスから身を守るエッセンシャルオイルで高齢の母と2人で対策

  • 2020.02.28 Friday
  • 03:34

2月27日 木曜日 気温27度 晴れトレードウィンド カイルアから

 

ダブルレインボウ

 気持ちよい朝日と共に清々しく目覚める。

ベッドルームからの朝日に照らされたオロマノ山脈を見ながら瞑想をし、幸福な気持ちに感謝をする。

 

世界中がCOVID−19に怯えている中、母と2人でその真っただ中の日本に帰国する。

ハワイは、トロピカルな気候の為か、今の所日本から観光で来たご夫婦以外は、感染者がいない。

流石の、日本人は、ハワイでも風邪の症状が出た時には、マスクをしていたそうだ。

その為か、ハワイでは感染者がいないのか?

暑い日差しにCOVID−19は、殺菌されているのか?

ハワイでは、2月1-6日ハワイマウイ島とオアフ島に滞在していた日本人のご夫婦以外の感染者が出ていない、ありがたい状況だ。

母が79歳の高齢で糖尿病もあるので、念のため外食などは避けて、近所のカイルアビーチに

気持ちよい日差しを浴びながらトレードウィンドに吹かれながら散歩に行く位にしている。

 

現在そして、中国・香港からのフライトは、ハワイを含めてアメリカでは運行を中止されている。

そして、過去に中国に滞在したことがある人の入国が中止になっている。

今、世界は、パンデミックに入る真っただ中だ!

 

ハワイのドラッグストア―には、フェイスマスクが売り切れ状態で、日本と同じ状態だ。

そんな中、私は、N95マスクをオンラインで購入し日本帰国に備えた。

 

COVID−19ウィールスは、インフルエンザウィールスよりも小さい為

通常のマスクでは、このウィールスを防御するのは不可能である。(WHOのニュースから)

 

ただ意外にアルコールや石鹸などで手洗いで殺COVID-19だ。(WHOのニュースから)

意外に簡単に防御できるともいえる。

 ご存知の通り、エッセンシャルオイルにもアルコール類が含有されている。

 

1997年からアロマセラピー、植物療法を勉強して来て、何度か風邪やインフルエンザに

感染したが、その度にエッセンシャルオイルを使用して1-7日間で完治してきた。

使用方法は、エッセンシャルオイルを空気中にエッセンシャルオイルを噴霧空気中の殺菌、殺ウィールスをしたり・経口経皮投与などで殺菌、殺ウィールス、身体の調子を敏感に感じ取り(悪寒、頭痛、喉の痛み違和感、鼻水、咳、倦怠感、節々の痛み、食欲がなくなる、下痢など)少しでも何か通常と違うなと気が付いて、その気が付いた時間から

エッセンシャルオイルを使用する間の時間が短ければ短い程、体内に菌、ウィールスが存在する時間が短くなる為に

早く完治する。そして、その時間が長ければ長いだけ完治に時間がかかるのを経験してきた。

 

それは、勿論私のクライアントの方々の例を見ても同じである。

 

インフルエンザやウィールスは、先ずホストを見つけてそのホストが弱ければ弱い程

繁殖して行くのである。 

つまり、体内にウィールスが存在する時間が長いと、体内の細胞をホストとしてウィールスが

ぞくぞくと繁殖してしまうので、体内のウィールスの数が多ければ多いいほど殺ウィールスをする時間がかかるのだ。

 

一旦、インフルエンザを発症したら、温かい水分を良く摂取して固形物だと消化にエネルギーを

とられてウィールスに体力を失われて行くので、流動食(梅干がゆ、お味噌汁)や野菜や果物ジュースなど

消化に良い物を少量摂取する。

そして、安静にするのが一番だ。少し調子が良くなったからと言ってむやみに体を動かすとウィールスが

体内に循環し直ぐにまた悪化して行くのだ。

 

インフルエンザを甘く見てはいけない、毎年世界でインフルエンザA、B、C、Dの種類に5百万人が重症のインフルエンザに発症し、290,000人の

人が亡くなっている。(ウィキペディアから)

通常のインフルエンザは、人から人へと感染したものだ。 

 

そして、2019年の11月に新たなウィールス、COVID−19、ニューコロナウィールスが中国武漢省で発症した。

この新たな、ウィールスは、動物から感染したといわれている。

その為、ウィールスの繁殖力と耐久力が尋常ではない為感染率が高まる。

SARS(鳥インフルエンザ)から比較すると、繁殖率は、咽喉呼吸器系からゆっくりと繁殖して行くので

初めの症状に気が付きにくい、気が付いた時には、肺に到達して肺炎を発症しているケースで重症になって行く。

喉の違和感、痛み、鼻水、悪寒の段階で直ぐにマスクをして他の人への感染率を防がなくてはならないが、

通常この段階では、人は普通に仕事をしている為に次々とインフルエンザよりミクロのウィールスは、感染して行く。

そして一般の健人は、風邪と同じような症状に強い倦怠感と空咳、節々の痛みが続く軽症の例が80%である。

しかし発症者の内14%重症になる率があり、ほぼ 49%の割合で死亡率が高まる危険なウィールスである。

ただし、健康な人は、この初期のインフルエンザの症状段階がインフルエンザよりも長い間継続していくケースが多い為、感染者が知らずに次から次へと感染を増やしていく。(香港大学疫学生物学研究所より)

 

 

多くの日本のニュースを読んでいると、発熱しないと先ず検査はしてくれない。

何故ならば、インフルエンザや風邪のシーズンにCOVID−19に似た症状で病院に駆け込む人は

何千人も毎日いるのから、高熱を発症している重症の人の命を救うために、重傷者の検査を優先する。

という事だ。

確かに、それは道理に合っている。

健康な人の発症後の経過をニュースで見ていると7-14日で完治している。

しかし、確実に完治しているんかが疑われるケースがいくつか出ている。

 

症状は、空咳、倦怠感、咽頭痛、節々の痛み、発熱といたってインフルエンザの症状と同じである。

 

 

ただし、現在世界中で発症しているケースは82000例内死亡者は、3000例(致死率3.65%)インフルエンザ同様に持病がる人が発症するとウィールスに弱い臓器が蝕まれて死亡してしまう率は、2−3.65

%。そして、不明で、新しい動物感染ウィールスだから不安と恐怖が一杯だ。

日本は、感染者(167例)が多いいが、死亡者(3人)である。(厚生労働省2月27日現在)

世界各国からみても、中国に近いアジアの国からで冬の乾燥と低温の気候という状況から考えると少ない例である。

 

中国とは、異なる大陸に位置するヨーロッパのイタリアなどは、650例で死亡者は17人である。

 

日本が何故、安全であるかがこの数を見ても理解できる。

 

先ず、何故鳥インフルエンザが消えて行ったかは、気温の上昇でウィールスが自然死滅して行ったのだ。

 

ハワイも、日本人の2人の観光客がCOOVID−19に感染して滞在しても、温暖な気温と毎日の太陽の日差しと、

時おり降るシャワーの様な豪雨が石鹸で手御洗をした様に殺ウィールスの環境をもたらしたのか、感染者は、0だ。

 

勿論、高温多湿のハワイの環境は、真菌やバクテリアが、繁殖しやすい。

 

私の白い服やカバンや靴などは、使用してないと1週間くらいでクローゼットの中で真っ白な菌が繁殖したり黄ばんでくる。

定期的に洗濯やカバンや靴を吹かないと大変な事になる。

 

カイルアビーチパークにて散歩

日本帰国まで残る1週間を、母と2人で近所のカイルアビーチパークで1時間程散歩し、頻尿な母には

散歩中は、公共のトイレに石鹸が無いので紙パンツをはいてもらい、家までトイレをガマン!衛星が第一!

適度な運動と、昼寝や免疫力強化のライフスタイルで可なり心配なストレスもあるが帰国にチャレンジです。

 

さてさて、ここからが専門家の私が日本の方へのアンチウィールスエッセンシャルオイルのブレンドのご紹介です。

エッセンシャルオイルは、的確なエッセンシャルオイルの化学成分と効果効能によりブレンドする事で単一エッセンシャルオイルでの使用よりも相乗効果を発揮します。1997年からエッセンシャルオイルを勉強、研究、経験を経てブレンドしたブレンドになります。エッセンシャルオイルは、全てオーガニック純粋高品質な物のみを使用していっます。

一番のお勧めは、の内服用ブレンドです。ニゲラサッティバCO2のオイルに希釈して作成し、殺ウィールス効果を最大限に引き出したブレンドです。少しでも不安な時に1カプセル、または、人混みに行く前に1カプセル、帰宅したら1カプセル飲用して、体内の微量なウィールス侵入を防いでいきながら、免疫力強壮を期待できるエッセンシャルオイルを混合をしたブレンドを作成しました。

 

楽園ハワイの生活から日本へ緊張感を持って帰国する前に、作成しました。

 

アロマセラピー(エッセンシャルオイル)で可能な限りアンチウィールスと免疫力強化ができるブレンドの

ご紹介。

(環境)

 〇ΕΕールス用のディフューザーブレンド 10ml(約240滴)5500円(税込み)

 

使用方法:6畳の部屋の場合、スチームがでるディフューザーに10滴ほどたらして15-20分部屋を噴霧し部屋の殺ウィールス効果を期待できます。また、N95のマスクが無い場合は、マスクに1滴使用して外から侵入するウィールスに対応していきます。

(ティートリー、ユーカリグロブス、ベルガモットなど9種類配合)

 

◆〔髪嵶呂鮃發瓩襯泪奪機璽献イル 4オンス 11000円(税込み)

 

使用方法:4−5mlを入浴後胸の上、肺の上と後ろ(上半身)腕、手などに朝シャワーの後などに刷り込みます。

(タラゴン、ユーカリラディアータ、メキシカンサイプレス、サイプレスリーフなど9種類ブレンド)

 

 殺ウィールス用の飲用のオイル2オンス(約60回分)1mlカプセル60個付き 26000円(税込み)

(シナモンバーク、クローブ、サボり、タイムリナロールなど12種ブレンド) 【一番効果的な方法です。】

 

使用方法:1日3回食前に1カプセル(1ml)をグラス1杯の水で使用。また、人混みに行く前に1カプセル、人混みから戻ったら1カプセル使用して瀬戸際で予防。インフルエンザなどウィールス感染しったかなという症状がある場合は、2-3時間に1回使用または症状が出てきたらその都度使用して、温かい水分を1日1.5-2リットル摂取します。

 

また、持病などアレルギーがある方には、パーソナルブレンドで対応いたします。

 

ご希望の方は、E-mail info@argutha.com にてご連絡下さい。数に限りがございますのでご連絡は、お早めにお願いいたします。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年豊富は!12種類パーソナルブレンドで細胞レベルから健康的に若返る

  • 2019.12.22 Sunday
  • 07:54

12月21日 土曜日 気温22度

 

 冷たく重たい東京の冬の空気が肩からそして脳から抜けて、目を覚ますと

鼻腔を心地よい温度の空気が甘いトロピカルフラワーの柔らかい

香りと共に入り、脳のリンビックシステム、扁桃核からストレスが解放されて行くに気が付く。

 

ベットルームの窓からは、オロマノ山脈が朝日にうっすらと照らされて、黄緑色に輝いているのが目に入る。

 

 あー、ハワイカイルア帰れたんだ。

 

2019年も後8日で終わる。

 

そして、更年期も真っただ中の53歳から54歳になり、自分が巷の叔母さんの代表核になる。

 

気持ちは、何時でも36歳くらいなのに!と思いながら鏡をみるとうーんやっぱり叔母さんに近い。

 

いくらジョンが私がしわ皺になっても美しいと言われても、自分が若さを保ちたい!

 

何時までもこのままでいたいと心の声が聞こえてくる。

 

そして、二人で健康的に若々しく人生を楽しむために、自分の若さを保持していきたいなぁ!!

若さイコール健康の秘訣でもある。

 

ハワイに帰った朝一番の私の心に自分の声が聞こえてきた。

 

 

私の幸せの定義には、5か条がある。これがぶれない様に毎日の努力をする。幸せになる為には、漠然と考えてては、幸せには、ならない!自分の幸せを確実にする必須環境を書き出してみる。

 

1、温かい気候=ハワイの楽園生活

2、愛 = ジョンとジョンの家族、友達

3、健康= アロマセラピートリートメントとホールフードダイエット

4、美しさ= アロマセラピートリートメント

5、若さ = アロマセラピートリートメント&ヨガ

 

世界中の蒸留者から直接買い付けているエッセンシャルオイル達が集まるアロマセラピーの私の部屋に入り、

自分の心身の健康の為の12種類ブレンドをノートを広げながら考えだした。

 

多くの市販の製品は、自然派でも必ず保存剤や多くの化学薬品が混合されている。これを毎日使用して行くと

知らない間に何年もかけて体内の皮下組織から脂肪、内臓、神経叢などに沈殿して行き、何らかの外環境のストレスからアレルギー症状、癌、現代病の一つの免疫低下病や難病の引き金の要因になる。

その代表格が、パラペンだ!パラペンが乳がん細胞組織から摘出されている。

ガン細胞は、異変した細胞が悪性腫瘍として成長し、高齢になればなる程癌になる可能性が高くなる。

食べ物は勿論、皮膚に使用する物も体内に浸透して行くのだ!代謝しきれない不要な、添加物や化学薬品、公害など体内に長期的に蓄積されていき、細胞に異変が発祥されていく。

人口香料化学薬品の一つであり、この目に見えない小さな香りの微粒子が、

脳の嗅球から大脳辺縁系に浸透していき、脳をゆっくりと知らない間にダメージして行き、内部分泌腺や松果体などのバランスを崩して病気を引き出していく。

フランスの香水調香師は、90%以上の割合で何らかの癌を発生する。

 

長期的な健康の秘訣は、皮膚に使用する物、体内に浸透して行く物を完璧な天然成分で使用する事を心がける事が最も大切だ。

 

そして一番大切な事は、全てが体の中から出てくる!

 

今の自分のホルモンバランスを整える内服用のブレンドを先ず考えた。

 

 〆の私は、いきどうりとフラストレーションが心の底にたまり、胆嚢と腎臓機能が弱点となり、遺伝的に心臓の機能も弱いのでこの2点を整えるブレンドを合わせて更年期対策女性ホルモンのバランスを整えるブレンンドを考えてカプセルに詰める。

 

白髪防止用ヘアケア―用のブルガリアローズ配合のヘアーワックスと髪の毛がやせて、抜け毛防止のブレンドをつくり植物性のオーガニック無香料のローズマリーバーベノンとメキシカンサイプレスの爽やかな香りのブレンドをシャンプーにとオリーブリーフハイドロゾルとタイムリナロール・マートルなど7−8種類のエッセンシャルオイルを香り浴コンディショナーに混合する。&

 

ァΑ.侫Дぅ考僂砲蓮2種類のフェイシャルパック、一つは、アルパインラベンダーとフラゴニアなどを混合し爽やかな香りのクレーパックで皮膚の浄化用で皮膚の細胞を活性させるパックそして、2つ目は、ハワイのアロエとパパイヤシードを混合してフランス産のオリスルートとレモンを混合し美白用のパックを作る。

 

А─“乕罎涼椴呂板イ蠅鯀匹蕕擦討靴錣汎鷭蹴棔△曚Δ譴だ・目の下のたるみ・首のしわを防止する為のトューベローズやネロりのフローラル系のフェイシャルマッサージオイルとチャンパカ・ホワイトローズ・ネロりなどのハイドロゾルのブレンドを作る。

 

 フェイスクリームこれは、UV12の効果と皮膚を外環境から保護する抗酸化作用の高いブルガリアローズを贅沢にブレンドした栄養クリームを作る。

 

、、 ボディーは、歳をとって行くとタフタフとした皮膚になりそしてちりめん染めの布の様に細かい皺がひじや二の腕やひざの周りに太ももの出ないように、皮膚の張りといらない皮下脂肪を燃焼して行くカプサンシンCO2とシーフェンネルなどで刺激して行くボディークリームとピンクグレープフルーツとローレルの爽やかな香りのスクラブ・マダガスカル産のジェラニウムバーボンとパルマローザ、ユーカリシトロドーラのボディーソープを作る。

 

これを、3-4か月ごとに自分のホルモンバランスや体調などをチェックしてブレンドを少しづつ変えて行く。

通常細胞は、環境は状況に応じて変化して行くので、天然の細胞組織は、その状況に応じて少しづつ変えて行く。

植物を育て行くとその細胞の変化に敏感になって行く。

 

2020年の完璧12種類のブレンドセットをご希望の方は、Emailまたは、お電話でコンサルティングして

ブレンドを作成していきます。

 

天然成分で細胞の再生を活性化して、健康な1年を過ごしましょう!

健康になって行く自分は、2021年そして2022年、気が付くと自分が本当に健康であると感じそして自信が出てきます!

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

info@argtuha.com

 

 

 

 

 

振り出しに戻った、母のリハビリ!

  • 2019.12.11 Wednesday
  • 13:09

12月12日 木曜日 気温9度

 

 ハワイアン空港の飛行機のタイアが滑走路に降り立つ瞬間頭の後ろから野球のバッドで殴られて、ノックアウトの気持ちで羽田空港に着陸した私だった。

 

肌に突き刺さる様な寒さを感じて、母がショートスティー先から戻るのを待った。

母の難聴用に取り付けた音高いインターホンの音が脳をさすように高鳴り、ドアを開けると、母が車椅子に乗り車のバンの後ろから降りてきた母は、90歳になったかのように

歳をとって見えた。

私が母に【お母さん、歩けるでしょ。】と言って手を取ると母は、私の目を見て

不安そうにうなずき、車いすから危ない足取りで立ち上がっり、家の玄関に入った。

確かに、何時もの足取りより可なり弱弱しく歩いていた。

 

母は、お酒の飲み過ぎで2日間意識が戻らず2週間病院に入院したのであった。

 

 ハワイから帰国後1か月ほどたった11月初め頃に、母の昔の悪友が、母に遊びに来て、多量にお酒を買ってきてしまったのだ。

 

母のお金をそしてくすねて、それっきりだ。

 

私は、ハワイでその知らせをケアーマネージャーから聞いて、涙が出るほど、悲しくてオロマの山脈の夕日を見ながら、

ジョンに帰国を早急に考えてるが、ジョンの家族と

の日本旅行からハワイに戻りまだ1週間も経過してなかったので、病院に電話してから決めると伝えた。

 

時差が19時間あるので次の日に、母の医師と話すと、

【数字的には、検査結果はどこも悪くなく健康なんです。認知症のテストをしたのですが、初期の認知症の症状がありますが、どこも特に悪い所がないので、お酒の解毒処置をすれば、1週間で退院できるでしょう。

ただし、今後一人暮らしが難しいので、施設に入る事をお勧めします。】

 

お医者様も命に別状が無いと言う事だったので、従妹に入院手続きをお願いして、既に飛行機のチケット購入していたので日にちができず、帰国を予定とうりにした。

 

現実、ハワイは、11月第三週の木曜日がサンクスギビングでジョンのお母様も84歳なのでお手伝いや、

ジョンのお父様のアルツハイマー型認知症が日本旅行中悪化し、そして義理の母のバーティゴと言う眩暈の発作がそのストレスの為、出てきてしまい、

病院に付き添ったり、義理の両親のケアーで毎日忙しく過ごしていた。

(このアルツハイマー型認知症の症状は、次回のブログで書いていきます。通常の母の様な認知症と異なる症状です。)

サンクスギビングの日のお庭からのツインアイランド

その後、母は、ショートスティーをしたのだが直ぐに発熱を起こしたので、また入院してしまった。

尿道炎と肺炎で微熱がでていた。

草加私立病院での処置が悪く、尿道炎になったのだ。

この私立病院は、電話の対応もとても不親切で母の治療が点滴が外れて余り無いので、

個室でないと対応できないと言われた。これは、完全に治療費稼ぎの理由でしかない。

 

その乱暴な看護婦さんの治療不慮の為、草加市立病院は、責任を認めたくないのか、母の入院を拒否し、違う病院に入院しそして、1週間後に退院した。

武南病院に電話すると、今度は看護婦さんが丁寧に母は、既に微熱も治まり、お食事も召し上がっているので、1週間ほどで退院ですと

説明を受けた。

 

高齢者の日本の病院の受け入れは、可なり厳しく、薬代と治療代がかからない場合は、受け入れを拒否する。

父が間質性肺炎の発作呼吸不全になった時、救急車を呼んで病院の受け入れ先を探すのに1時間も救急車の中で

待たされた。私は、その時東京の赤坂に住んでいて、周辺には多くの病院が存在しいたのに、結局日赤病院の

救急が入院しないのであれば、診ると言われてやっとの医師の診断を受けたくらいだった。

この時、私の精神状態は、可なり不安定だった。救急車の中で父の生命の危機を感じて涙が滝の様に流れてきた。

そして、父が他界後も、救急車のサイレンの音を聞くと、STD(トラウマ)で心臓高鳴りと呼吸が早くなり、酸欠状態になっていた。心を安定させる香りを持ち歩かないと外出できなかった。

 

香り高い私のコレクションの一つカトレア、今では22種類のランの花々をハワイで栽培

この時から6年が経ち、私の心は楽園ハワイにナチュラルrな香りに癒され続けている。

 

 母と2人で話すと、施設では歩くと危ないから、歩かせて貰えずに辛かったと言って、家では、また

衰えてしまった足腰を鍛えたいから、歩きたいと言って、近くのクリニックまで、以前よりも弱弱しげだが

確かな足取りで頑張って歩いて、介護通知を市役所に提出してくださいとお願いしに2人で言った。

 

12月の冬の空は、低くそして冷たい。

 

母に、16日からハワイだから、また頑張ってリハビリしようと励ますと、

ニッコリ笑い。【頑張るわ。】と言った。

 

そうはいっても、母の食事の量も、以前の3分の1で食欲も、体力も可なり低下してしまった。

鶏がらを買ってきて、圧力鍋でニンニクや玉ねぎ、生姜を入れて鶏がらスープを作り、牡蠣のスープを作って

少しでも栄養がつくようにした。

 

そしてその日からまた毎日、ヘッドマッサージをアロマセラピーの脳活性オイルで5分ほどして、

背中と脚のにも、循環器系が活性されるオイルで優しくリンドドレナージュのマッサージをした。

落ち込んだ母の気持ちを高揚し、脳を活性するアロマセラピーカプセルのブレンドを1日4回飲んでもらった。

 

このカプセルのブレンドのおかげで、10月5日に母の、身体検査をした時には、

HDL、中性脂肪のコレステロール値も血糖値も尿酸も全て正常値にもどり、アロマセラピーのエッセンシャルオイルは、成長ホルモンや女性ホルモンを活性させて骨粗鬆症にも効果的!

母は、2年前に左禅話を骨折したのですが、このブレンドで骨密度も正常です。

そしてかかりつけの高木医師にも健康になりました。と褒められて、自信をつけていた母だったのに・・・・

 

11月11日にスゴロクの振り出しにコロコロコロンとそして、締めくくりは、歩かせてもらえなかった3週間で 

ガッガッガーンと投げ出されてしまったのだった。

 

私が、母に、【ハワイでまた2か月振り出しから始まりだね。】

 

と言うと、母は、意外にも、

 

【そうでもないわよ。まだ歩けるし、お酒も飲みたいと思わなくなったから!】

 

 

私は、母に

 

【それが一番良い。お酒のせいでこうなったからね。】

 

そして、病院の社会福祉の人に母の今後一人暮らしは、難しいと言われてしまい。

私自身が、母の今後一人暮らしが難しい事を知らせれた。

 

そこで、母の生まれ故郷の岩手県宮古の幾つかの施設を調べて、申込用紙を記入した。

電話で説明を受けた限り1年位は、待つとの事なので、申込用紙だけでも郵送しておけば直ぐにでも

ないので良いかと思い、母がまだ歩けるうちに入所した方が、入所も楽にできるので、良いかと考えた。

2014年に母が倒れた時も同じように考えて、母と2人で宮古に行ったが、母が自宅に戻りたい

と希望したので、頑張って一人暮らしが出来る様に母が頑張って、5年が過ぎた。

そして79歳を前に、常時飲み薬もない健康な状態になったはずだが、いたって一人暮らしの自信がなくなってしまった。

 

【田舎の施設に入っても良いかもね。】

 

と母は、言い出した。

 

私は、【まだ一杯だから、空きが出たらでは、施設に入ろうね。1年待ち位らしいから。】 と説明した。

 

私は、一人落ち込む心を癒すために、瞑想を心を安らげる香りの香水を作りした。

 

私の人生と、母の人生が一体にならない様に、大切な母だが、母の人生と私の人生は一体ではない事を

マントラの様に唱えて、自分の人生を自分らしく生きる為に香りと共にした。

 

父の介護の時に、介護生活にどっぷりと入り込み、自分と父が一体になるくらい頑張ってしまい。

うつ状態になってしまった自分がいた。

 

父が亡くなり、自分もこの世から亡くなりたいと何度となく心に感じてしまった自分がいた。

 

それではいけないと、心の声聞き、自分の幸せを見つける研究に没頭して、

【人間行動学のバイオロジー】を理解して、幸せになる為の香りと自分の一生涯の幸せを見つける方法を見つけたのだ。

そして、私は、今が53年間生きて生きて一番幸せだと心から感じている。

そんな自分の脚を引っ張る、昔の自分を打ち消すためにも、自分の幸せホルモンのブレンドの香水共に瞑想をした。

 

すると、3日もすると、母と私の人生が2つに分かれて、心の焦燥感が冬の寒さで落ちて行く落ち葉の様にすっかり

と落ちて行った。

 

アロマセラピーと瞑想は、自然体の自分に直ぐに気が付いてする事で自分を回帰してくれる。

 

ヒーリングは、気づきから始まる。

 

ゆっくりと心が落ち着き、そしてハワイカイルアに戻れば、また極上の楽園に心身がぴったりとはまって行く。

 

私の中学からの親友が、母の話をすると、50/80問題だ。

日本人の50代が抱える、人生の課題。

 

多くの人が、親の介護で自由を束縛されている。

親の介護は、やはり自分の自由が存在してないと、多大な後悔と心身の健康を失ってしまう。

 

親の介護にやりがいを見出しても、それは自分の人生ではなく、介護と言う親の人生に巻き込まれて行く人生になる。

 

そして、親が亡くなった時に、自分が腑抜けの様になり、鏡に映る自分の姿と親を重ねてしまう。

 

その後、幸せも求めて、10年前に手が届いていた幸せに手が届かなくなっている。

 

何時までも、若くなく今を生きるには、自分の人生を自分らしく生きて行かなくては、自分の精神が辛くなっていく。

 

高齢者社会の基本は、自分の人生を幸せに生きる事だ。

 

ハワイのシャングリラ美術館の天井で瞑想

新たな、2020年に向かい、自己のホルモンのバランスを香りを通じて整えて行く瞑想をしましょう。

 

そして自己のホルモンのバランスを整えるカプセルを飲用して、自分の自然体の行動パターンに回帰していきましょう。

 

ご希望の方は、info@argutha.com までお待ちしております。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

 

 

ハワイの新月(Muku)に咲く純白のランの香りと共に

  • 2019.10.02 Wednesday
  • 02:59

9月30日 月曜日 気温25度 お天気雨の朝、出発前のレインボー 

 

LADY OF THE NIGHT

母の2カ月間のハワイでのリハビリ3期目が9月の新月(ハワイ語でMUKU)の日に終了した。

 

昨晩は、新月(MUKU)だった。

大切に育てているオーキッド達の中でLADAY OF THE NIGHTの花がその夜咲いた。

純白の可憐な花びらが夜になると、ゆっくりと花びらを広げて開花し、魅惑的な香りを放つ。

夜にだけ香る為にその名を夜のレディーとつけられた魅惑的な蘭の香りだ。

 

その香りは、雨が時折降る、カイルアの新月の夜空を艶やかにした。

新月の新たな美しいエネルギーのサインの様に、開花した。

見た目は細長い優しく繊細の花弁で繊細な花だ。

ジョンと2人で、ニュームーンの夜のお花見を香りに包まれながら

明日日本発つ私は、

2人のお別れの夜の寂しい気持ちを和らげた。

 

2匹の黒猫のバクスターとメルメルが芝生の上で伸びをしているのを横に、

 

美しい夜を楽しんだ。

 

 

そして、大切な母のアロマセラピーのリハビリがどこまで効果があるか、

身体的に帰国後身体検査で確認するのを

期待しながら新月の夜、天然の香りに包まれながらまるで瞑想を永遠とする様に眠りについた。

 

母は、朝4時に目が覚めてしまい、私が出しておいた冬用の温かいパンツと

セーターを着てベッドに横になっていた。

私も5時には目が覚めて、うつろな気持ちで出発前に忘れ物をしないように

頭の中でスーツケースの中を確認していた。

ジョンが目を覚まし、朝のコーヒーを入れにキッチンに行く。

 

ジョンが入れるコーヒーは、本格的なカプチーノだ。

オーガニックのミルクをフォーミングして、23秒間だけエスプレッソのコーヒーを注ぎ

その辺のバリスタよりもパキパキ朝からコーヒーを入れてくれる。

 

そのコーヒーを飲みながら、キッチンの窓から見えるオロマの山脈にかかっている霧と

青空を見ながら、ほのぼのとした、幸せを感じる。

 

 母が、ジョンに

【長い間、お世話になりました。何時も親切にしてくれてありがとうございました。】

と言ったのを私が、ジョンに訳すと、ジョンが母に、

【気兼ねなく又12月来て、一緒に新年を迎えましょう。】

と言ったのを、私が、母に訳した。そして母は、

【それまで、生きていたら、またお世話になりますのでよろしくお願いいたします。】

と言った。

3人で笑って、その空気を楽しんだ。

5年前には、こんな会話すらできなかった母が、今回会話がポンポンと出来る様になった。

 

思考回路が開発される、ヘッドマッサージを根気よくした成果が出てきた。

 

こんなに頭の会話機能が回復した母の最大のストレスは、日本語が通じる相手が私位しかいないからだ。

 

H3のハイウェイを車で走らせて左手にパリ峠に霧が荘厳とかかり、時折

アフリカン中リップの花が咲く新緑のジャングルが雨でより深くなっていた。

峠を越すとお天気雨のスタジアムの上に大きな完璧なレインボーがかかっていた。

運転をしながら、ジョンに私は、嬉しいながらにストレスになる母の脳の活性化が

を愚痴にした。

【4-5年前は、母は何も出来ず、会話も進まなかったのに、今では会話ができるようになったが、耳が遠いいから、大声で話さないとならないのと、全てを大声で説明しなくてはならないから、大変だ。】

と言って、2人で笑った。

 

空港に着き、車から降り、ジョンにサヨナラのキスをすると、母が

【イーナ!私は、誰もキスしてくれない。】といった。相変わらずの母のジョーダンだった。

 

車いすを頼んであるので、チェックインすると、

機内にあっという間に乗り込むと、いきなり日本人が一杯なので

母は、スイッチが入り、隣の人や搭乗員の人々と会話を楽しんでいた。

 

そんな母は、私がPCを開いてブログを書いていると、

【私は、コンピューターも何もできない人になってしまった。】

と言うので、私が母に、

【コンピューターは、出来なくても生きてられるから、自分の身の回りのことを

自分で自立してやれるようにしましょう。】 

【本当に、そうね。】と言った。

 

母カイルアビーチパークで歩行練習

脳の前頭葉が開花されているの確実に感じて、ホッとしながら成田行のフライトは成田に着陸した。

車いすをお願いいしたのでスムースにリムジンバスまで行き、

自宅の草加駅で降りるとそこから母は、キャリオンの小さなローラ付きのスーツケースを引っ張って

タクシー乗り場まで歩いてくれた。

此処まで歩ける用になったのもハワイのリハビリの成果だと目に見える母の回復を確認して

胸をなでおろした。

 

その人に会ったプログラムでリトリートを1人様から行っております。

ハワイカイルアの素晴らしい環境の中で、心身を整えたい方は、是非ご予約下さい。

詳細:http://www.argutha.com/

 

10月2日から16日青山1丁目レンタルサロンにて全身アロマセラピートリートメントまたは、パーソナルブレンド作成コンサルティングのご予約を受け付けております。

ご希望の方は、info@argutha.com までご連絡下さい。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

母のハワイでのリハビリ残り3日

  • 2019.09.28 Saturday
  • 01:32

9月27日金曜日 雨時々晴れ 気温26度

 

9月に入ると朝晩の雨の長さが長引く日が続いた。

ハワイカイルアは、朝晩良く雨が降る。

9月の終わりにもなるとその雨の強さが強まる。

トロピカルウェザーのハワイでも季節感を感じられるのが9月の終わりからあー秋が来たと感じる。

それでも気温は、26度。

 

ハワイに住んで、かれこれ6年が過ぎても、我が家からのオロマノ山脈の美しさには、感動する。

特に雨雲と霧がオロマノ山脈にかかり、壮大な山並みにうつろな霧がかかりだす姿を見ていると

気持ちが優しくなり、落ち着いてくる。

 

そのエネルギーを感じてか、母の気持ちを少しづつ優しくなってきている。

 

母は、元々気性が激しい方なので、簡単に怒ったり大きな声で怒鳴ったりする。

認知症が発症してからこの気性が特に強くなってきた。

 

怒鳴り散らす母が当たり前だったので、認知症の症状と気が付かなった。

母の認知症が顕著に出てきたのは、2014年泥酔して転んで一過性虚血脳血栓になってからだが、

振り返ると元々好きだったお酒の深酒が酷くなっていた、2010年辺りから始まってきていた。

それから9年の時が過ぎ、母の状態はあ、最悪の14年から少しづつ回復して来ている。

 

身体的にも感情的にも精神的にも安定してきている。

12月に79歳に今年なる母の回復力には、限界があるにしても、薬を飲まずに

ハワイで今回3回目のリハビリ生活に風邪もひかず、寝込むことも無く2か月間過ごす事が出来た。

 

そして、今回は、缶ビール330mlを毎日4本から6本飲んでいたのが、炭酸水を飲んで済むようになり、

炭酸水も母は、もったいないからお水でよいと言う配慮が出てきたのだ。

 

前頭葉が確実に働いて来た証拠で自制が効くようになってきた。

赤ワインを寝る前に、150ml程飲んで寝る位になった。

 

この成果が今回のリハビリの素晴らしい成果だ。

 

散歩やプールでの歩行練習は、前回から行ってきて、体力的には改善しても

セルフケア―が自分で出来る様には中々ならず、ハワイでもノンアルコールのビールを飲み続けていた母だった。

それが、9月に入ると、運動量を少し増やした分、炭酸入りのミネラルウォーターにライムのエッセンシャルオイルを入れて

ビールと差し替えていった。

ビールには、依存性がありビールを飲むとカフェインと同様ドーパミンが脳から出て気持ち良くさせてくれる。

この反応がビールへの依存を作り出す。ビールはアルコール依存とビール依存でビールを飲まずにはいられない

依存症を発症する。

コーヒーやたばこもそうである。

依存症を改善するには、少しづつ量を減らして、最終的には使用しなくても良い日を1週間以上継続し、

身体的に害を及ばす場合は、そのまま使用を避け続ける。

 

79歳になる母にこれを説明しても、理解できず。

【どうせ短い一生好きな物を好きなだけ飲みたいわ。】と言う。

私は、【そうだね。でも、お母さんは104歳まで生きたお祖母ちゃんの子供だから飲んでも死ねないから、寝たきりだとハワイにも来れないし、最期まで自分の脚で歩いて、生き抜こうよ!お祖母ちゃんも毎日山まで歩いてたから、最期まで元気だったんだよ。】

というと、母は、【そうだね。実家から山まで、自分の子供立ちの家に立ち寄りながらの日課だったね。】

母の実家は、岩手県宮古市の地主で、実家から5キロ程離れたところに、山に山林と放牧をしていた。

跡継ぎがいなかったので、その後山は荒れ放題だったが、祖母はその山まで毎日歩くのを日課にしていた。

その実家も、2011年の3月11日の津波で流されてしまった。

 

時代は、変わる。

 

焦燥感に吹けるのも、オロマノ山脈にかかる霧がゆっくりと流れて行く景色を見ながら、

 

時の流れは、霧のようだ。

 

目に見えているようで、一瞬として同じ場所に存在せず、風に流されて行く、そして霧は、何処かに消えていく。

 

人間の人生も霧の様なものなのかもしれない。

 

母の人生は、母の自然体を整えて行きながら、生きて行く事で最期の母の人生が幸せだと母が感じて人生を生き抜いて行く。

 

この気持ちになれるように、ハワイの自然の中で母の自然体を整えて行く。

 

いつ人生の最期を終わらせても、後悔しない最期がくれば、それが人生であり、幸せなのだ。

母は、【人生でやりたい事は、全部やり遂げたから、今は自分の人生の余暇なの。】

と私に言った。ここまで、自分の人生を深く理解できるように母の思考能力が回復してきた。

 

今回のリハビリは、認知症になっても、脳の機能が回復する素晴らしい成果を確実に感じた。

 

毎日の軽い運動とバランスのとれた食生活、そして、内服用アロマセラピーブレンドカプセルの飲用と全身の母のヘッドマッサージと背骨と脚へのマッサージの成果だった。

 

この美しいハワイカイルアでリトリートをご提供しております。

ご興味がある方は、是非ご予約下さい。

詳細は、アーグッタのサイトにてご参照ください。

 

http://www.argutha.com/

 

*10月2日から16日までアロマセラピートリートメントのご予約を東京青山1丁目のレンタルサロンにて受け付けております。

是非この機会に、本当の全身アロマセラピートリートメントをご予約下さい。また、パーソナルブレンド(内服用ブレンド)の作成も受け付けております。ご予約は、Eメールにて受け付けております。

info@argutha.com

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

 

 

http://www.argutha.com/

ハワイの美しい自然の中で自然体の自分に回帰する。

  • 2019.09.13 Friday
  • 12:28

9月12日 木曜日 晴れ時々鱗雲とシャワー 気温28度

 

 ラニカイツインアイランドからの日の出は、目に焼き付く美しさが何度見てもある。

今朝は、6時16分に日の出だった。

カリーナをカリーナの友達ラニカイループの近所に住むマックスをPoo Poo ストリートに迎えに行き、

カイルア高校に送りに行った脚で

ジョンのご両親マーサとエドにヨガのレッスンを教えに寄るのが日課になってきたハワイの楽園生活。

 

ほのぼのと毎日ハワイの美しい自然に囲まれて生活をしていると自分が本当に誰であり、そして自分が何故

この人生を歩いているかが、自然体で受け入れられる。

 

5年前まで東京の殺伐とした人混みの中で生活をしていた自分が遠い昔の様に感じながら

パームツリーの生えるカイルアの町を清々しい風に吹かれながらハンドルを握り青い空と鱗雲を見ながら昔の自分を思う。

 

日本にい居ると何故か個人的事より、グループ・組織の中の一人を尊重してしまう。

 

勿論人間は、社会的組織を構成する一番高度な頭脳を物動物であり、集団の中で生きる事に自分の価値を見つける。

 

先週末のFINALのUS OPENでも感動した。

ロシア出身のダニール メドデフ世界代4位になった。USオープンのマンシングル準優勝に23歳の若さで輝いた彼のセリフや

カナダ出身のウーマンシングルテニスの優勝者のビアンカアンドリースクは、何度若干19歳の素晴らしいゲームの戦いの状況判断の鋭さだった。新人類共言える、冷静かつ鋭い状況判断そしてその、崩れない芯の強さの神髄は、ただ一つ2人共

決勝戦の後のインタビューでただ一つ彼ら達が行った私の心に響いた言葉は、

 

 【最後まで、自分らしくゲームをし続けて、1球1球を返して行くしかない。】

 

ニューヨークのロングアイランドにある、アッシャーテニスコートで 1万4000人を収容するスタジアムで、

マジョリティーの観戦者達は、自分の応援団ではなく、テニス歴代のスターの観戦者達だった。

その状況の中で2人共堂々と自分のテニスを最期までし続け、インタビューで自分を良くやったと認めていた。

 

私の心は、予想をかけ離れたこの2人に感動の心が動いた。

 

日本の競技やスポーツ選手では、全く考えられない回答だ。

これは、日本で育った私にも言える。

人生1回しかないからこそ、1球1球(その瞬間、1秒1分たりとも逃さないで)自分らしく生きていくのだ。

 

これには、やはり自分を冷静に考える、観察して行く力が必要である。

人に言われたから、人に見られているから、親孝行もその一つ、自分の人生があってこそ

親の介護もできるのである。

 

自分の人生を精一杯生きて、自分らしく生きる事で、心から人の介護や優しさ、思いやりが存在する。

 

 

自分が自分らしく生きていないと、介護や優しさが心からできずに全てが負担になり、かつストレスになり、

気が付くと人生のどん底にいたりする。

 

肩の力を抜いて、長期の介護生活を楽しくするためにも、自分を自然体にして行く

生活習慣が必要なんだ。

 

それには、今のご時世、多くの介護方法を検索して一番自分に合っている方法を選択するのが一番だ。

 

カイルアの高齢者の施設の最上階からの景色

ジョンのご両親は、84歳と85歳でまだまだ元気だが、エド(義父)がここ数年アルツハイマー型認知症になり、

マーサ(義母)が心配してハワイのケアーハウスを見学したりして将来2人がどのようにして

生活して行くかを検索している。

 

ジョンと私は、親愛なるジョンのご両親である為、出来るだけサーポートして行く事を伝えた。

 

余り早くに、ケアーハウス等に入ると認知症が進んでしまった例や、

私の叔父は入居日に、心臓発作で亡くなってしまったり、カナダのホストファイミリーの叔父さんは

入居した年にやはり、心臓発作で亡くなってしまった。

高齢になると、小さなストレスが実は生きる糧になっていたりする。

 

自立した生活を自分でして行くと言いう責任感が、自分の人生を生き抜いていく一番の糧である。

 

誰かに寄生したり、人に頼ってい生きて終うと何処かで健康のバランスが崩れていく。

 

自然の流れの様に、自分の人生を精神的・感情的・身体的に自立して自己確立を達成する事で生き甲斐が生じて来る。

この自己の確立をしない限り、心身のバランスが崩れて健康でかつ幸せな人生が確立できないのである。

 

それは、テニスのボール1球1球を返す事しかない様に、一日を大切に自分らしくどうやって生きていくか

を自問しながら、毎日、ぶれない自分を生きていく事である。

集団の中で生活していると、この事故の確率が難しくなり、寄生したり、集団に依存し過ぎたりして

生きていく事になり、気が付くと不幸せな自分の人生になっている。

 

ハワイのラニカイビーチの朝日を見ると、自分の新たな人生が毎日昇ってくるよう

毎日を新鮮な気持ちで生きられる。

 

日本で人生100年と考える生き方が、追求される中

遠い100年を考えて生きるより、毎日1日1日を自分らしく、自分を大切にして生きていく。

 

自分を大切にするヒーリングブレンドを作り、朝この香りと、ラニカイビーチから登る朝日のエネルギー

と一緒に、真っ白い砂浜に座り瞑想する。

 

【 自分とは、誰なのか? 】

【 自分が一番心地よい場所は、どこなのか?】

【 自分が一番幸せな時間は、何時なのか?】

【 自分が、大切にしたい人は誰なのか? 】

 

アロマセラピーのセリフヒーリングブレンドの香りは、脳のリンビックシステムへと伝達されて

深い瞑想の領域へと導いてくれる。

 

この香りをご希望の方は、info@argutha.com

までご連絡下さい。

 

10月2日から16日までアロマセラピートリートメントのご予約を東京青山1丁目のレンタルサロン受けたまっております。

パーソナルブレンドや内服オイルなどのコンサルティングも行っております。遠方の方は、お電話やEメールでも可能です。

ご予約お問い合わせは、E メール (info@argutha.com ) までご連絡下さい。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

 

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