楽園ハワイに朝焼けと共に着陸

  • 2019.02.27 Wednesday
  • 07:57

2月25日 晴れ時々曇り 気温20度

 

 朝焼けと共に楽園ハワイに着陸した途端に肩からすーと力が抜けるようにホッとする自分がいた。

6時間と2分の飛行時間は、長いようであっという間だった。

出発のぎりぎりまでオイルのブレンドをしていた私は、意外に疲れていた事に気が付き機内食もそこそこに、ぐっすりと寝ていた。目が覚めたのは着陸38分前、機内食も食べずに寝ていた。

飛行時間を感じずに過ごす最高のフライトだった。

 

着陸後、何時も私は、グリーンカードで入国なのに、必ず尋問付きの通関がまっている。

34年前姉の大学の卒業旅行に召使兼、通訳兼、ツアコン兼・運転手として付き添った時にマウイ島で交通事故を起こしたからだ。

その卒業旅行は、夏休みの2か月を姉と一緒に過ごすという試練の旅行であった。

父が提案し私は、そのリクエストに応えて旅券全てをカナダから私が19歳の時に手配した。

日程は、香港→ロサンジェルス→バンクーバー→バンフ→ニューヨーク→バンクーバー→ハワイ→バンクーバー島で私はそのまま学校に行き姉は帰国と言う姉の卒業旅行で合った。

姉が切れると常に虐待を受けていた私は、ハワイでは心身共に疲労困憊であったが、

朝一番の飛行機でオアフ島からマウイ島に行き、レンタカーをして従妹の隆君からお勧めのカーナパリビーチに向かう時に、

姉は、朝が苦手で助手席で寝ていて、私が地図を見ながら運転をしていた時、道に迷い地図を見ていたためにブレーキを踏み切れていなかったインターセクションでSUVとぶつかった。

一番安いトヨタの小型車のフロントがペッちゃんこになった。

接触した人が好いい人でSUVに傷がないけど、レンタカーだから警察を呼んでくれた。

姉が、ショックで呼吸こんなになり、救急車を呼んでくれて救急車で病院に運ばれ全て検査したが、骨どころかどこも悪くなくて、最期に、記念に金髪の救急車の救助係の人と写真を撮りたいから、私に頼んでくれと言われて、姉は、写真を撮り満足げだった。

私の両肩をハンドルにぶつけて打ち身ができて居たのが一番ひどかったくらいの事故だった。

この時に、何故か警察で指紋をとられていたようで、この記録の為に2001年911事件以降アメリカの通関と時に

小さな尋問室に入れられて待たされるのだった。

姉に呪われている様な、事件であった。

 これが、ハワイに入る時のストレスに感じるが、グリーンカードが手元にある限り入国は可能なので、

少し肩の荷が軽い感じ尋問を受けた。

そして、『ミスバーク』と移民局官が私を呼んだ名前の響きに、

『イエス』と答える自分に喜びを感じていた。

ミスバークと呼ばれる旅に、400年の呪いが溶けて地球の雫となって消えて行くようだった。

『亀岡』の名前で呼ばれない自分に、長年の家族の柵から解放感を感じていた。

今回の移民局官は、少し細かく尋問をしてきたが、ミスバークと呼んでくれたので、嬉しい自分を楽しみながら

真剣に尋問答え、入国審査をおわると、

なんと私が最後に出てきたみたいで、バゲージのカーソルには、誰一人いなく私の黒いスーツケースが2つ置かれていた。

 

ジョンが、ホノルル空港まで迎えに来てくれて、彼の温かくて広い胸の中に包まれるとホッとした。

一人暮らしが長い私には、まだまだ新鮮な心地よさだった。

ハイウェイ4号線を車を走らせて行くと、広大なハワイアンの聖地でもある火山で創造された波打つよな表面の山脈にジャングルの緑の濃い木々の中に時折、オレンジ色のアフリカンチューリップの木にオレンジ色の花咲き乱れ、朝きりの中に幻想的に山々が迫るハイウェイを通り抜ける。それは、まるで映画の中にいる様な景色が目の前に繰り広げられる。

トンネルを抜けると、ハイウェイの下には、平野が広がりその先に、エメラルドグリーンとサファイアの青が重なる海と白い砂のビーチに沿って見えてくる。

朝方雨が多いいオアフ島カイルアでは、7時半には、雨が上がり青空が雲の合間から見えてた。

『 あー家に着いた。』とジョンが言うと、首の後ろの力が抜けて心が軽く温かくなった。

ジョンが、仕事に出かけて私は、私の子供の様に大切にしている22種類の香り深いオーキッド達を観察して、18日間の成長を楽しんだ。

パラパラとまた雨が空から落ちてきて、雲の合間の青い空を見ると目の前のオロマオ山脈に大きな虹の架け橋がかかっていた。

私は、心のかで虹に向かって、『ありがとう。そして只今』といっている自分に幸せを感じていた。

この虹を香りで表現出来たら美しい香りになるだろうと思い、アロマセラピーの部屋に入り、ナチュラルパフュームの

レインボーのブレンドを作成した。

この香りを聴くと、雨上がりの清々しい気持ちとそして虹かける願いが叶う香りである。

 

私にとって、香りはアートでもある。天然の香りの数千もの成分が重なり合い、美しい天然の香りを創造する。

その香りの微粒子が鼻腔を通り、嗅球から大脳辺縁系へと伝わりそこでマジックが起こる。香りの微粒子が脳へ

伝達されると、人それぞれの化学反応を起こし、想像もつかない素晴らしいマジックが起こって行く。

自然と自分なり考えと行動がとれる様に、香りを聴けば聴くほど、驚くほど自然な自分を発見していく。

 

私が今楽園ハワイに愛の溢れる家族に囲まれて生活しているのも、自分に必要な香りを聴き続けて

20年の結果の賜物だ。

 

幸せは、突然訪れるのではなく日々の行いの積み重ねで、一歩ずつ虹の架け橋を渡り、気が付く自分が幸せの渦の中にいるのだ。

 

是非アロマティックジャーニーを皆さんもして幸せの渦の中に入ってみませんか?

その第一歩が、幸せの架け橋の香りの『レインボー』の香りです。

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

info@argutha.com

( ナチュラルパフューム『レインボー』をご希望の方はEmailでご連絡ください。』

果てしない夢をかなえてくれる。

 

 

 

 

 

数字で実証されたアロマセラピー効果

  • 2019.02.20 Wednesday
  • 06:42

2月20日 晴れ 気温 18度

 

今日は、めっきり春らしい天気の日だ。

水仙が母の家の軒先で満開開花してたので切り花にして家の居間に飾ると・・・母は、香りが嗅げなかったのが母に

『花の香りが春を思わせるね。』といって水仙の花を渡すと

母が水仙の花の香りを嗅ぐ、花のブーケの香りが嗅げなかった母が、『ほんのりと香がするのね。』

といって香りを感知しているようだった。

アロマセラピーの脳の感覚機能の活性効果で香りも少しずつ感じられるようになった母。

 

母自信が香りを嗅いで、春の兆しを喜んでいるようだった。

 

近所の病院で2か月のハワイでのアロマセラピーリハビリ成果を確認するために血液検査にいった。

ハワイでは、母の好物のアヒのお刺身や天然サーモン・カウアイ島のエビを上げたり、カフクのガーリックシュリンプをたべたり、

チャイナタウンで飲茶を1か月続けて毎週末食べにいったり、美味しい物を沢山食べた。

お酒は、パティーとの時に制限付きでワインを5⁻6杯飲んで、お酒だけ制限して可なり食べ物は自由に食べていた。

毎日のフレッシュコールドプレスジュースと水分補給・そしてアロマセラピーの経口カプセル(一日4回)を継続しただけだった。

 

人生1回きりなので、楽しんで美味しい物を無添加・天然を意識して食べた。

 

体重は、毎日の1時間ほどの散歩とアロマセラピー―カプセル(代謝促進 プサンシンCO2配合)が効いた様で

それでも3キロ落ちて御腹周りがすっきりしてきた位だった。

 

平成29年は、アロマセラピー経口投与を1年したので、その時の数値が一番良いが、

平成30年は、私がビザをハワイで修得期間中約1年母は一人で頑張ったのだか、ウィスキー角瓶半分を飲むと飲んでいたので、

ガンマ(r-GPT)がなんと 200(50以下が正常値)まであがり、中性脂肪が189(149以下が正常値)まで上がってしまい。

尿酸は、29年には4・5の正常値までさがっていたのにこれも8.9(7以下が正常値)と可なりの高い数値で、肝硬変にむかって

超特急で直進してしまっていた。

これが、2か月の間のアロマセラピー経口投与の効果で、

ガンマが 120まで下がり、中性脂肪も126(正常値以内)まで下がっり、尿酸は7まで下がった。

勿論まだまだ高めだが、二カ月の短期間でこの成果を数値で確認できた。

お薬を一切飲まずに、手料理・無添加・天然素材とフレッシュジュースだけを意識した食とアロマセラピー経口投与を1日4回(1ml×4)で肝機能を此処まで回復する事が出来たのは、何よりだった。

 

高齢の78歳の母の内臓機能でもここまで回復力があるのは、素晴らしい成果だった。

 

そして、あんなに嫌がっていたアロマセラピー経口投与を今では、母自身が率先して健康の為に飲む気持ちで一杯になっていた。

帰国後旧日光街道の散歩道をシルバカー無で歩く母

私に、『貴方がハワイに行ったらこれ飲めないの?』といったので

私は、『大丈夫、7月に変えるまで作り置きして冷蔵庫に入れておくから、自分で飲んで下さい。後デイサービスの

人に渡しとくからディサービスでも飲んでね。』

と可なり意欲的なのもとても嬉しがった。

母の体内のセラトニンとドーパミンのホルモンのバランスがこれも、経口アロマセラピーの効果で、正常化してきて、意識もしっかり前向きになってきている母をみて、なんとも嬉しく感じながら

 

素晴らしい結果を前にして、月曜日にハワイの我が家に帰るのを指折り数える私だった。

 

人生何歳になっても根気強く頑張っていれば素晴らしいアロマセラピーの効果を母は実体験してくれた。

 

やりがいがあり、感謝感激である。

 

ラニカイのピルボックスからのツインアイランド

土曜に姉の娘が母に逢いに来てくれて、母の目覚ましい回復に喜んでくれた。

草加駅前に3人でご飯を食べに行って、

夏の3人でのハワイ旅行を計画に話が弾んだ。

話をしているの彼女の夢は、留学して英語を勉強したいとの事、そこで私が、ハワイの我が家に住んで留学

する事を勧め、それには、頑張って英語を勉強しておいて、と言うと彼女は、嬉しいそうにうなずいていた。

 

姪が生まれて直ぐ、姉は育児放棄で何時も外に夜遊びに行って、毎晩帰らす、ほぼ7歳まで母が育てた姪だった。

母は、孫を凄く溺愛していたのだが、姉は再婚相手の所に家の自分が住んでいた母の2階の部屋もぐちゃぐちゃの状態で、

突然居なくなった。これは、私も同じ経験を持ち、20代の頃姉と一緒に母の持っていた都内のマンションに住んでいた時に

突然ボーイフレンドの所にスーツケース1個で出て行き、ごちゃごちゃのごみの山の姉の部屋は、数か月そのままの状態で、1本の電話があり、どうしたらよいか聞くと

一言、『あんたが、捨てといて 』といわれて、当時会社勤務で毎日激務の私が1か月かけて整理し、

出来るだけ廃棄した経験がある。

その後、30年経て母に同じことをしたのだ。

当時母は73歳で頭をぶつけて、一過性虚血で寝たきり状態だったので、勿論かたずけたのは、私であった。

姪の夏のハワイ楽園生活は、そんな姉が、大きな厚い壁であった。

姉は、コントロール心・嫉妬心・自己中心型の負のエネルギーの固い意志の塊の様な人なので、

一緒に行くの大丈夫かと心配していたが、14歳の姪はハワイに大好きなおばちゃんと皆で行きたいの思いで一杯で

『大丈夫。』

と一言。私にいったが・・・・・

不安な思いが心で一杯になりながら、その日彼女の後姿を草加駅で見送ると、案の定その晩、

姉からのメールで、『ハワイには、行かないし行かせません。』と長々と文句のメールが来てた。

切ない気持ちで一杯で、現実を目の当たりした。

姪は、姉に内緒で母に逢いたいばかりに遊びに横須賀から3時間かけて、来てくれて、そして将来の留学の希望を夢見ていたのに

それを伸ばせない親の決断は、全て子供を自分のコントロールの配下に置き、自分の所有物の様に支配下に置き、個人の意見を消滅させてしまう親である。

これは、残念ながら母にも同じ様な性格があり、やっぱり親子だった。

『親なんだから、親のいく事を聞くのは、当たり前。』

『育てているんだから、親のいう事を当たり前。 』

 

あー!溜息!

 

子供でも、所有物では無く一個人として、その子の意見を尊重する育て方が、素晴らしい子供の未来のある育て方だと私は、自分の経験上考える。

 

私は、カナダの留学経験を経て、素晴らしいカナダのホストファミリーに何時も、

『後悔しないように人生1回だから自分を大切にして生きてくのよ。』と言われて、私は個人の意見を尊重する事を学んだ。

私、一人家族の中で浮いていて、母と姉とも別格で自由意志で自由を尊重する分、相手の意見を尊重するのが、モットーだ。

一個人が決めた事を尊重し、その人が納得いく人生を歩いて行くと、失敗しても成功しても全て自己責任であり、そこから生む事もあり、くじける事もあるが、自分で決めた事だから後悔もせず、人任せでない、自分の人生を強く生きて行く事を学ぶ。

全てが自分が、納得が行く人生を、歩む事が出来る様になる。

勿論も責任感もでてくる!

人の意見に流されて自分の人生を投げやりに生きてしまうと、後悔ばかりで心が重くなり次第に、人生は重い試練の塊になり、人頼りの、人生を生きて行くのだ。そして、残るのは、恨みや妬みだけのネガティブな人生だ。

 

その点ハワイの我が家は、私にぴったり、あまり自由意志過ぎて日本人の私は、戸惑いを感じる位だ。

カリーナは、ジョンに、『 you are not always right .』という。(お父さんが何時も正しくないから。)

13歳の時に言って来たくらいだ。

ジョンは、それに対して、『 TRUE 』 と一言。( それは、真実だね。)

 

母は、アロマセラピーで元気になりつつある喜びと、夢を打ち消された、姪への切ない心痛い思い出一杯の私は、

春の風吹く2月の終わりに、水仙の香りを楽しみながら、癒されながら、この切ない思いは、今は、残念ながら何もできない。

彼女が成人するのを待つだけだった。

でも心に固めておくのも精神的に辛いので、この気持ちを解放するブレンドを作って、瞑想した。

 

TURE FREEDOM (ナチュラルパフューム)

香りは、日本の春の風が自由にハワイまで飛んでいく軽やかな香りにできあがりました。

心が軽くなり、何時かかなわない夢がかなう思いでいられる香り。春の希望の香りで心赴くまま自由に生きる事を

瞑想して、実践していく事を香りが導いていきます。

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

*True freedom のパフュームをご希望する方は、Emailにてご連絡下さい。

info@argutha.com

 

 

 

ハワイの楽園生活を体験できるプライベートリトリート4月から受け付けます。

  • 2019.02.04 Monday
  • 10:30

2月 5日 火曜日 曇り時々晴れ 気温24度  

いよいよ母のハワイでの認知症改善アロマセラピーリハビリが、明日で終わりになます。

素晴らしい成果の末に終わりに近づいていてほっと心をなでおろしている所です。

母と娘は何時まで経っても、母と娘の関係なのでそんな中リハビリを指導していくのは、感情的に

落ち着て行かないとスムーズに進みません。

家族から離れたい一心で17歳の夏に家を出て、留学して以来、母には感謝して日々生活しているのですが、

中々の心の葛藤の中の2か月集中アロマセラピーリハビリは、要介護3から1辺りになりました。

 

そんな心中、脳の75%は遺伝するとバイオロジー的に証明されているのは皆さんご存知のとうりで、

親が認知症になり自分が認知症にならない為に何をしなくてはならないか?

ジョンの娘カリーナ13歳に、私の母の認知症の状態を見て、私に鋭く明言をした。

『みどりが、認知症になったら、バンクーバー空港に置き去りにするからね。』

つまり、認知症にならないように頑張れ!という助言をもらった。

 

勿論認知症にならない心がけは、日々しているが、両親とは17歳から全く違うライフスタイルで生活している私は、

体質も今では、全て改善されている100%健康体です。

 

認知症にならない為には、身体的に3点の要因を改善して行かなければならないのです。

 

 々盞谿

◆々盞貪

 高コレステロール

 

これらの3点は、アロマセラピーの経口投与カプセルで改善して行く事が可能です。

(気がかりな方は、是非メールにてご連絡・ご注文下さい。info@argutha.com )

 

そして一番のチャレンジが、ライフスタイルです。

認知症にならない為に6点のライフスタイルが多くの文献から抜粋してあげてみました。

 

 ^Δ垢襯僉璽肇福爾箸離薀ぅ侫織ぅ狎験茵福”廖ξ人・家族・ペットなど )

 

◆ー匕鯏な生活。( 友人との交流や家族との交流 )

 

 好きな事・楽しい事を日々する生活。

( 美しい音楽を聴く。美しい香りを嗅ぐ。おいしい天然食を楽しむ。美しい景色を楽しむ。)

 

ぁ〃敕戮扮薪擇鯔萋45-60分する。( ヨガや散歩など。)

 

ァ.好肇譽垢魏鮠辰垢覦戮縫泪奪機璽犬籵堊曚鯑々の生活に取り入れる。

 (アロマセラピートリートメント・呼吸法)

 

Α〜宛きな思考での生活。

(人生なるようになるので、毎日できる事をして日々楽しんで生活する。) 

 

この6点を全てクリアしている私のハワイ楽園生活ですが、油断は禁物ですが、先ずは一安心。

人生を楽しみながらハワイで楽園生活は、美しい景色とのんびりとしたライフスタイルと風習がハワイ人気の秘訣です。

 

此処で、ハワイのロカールな生活を楽しめるアロマセラピーリトリートを皆さんに4月からご提供いたします。

ブログを読んで下さっている方にいち早く、プライベートリトリートになりますのでお早めにご予約下さい。

(3月1日から受け付けます。)

 

 

ハワイカイルアオアフ島でプライベートアロマセラピーリトリート

 

癒しのカイルアを楽しむリトリート

日常の生活のストレスから解放される為にプライベートなハワイの楽園生活を楽しむリトリート

旅を通して、ヒーリングを求めている方におすすめです。

青い空・青い海・そして贅沢なプライベートな時をハワイがあなたを待っている。

 

一人でハワイに来て、集団の煩雑された社会から解放されにハワイに来ませんか?

ハワイのライフスタイルをヘルシー&ハッピーに楽しむリトリートをご提供します。

 

カイルアの閑静な住宅地のオバマ大統領がバケーションで来るカイルアの小さな町に滞在してハワイにまるで住んでいるようにリラックスできる、

一軒屋に滞在しハワイのライフスタイルを楽しみながら贅沢な時を過ごす。

アロマセラピスト&ヨガインストラクターとして22年間東京をベースに活動、エアラインのコンシェルジュで15年間働いて来た経歴のアロマセラピスト(Mrs.Midori Burke)が気取らないおもてなしと健康になる秘儀をご提供するリトリートは、貴方だけのプライベートリトリート。

朝ヨガやビーチサイドを散歩・ハワイを気ままにドライブしたり、美味しいローカルの食材を楽しんだり、大自然の中でパーソナルブレンドで瞑想・全身アロマセラピートリートメントでリラックスしたり、お好きなプランをたのしめます。

ご予約は、一人から、またご両親、ご友人、お子様、旦那様やパートナーとご一緒にもご予約できます。

 滞在場所には、南国の雰囲気を万逸のハワイアンキルトのキングサイズベットのベットルームが1階と2階に2部屋にあり、バスルームがここの部屋に設置され。2階のベットルームからは、カイルアのツインアイランドそしてモコレアロックの景色を楽しみながら目覚められます。1階には、小さなキッチンと冷蔵庫・電子レンジが設置されており、リビングルームがございます。

プールが屋外にあるプールで気ままにスイミングを楽しめ、プールサイドで夜空や青空を眺めながらヤシの木を見ながらハンモックに揺られてリラックス、マリンスポーツを楽しみたい方には、目の前の海にサーフボードやカヤックでハドリングができる素晴らしいプライベート空間を楽しめます。

 朝カイルアビーチパークで気持ちよくヨガや散歩をして始まり、日中はのんびりお部屋でリラックスまた、ハワイの歴史的な場所を訪れ、夕方は、本格的なアロマセラピートリートメントでデトックス・リラックス・エネルギーを充電して過ごすリトリートをご提供してまいります。

滞在中また体験したい事やまたご希望がございましたらお気軽にお申し出ください、ご希望に沿ったリトリートにプログラムいたします。また日本からのフライトのお手続きがご希望の方はご連絡下さい。日帰りコースまたご滞在のホテルにて。

ご滞在のホテルまでお迎えに参ります。またはご滞在先のホテルで行えます。

30分ほどコンサルティングを行い、心身のバランスを整えるパーソナルブレンドをその場でブレンドいたします。トリートメントは、ロミロミマッサージ・筋膜マッサージ・リンパドレナージュ・スエディッシュ・リフレクソロジー・クラニアルサークレット・レイキを取り入れて行います。 (約90分)

初回カウンセリング付き USD300ドル 2回目からUSD210ドル(送迎料金80ドル)子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

12日コース 

カイルアのビーチを見ながら邸宅に滞在し楽園の中で行うリトリート、送迎サービス付き、

チェックイン3pm (アーリーチェックインは追加ご料金60ドル)

4時半 全身アロマセラピートリートメント 90

朝 8時半 パーソナルヨガ30分から90分からご希望で時間を決められます。

ラニカイビーチやカイルアビーチのお散歩を楽しみながら行います。

ウルポヘイアウの観光;古代ハワイのテンプル広大な敷地に並ぶ岩壁とトロピカル植物茂神聖なパワースポットです。

 

ご料金:1人:USD 695ドル (宿泊費・コールドプレスジュース・アロマセラピートリートメント・ヨガ・送迎付き)子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

2泊3日コース 

チェックイン3pm(アーリーチェックイン 追加ご料金60ドル)

4時半から全身アロマセラピートリートメント 90

1日目

8時半からパーソナルヨガ 30-90分ご希望で時間と内容を決められます。

お昼からご希望でカイルアの観光・ラニカイビーチ・カイルアタウン・ウルポヘイワ(古代ハワイアンテンプル)への散策・植物園見学

4時半からアロマセラピーヒーリングコース 90

2日目

朝 カイルアビーチパークでヨガ

12時チェックアウト

送迎付き

価格一人:1490ドル(2日間宿泊費・コールドプレスジュース2日分 アロマセラピートリートメント2回・ヨガ2回・オーガニックアメニティーキット2日分・ワイメアフォール観光・送迎付き)

子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

ノースショアのバンザイビーチ

 

 

 

 

45日コース

3時チェックイン

4時半から全身アロマセラピートリートメント

1日目

8時半からヨガ カイルアビーチパークで気持ちよく雨の日は滞在先にて行います。

ワイメアフォール観光・ノースショア観光

午後4時半から全身アロマセラピートリートメント

2日目

朝ヨガ

ダイアモンドヘッドのパワースポットをおとずれ、マカプー・潮吹き岩などを訪れます。

午後4時半 全身アロマセラピートリートメント

 

3日目

朝ヨガ

ワイケレアウトレット・アラモアナショッピングセンター・ワイキキでお土産などご購入される場合は免税店を訪れます。

午後4時半 全身アロマセラピートリートメント

4日目

朝ヨガ

カイルアの古代ハワイのテンプルウルポヘイアウ観光・ボタニカルガーデンでトロピカル植物園見学

午後4時半 全身アロマセラピートリートメント

5日目

朝カイルア公園にてヨガ・ビーチの散歩

チェックアウトお昼12

価格1人USD 2995ドル

4泊の宿泊費用・ヘルシーコールドプレスジュース 内服用カプセル4日間分・パーソナルアメニティーキット4日間分・アロマセラピートリートメント4回・ヨガ4レッスン・観光費用・送迎費用)

子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

 

*ご希望でシルバーカーのご用意もございます。(無料)

*観光スポットを変更する事もできますので事前にお電話やメールでパーソナルプランを組み立てる事も可能です。

*お食事のご用意が、ご希望の場合は、ご予約の時にご連絡下さい。体質別または、食べたい物を健康的に調理してご案内いたします。例)グルテンフリー・ホールフード・ビーガン・ベジタリアン・糖尿病・高血圧・ジュースファースティングなど。15年程料理研究を重ねたMIDORI BURKEが材料を厳選してクッキングしたものをご提供いたします。

*料金に含まれて無い物、航空券・お食事代 海外保険料。

*お支払い方法は、りそな銀行振り込み(為替レートの変動により価格の変動がございます。)またはクレジットカード(マスター・ビザカード)

 

 

カイルアラ二カイビーチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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携帯090-6526-6334  HAWAII 808-491-7600

 

 

 

ハワイでアロマセラピーで認知症リハビリ成果

  • 2019.01.22 Tuesday
  • 12:04

1月21日 晴れ 気温24度

 

 家の外から見ようと芝にでてブラッドウルフフルムーンの月食を探したが、月が登東側はピルボックスのある山の為

フルムーンが見れない。

ラニカイビーチにジョンと二人で家から歩いて見に行くと、月食を見に歩いている人達に行きかいながらハワイでの初フルムーン月食を見るのに胸が高鳴った。

ビーチサンダルをラニカイビーチに降りる階段の上に脱ぎ捨てて、脚早くビーチに降りて行くと波が足を濡らした。

海の水が冷たくて気持ちよく感じたが、ハワイ育ちのジョンは、『コールド』と言って飛び跳ねた。

ツインアイランドの丁度上の方を見ると、オレンジ色の満月が千古花火最後の大きな玉の様に空にぶら下がっていた。

オレンジ色の丸玉にうっすらと逆三日月のように黒い影が神秘的に陰ってる。

『 月食だ。』

52年生きていて、初月食体験。胸が一杯になった。

宇宙の影をこの目で体験している。

子供たちが、砂遊びに夢中になり、親達は偉大なる自然現象を楽しんで空を見ている。

『なんだか、夜の海で泳ぎたくなった。』とジョンに言うと、『GO FOR IT』と言って肩を押してくれた。

コットンのセーターを脱いで、ヨガウェアーのまま海に足から膝まで入ると、ひんやりとした水が波のさざ波で胸まで来た。

ザブンと身体を海に投げ入れると、海が全てを受け入れてくれるように身体全体を包み込んだ。

身体を波に任せて浮かせて、夜空を見るとオレンジ色のブラッドフルムーンが幻想的に空に浮かんでいる。

その瞬間全てが解き放されるように自由になったようだった。

30代の頃多くのリトリートに参加して、自分の不幸な家族からの柵から解放されるために、コンプレックスから解放される為に

自分を解放・ヒーリングしてきた。その旅に、バラの花の花びらが一枚づつ開くように心の固いものがほぐれて行った。

そして生き続けて行く、力と勇気を付けて行った。

ラニカイビーチのサンライズやオロマオ山脈に沈む夕日や幾つもの虹・そして月光全ての大自然の癒しのエッセンスが

今目の前にある事に地球への感謝の気持ちで一杯になった。

そして、ブラッドウルフフルムーンの月光の下で明け方に全ての過去を解放して新しい年への希望に向かって瞑想をした。

 

78歳の母の認知症の検査結果がケアーマネージャーの牧さんから連絡がきた。

なんと要介護3だった。

確かに、ハワイに来る前の母の介護度は、1人ではトイレ以外は何もできず。

車椅子がないと移動できなかった。

12月11日から今1か月と10日が達、目を見張るほど介護の必要性が低減している。

2・2キロの朝の散歩もシルバカーに座りながらゆっくり90分かけて歩いていたのが、今ではお休みなく45分でトイレにも

よらずに歩けるようになった。

洋服も自分で全て着替えられるようになった。

車に乗るのも自分で乗り、シートベルトも自分で閉められるようになり、思いやりもでてきて

『あんまり、お願いばかりしているとみどりに悪いから、自分でやるわ。』という余裕も出てきた。

前は、『やってもらうのが一番。』と『一人で気楽に生活できる日本に早く帰してよ。』威張っていたのだが、

可なりの人格もいつもの母になってきた。

そして、ヨガの練習にも参加できるようになり、やる気が段々と高まってきた。

元の要介護1までに戻ってきて、本当に助かった。

母が、『脚をマッサージしてくれてるから、脚のしびれが取れて歩きやすくなってきたわ。』

母は、一過性虚血脳血栓をしてから、脚と足がしびれていて、触るだけでも触られるのが辛くて怒っていたのが、今では感覚が戻ってきて、リフレクソロジーの圧を賭けてマッサージすると『気持ちが良い。』といって喜んでくれている。

膝の痛みも緩和されてきて、素晴らしい成果だ。

 

ジョンも、『お母さん、凄く元気になってよかった。』 と喜んでくれた。

 

ネガティブな事は、認知症の病気の母が言っていると割り切って聞き流し、

ポジティブな母の言葉に感謝して、残りの20日間ほどのリトリートに気合いを入れて、

パワフルな力強い香りと幻想の世界へ導いてくれるブラッドウルフフルムーンパフュームと一緒に瞑想をして、ハッピーハワイアンライフをビジュアライズしていく今朝の私だった。

 

LOVE&AOHA、

MIDORI

 

 

 

 

認知症をアロマセラピー&リハビリの対応結果

  • 2019.01.04 Friday
  • 04:03

1月3日 晴れ 17度 ビックアイランド ワイメア

 

ワイメアの夕日

 ビックアイランドのワイメアは、標高814メートルの高原なので、朝晩が冷える。

昨日朝早くに、ホノルルからコナ国際空港に朝9時に着くと照り付ける太陽が気持ちよく肌に感じた。

 

 黒い岩肌溶岩がどこまでも続くハイウェイ19を張りり抜け、ハイウェイ190に入ると登坂のカーブの続く道になり景色が緑の高原地帯にはいりの車を1時間ほどでワイメアについた。車から降りると、温かい太陽の日差しと冷たい風が気持ちよく感じた。

母は、『うわー寒い。』 カリナ―は、笑顔で冷たい風を喜んでた。ジョンは、寒い寒いと長袖の厚手のシャツを取り出して急いで着た。私もカリーナと同様冷たい空気が気持ちよく感じた。

 母のリハビリ12月11日から初めて23日が過ぎた。その内4日間ほど母は帯状疱疹で寝込み、クリスマスパティーで暴飲暴食をして3日間下痢で寝込んだので、1週間程体調を崩してしまった。

 母が下痢になった時には、かなり大変でした。認知症になると排便が気になり、父が認知症で寝たきりになった時もそうだったのですが、おしりの穴が気になるようで、便がでてくるとそれを触ってしまい、父の時には目を離すと触った手で其処らじゅうを触り家じゅうが汚物の匂いで可なり辛い日々が続いた。そして車いすでリハビリに病院で行く時に我が身に帰り、爪の奥に入った便を見てびっくりして手袋をしたいと言って来たのを記憶している。

 母の場合は、12月27日の朝私が母の寝ている部屋の前を通ると物凄い汚物の匂いがして、急いで母のベットに行くと母は起きたばかりで朦朧としている様子の中、お尻の穴が痛くてと訴えてきた。母を抱えるように起こしたとたんに既に軟便がもれていたので、私は息を止めながら母に持ってきてあった紙パンツを履かせた。はかせる瞬間から、も既に便が流れ出てきた。

私は、目をつぶり息を止めてながらの作業だった。

 ウォシュレットでお尻を洗浄して紙パンツをはかせてを一日何回をして、母が横になる場所全てに気が付くと汚物がついてしまい、洗濯機を3回1日回し、その間下痢用の飲用のブレンドに変えて、脱水状態にならないように水分を十分にとってもらい、痔用の軟膏を作り、母にコットンに軟膏をつけて患部に塗布してもらった。

本当にありがたいことに、母は、下痢でも自分でトイレに歩いて行き紙パンツに取り換えてくれる。父の時は、要介護4に既に認知症が進んでいたのでそれは、それは大変だった。

我が家から見た大晦日の虹、ハワイの諺
there is rain ,there is raibow 
嫌な事があるから奇跡が起こる。

  人生多くの辛い経験を積んで行けば行くほど難なく多くの事を乗り越えられる1つの利点だ。

カリーナは、シアトルに産みのお母親と旅行中だったので迷惑にならずに良かったが、ジョンがお休みなのに家じゅうが悪臭で充満してしまい、本当に申し訳なかった。2日目からは、何とかシーツを汚さず紙パンツだけで済み、3日目からはほぼ紙パンツも汚さずに済み、2日間おかゆと梅干を1日2回だけだった。1日目、母が殆ど食事をしなかったので、私が御粥と梅干を母に食べさせていると、ジョンが心配してクリニックに行かなくて大丈夫かと聞いてきたので、3日間様子を見て改善されなかった連れて行く事にした。3日目から、母が御腹がすいたといったので、オーガニックチキンの骨からスープストックを圧力なべでセロリ・人参・ニンニク・生姜・玉ねぎと家で育てたターメリックの根っこを擦り入れて作り、御粥を作り食べてもらった。4日目からは、普通に食事ができて大好きなお魚の照り焼きとチキンスープとごはんを食べられるくらい元気になった。

 1月2日からビックアイランドでの旅行だったので、治るか心配するほど、大変だった。

4日目の朝、31日には、母に『カイルアビーチに散歩に行く?』聞くと

母は、『家でテレビ見ててもつまらないから行くわ!』と前向きな返事に

私が笑顔で『じゃ、着替えて行こう!』と言うと、いつもは、『着替えを手伝ってよ。』言っていたのが、

なんと着替えも自分で出来るようなり、びっくりするほど自立してきた。認知症になると何時もしていた事が一人で出来なくなり

見守りが必要で、順番を毎回説明しながら、歯を磨いたり、顔をあらったり、着替えをしたりしなくてはならない。

私は、必ず母に同じ順番で丁寧説明を30日までしていた。倒れていた時はほぼ、私が全てしていた。

1月3日今の母は、身支度を自分で99%できるようになり、外出先のカフェで初めて私に『あそこが、トイレ?』聞いてきた。

私が、『トイレに一緒に行こうか?』と聞くと『一人で行ってみるわ!』と張り切って笑顔で私にいった。

シルバカーもいらないと言って確かな、ゆっくりとした足取りで歩いていった。

凄く心配だったが、我慢して椅子に座って待っていると、母がゆっくりとした足取りで笑顔で戻ってきて、

 

『一人で、トイレに行けたわ!』と言って来た。わしは、笑顔で『凄いね!お母さん。』

 

50ml先のトイレに一人でゆっくりと確かな足取りで歩いて行った。私は、母の後姿を見ながら胸が一杯になった。

 

2014年の冬2月に倒れて頭を打ち血だらけで倒れ、寝たきりなっり早く死にたいと叫んでお酒ばかり飲んでしまっていた母が、なんと今2019年1月一人でビックアイランドのクイーンマーケットのフードコートのカフェのトイレに一人でシルバカーを使わずに行けるようになったのです。

 記憶力も可なり回復してきて、自分がどこに何を置いたかを覚えているようになり、集音器が見つからなかった時にベットの左側に置いた事や3年前に母の親友が肝臓がんで亡くなり母と私がお葬式に行った事など、私が母の好きな歌手で2人で帝国劇場にコンサートに行った名前を聞くと『誰だったかしら?』といって一生懸命思い出して、10分もしない内に『小林旭じゃない?。』と思い出すように言ったり、記憶力も少しずつ回復してきた。勿論、携帯は使えないし、お料理は一人でまだできませんが、可なりの記憶力の回復です。

これは、母の生命力の力の強さとアロマセラピーの効果と励ましながらのリハビリ、デイサービスや介護サービスのヘルパーさん達の総合的な成果です。

 

 認知症には、100人いれば100種類の症状があります。

その状況によって、方法はそれぞれ異なりますが、父の時のように特殊なピック病(前頭葉側頭葉認知症)でも効果は、ありました。生活の安全な環境を整え、リハビリ(身体的:ウォーキング・ウェイトリフティングなど/社会的:デイサービスで家族以外の人とコミニケーションまたは好きな趣味のお教室に通ったり・スポーツクラブに通いクラスをとる。)、アロマセラピー(経口経皮投与)・生きる目標見つける(生きがいや好きな事をする。)が必要です。これは、健常者の健康の基本にもなります。最後の最後に健康的な食生活(野菜と果物中心のバランスダイエット)が大切になります。ただし、これがストレスになると良くないので、バランスを大切にして好きな物も食べながら、健康な食生活をしていくのが大切です。

 

アロマセラピーの経口投与の効能*****

  主に脳の活性化(記憶力の回復・ホルモンバランスの効果:より良い睡眠・抗うつ効果)・身体全体の消炎作用が主な効果(内臓の炎症を抑える・腸内善玉菌のバランス効果など・コレステロールバランスなど)

経皮投与の効果******

 主に身体的に働きます。60歳を過ぎるとほぼ認知症の人々は正確臭覚能力を保持してないので、香りの効果より経皮投与で腕や脚・足の筋肉・皮膚・神経の抗酸化(若返り)効果・背骨にそった優しいマッサージにより自律神経系統の活性鎮静効果・ヘッドマッサージによりバランス感覚を活性していきます。

 

 全て一遍に始めるとストレスになるので、少しずつ環境を整え、アロマセラピーも内服から初めてみたり、また身体的な問題が多いい場合は、マッサージから初めてみたり、目標を決めて認知症のご両親の見守りをして見て下さい。

アロマセラピーのご相談は、Eメール(info@argutha.com)で受け付けておりますので、ご連絡下さい。

初めに30-40分のお電話でのコンサルティングをして健康状態を確認して、ブレンドのご提案をいたします。

元旦のラニカイビーチからの朝日

 

2019年の新年ブログを読んでいただいている方とご家族のご健康と幸多き一年になりますように元旦の朝日にお祈りしてました!

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

info@argutha.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母3日目で左脇腹に激痛!(帯状疱疹?) 

  • 2018.12.22 Saturday
  • 01:58

12月21日 金曜日 晴れ時々雨 気温24度

 

寝室の窓から、満月の光が差し込んで朝6時前に目を覚ました。幻想的な月光が5本のヤシの木の上に輝く美しい冬至の日だった。

 

 母を連れてハワイに来て10日が過ぎ、私たちの家族と母との生活が少しづつ落ち着いてきました。

毎日の日課の目標を立てて初めは、母も私が張り切り過ぎてしまったせいか?母が4か目で寝込んでしまった。

 

 ハワイ滞在3日目で、母が突然左わき腹の皮膚の表面に激痛を訴えて動けなくなってしまいました。

脚を上げても激痛で左の肋骨の前と背面の皮膚の表面を触るだけでも、痛い痛いと言って私も焦ってしまい、ふとアメリカで病院につれて行かなくてはならないか?と考えた程でした。

血圧を測ると、上が157下が97で、脈拍が87だったので、母に頭が痛い?と聞くと頭は痛くなくてわき腹が痛いと訴えてきました。

 約7時間半の飛行機で、可なり揺れているのに母は、夕食と朝食の機内食をしっかり食べ、朝食のクロワッサンは私の分まで食べて、カリーナと一緒になって、ハワイの肉まんを食べてたりお煎餅を1袋平らげて、びっくりするほど食欲があったので、血糖値が糖尿病予備軍ほど高い母だったので、食べ過ぎで膵臓が弱ってしまったか、胃が痛いのかと思い、消炎作用の高いカプセルを飲ませてみました。少し痛みが和らいだ感じがあるようだったのですが、

 母は、『皮膚の表面が触ると痛くて、寝て安静にしていると痛みはないから、横になっていれば大丈夫よ。』と気丈にいってきました。

認知症なので何時から痛いかがはっきりせず、母に来る前に転んでいたかったの?と聞くと?

『多分、転んだのかも?来る前から少し痛かったから。でも今は痛くて歩くのも辛いから、横になってる。』 と言って

テレビのあるリビングで横になってテレビを見ていた。

 血圧が安定する夜用のリラックス用のオイルでヘッドマッサージをしてみると、1時間後血圧を測ると、147/83まで下がり

熱もないようなのでその日は、一日横になって安静にしてもらい、食欲もなく、いつも3缶は飲んでいるノンアルコールビールも飲まずにぐったりとした母でした。

 夕方、私はもしかして左のわき腹の皮膚の表面の激痛は、帯状疱疹かも?と考え、オイルを帯状疱疹様に、アロマセラピー用の部屋はいり経口経皮用の2種類のオイルを作り、その晩母のわき腹に塗布しヒートピローで温め浸透を高めので、塗布するのも痛がり、母は、『触らないで、ほっとけば治るからその内、ぶつけたのかもしれないから。』と触られるのも嫌がるほど痛がったが、説明してそっと帯状疱疹用のオイルを塗布させてもらった。

次の朝、母が目が覚めて部屋から一人で歩いて起きてきて、昨日は痛くて一人では、リビングのソファーに横になれなかったのが

なんと一人で座ってから、『横にさせて、みどり。』と言ってきた。

 

 母に、横になる前にもう一度オイルを塗るからちょっと待ってと説明して、オイルを塗布しようとするとやはり目に見えないくらいの小さい薄っすらと発心が皮膚の表面でていて、私は帯状疱疹の確立が可なり高いと考え、その日は、3-4時間1回ほど帯状疱疹用のブレンドを皮膚の表面に塗布して患部を温めて、飲用のオイルも帯状疱疹用に変えて安静に寝ててもらいました。すると朝から食欲もなかった母が、夜になると普通に食べれるようになり、患部の痛みが少しずつ確実に緩和されていった。

母も、『 お薬が効いてるのよ。痛いのがなくなってきたわ。』と言って、

『楽になってきたわ、ありがとう。』と言った。

太裳疱疹用のオイル使用4日目、ハワイ滞在日数1週間後には、肋骨から背面と前面左わき腹の前面の痛みがわきの下15センチ下の脇だけが皮膚の表面が痛い感覚が残って、触っても痛みを発生せず、体をひねったり、左のわき腹に負荷をかけると少し痛みが残る程度にまで回復しました。

寝込んでから6日目にの朝、朝食を食べて調子がよさそうだったので、カイルアビーチパークを90分ほど散歩して、ショッピングモールに行く?と聞くと、『そうね、痛みもないから、行くわ。』と言ってその日は、可なり痛みが低減し多様で、通常の食欲と活動ができるまで回復しました。

 

 

薬(抗ウィルス剤)を使用しても帯状疱疹は、通常1-2週間程で完治しする、通常の免疫力だと打ち勝てるウィールスが神経叢をダメージして疼痛を発症し水痘症の発疹がわき腹など身体の一方から発症する。発熱・頭痛・胃痛などの症状もある。帯状疱疹は感染は通常せず、環境的変化などのストレスや自己免疫低下病(AIDS、膠原病、癌)などが要因で免疫力が低下した人に発症しやすく、かつ50歳を過ぎると発症率がたかまる。激痛がひどくなった人には、神経叢に入り込んだウィールスが痛みや神経痛として長引く場合もある。過去に水疱瘡にかかった人が50%の割合で発症する。 

 

【帯状疱疹用オイル使用記録】

 

12月14日 母が左わき腹肋骨前後に痛みを訴えた。 血圧が通常より高くなっていた。(157/97)平熱。

      オイルを血圧を安定させるように夜用のリラックス用のオイルだけを使用した。(147/83)

       1時間後には、少し血圧が下がった。 

12月15日 帯状疱疹用のブレンドオイル経口経皮投与 1日3回

       左わき腹肋骨前後に激痛。(痛みがだんだんひどくなってきた)午後から、左わき腹の痛み用に、

       帯状疱疹用のオイルを経口経皮用に変えて様子をみた。

12月16日 朝痛みが少しだけ治まった。

        経口投与は1日3回 経皮投与は1日4-5回、帯状疱疹用のに変更。 

       夜には少し痛みが低減。(夜、家族でパシフィッククラブに出かけてワインを2杯のみ 発心がわき腹に発症。

       経皮投与後直ぐに発疹が消えた。)

12月17日 1日安静にして。帯状疱疹用のブレンドを経口1日3回、経皮1日4回塗布する。少しずづ痛みが引いて行く。

12月18日 17日と同様のケアーをする。

12月19日  帯状疱疹用のブレンドを経口1日3回、経皮1日4回塗布する。

      夕方まで安静にして、夜は、義理の姉の息子の誕生日会に出席。夕食を食べてワインを5杯飲酒

      (痛みは、減少したが夜に再度発心がでて、オイルを塗布すると発心が5分もせずに消えた。)ヒート

12月20日 1日3回 帯状疱疹用のブレンド経口経皮投与 。

      痛みは、ほとんどなくなりわきの下15センチ下の肋骨部分がひねると痛くなるほどになった。

      休みながら散歩90分。

12月21日 帯状疱疹用のブレンドを経口1日3回、経皮1日4回塗布する。

      痛みの範囲が10センチ四方に狭まった。散歩90分 完歩1.5キロ

 

主な帯状疱疹用のブレンドエッセンシャルオイル:ヘリクリッサムイタリカム・ラベンダーアンガスティフォリア・メラルーカクィンビフォリア・カプサンシンCO2・ガーリックCO2・オレガノなど

キャリアオイル:セントジョーンズワート・カロフィルムイリウム・アロエベラ・アーニカCO2など

 

合計日数8日間の記録です。薬を使用しなくても発見が早ければ(発疹が出る前)アロマセラピーにて8日間程で痛みがほぼ消えて行く例です。完全に疼痛が消えるまで経皮投与オイルを使用してい行きます。

母の場合は、経口投与は認知症用に12月22日から変えて行き様子を見て行きます。

 

続きは来週にまた書いて行きます。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

認知症改善のリハビリには、アロマセラピー

  • 2018.12.13 Thursday
  • 16:11

12月12日 晴天 気温24度 カイルア(ハワイ)

 

 

 気温5度の日本を昨晩出発して、気温24度のホノルルのダニエルK イノウエ国際空港に着くといつものトロピカルの空気が鼻腔をとおった瞬間から肩の力が抜けるようにリラックスモードにスイッチが切り替わった自分がいた。

これは、誰もがハワイに来ると感じるのは間違いない感覚だ!

 

 今年2回目のハワイ旅行の母の為に、なるべく快適な空の旅ができるために機内では、ミュージカルな好きな母には、ヘッドホーンをかけてミュージカル好きの母にママミーアを楽しんでもらい、フライトで欠かせないネックピローと機内用のスリッパに履き替えてもらい軽く、夕食後に安眠アロマセラピーブレンドのオイルで首と肩のマッサージをして、安眠機内モードの母と私は、7時間のフライト時間軽く安眠も取れて快適なフライトを楽しんだ。そして、ゆっくりしか歩けないので、母には車椅子を頼んでいる。これは本当に素晴らしい航空会社のサービスでエコノミーでもVIPなみのドアートゥードアー(カウンターのチェックインから通関全てエスコート付)のサービスには、本当にありがたく空の旅のストレスを半分にしてくれました。

 

 ここで、私の母の病状と心身の健康状態を初めて読んでいる方にホリスティック的にご説明します。

母は、現在78歳私を26歳の時に産んで、父とはその後私が8歳の時に父の不倫が原因で離婚を5年間の家裁をへてドロドロの離婚騒動の中離婚が完了しました。

 母は、岩手県宮古市出身、10人の子供を産んだ105歳まで生きた私の祖母の38歳の時の娘、下から2番目昭和15年生まれです。祖母の妹が九州で結婚をしたのですが、子供に恵まれず母を養女に生後間もなくして出していて、その後戦争になり九州は政争の空襲で危ないので疎開かねて宮古市にもどり、10人家族の中でも自分だけ何故養女に出されたのかと孤独感を感じながら生きてきました。

 そんな母は、自分が一番になり注目を浴びるのが大好きで、中高と体操部のキャプテン自称女番長だった。

18歳の時に東京の代々木にある山の愛子美容学校に入学し、三宿に住み、新宿のバーで父に一目ぼれ二人ともその後相思相愛になりデキチャッタ結婚を母が24歳の時にしました。

自立心が強かった母は、私7歳と姉9歳の時にヨーロッパ研修旅行を1か月ほど行き、その間に父は、経営する病院の常勤の若い看護婦さんと不倫に落ちてしまった。(その後、母は、美容院と喫茶店(夜はカラオケバー)を運営し自立した生活し、娘二人を私立の学校に中学生から行かせ、姉は大学に行きそして私は、留学をさせる位母は、離婚後は365日働いていた。

 そんな、母は父をとても愛していた。夫婦相思相愛だった二人、結婚8年目子供も2人恵まれて幸せだったはずのこの夫婦は、元来のプレーボーイの父の不倫が、発端で不倫相手が【結婚しないと自殺する。】と父を脅迫し、相手のご両親が父の病院にまで来て、私と姉もその場にいて父の姉夫婦が仲裁にはいり、怒りと悲しみ感情の渦まきの中私の記憶では、何故だかわからないけどお父さんがいなくなってしまう悲しさが込み上げてきて、ずーと涙が出て苦しくて咳がでてその後から気管支炎になるほど泣いてしまったのを覚えている。その時来ていた姉とおそろいの紺色のウールの半袖の赤いリボンが付いているワンピースそして母も悲しみの渦の真っただ中で泣いていて、父は下を向きながらずっと無言のままでいた記憶が鮮明に残っている。

 記憶の中で話し合いをしていたのは、父の姉夫婦と不倫相手のご両親だったのを記憶している。その後父は、全てを捨ててフランスパリに疾走し1年後に日本に戻り、母はその間、警察に疾走願いを出して、3年出てこなければ父は死んだ者となり、戸籍から消えるから必ず3年以内戻ってくるからと言っていたのを記憶しています。そして1年して帰国した父と家裁で話し合い、その後離婚は5年後に成立した。

結婚後15年目、母39歳で離婚手続きが完了した。しかし、その後母は父以上に愛する人に出会わず、再婚はしないままでした。

(物心つく頃から私は、結婚=苦労という数式を理解し始めていた。)

 元来の健康な母の身体は、宮古で小さい頃から家で放牧していた牛の牛乳を毎日の飲み、新鮮な自家栽培の野菜と目の前の三陸の海でとれた魚介類を食べていたからであり、体操部キャプテンだった母は、体も柔軟性が高くかつ筋力もある、私とは真逆の体質だった。(私は、父の体質)つまり母は、出産のとき以外は、病気とは無縁の元来の健康遺伝子と狂人の精神力で済め手をやり通す人でした。

長年運営していたカラオケバーで毎日ウィスキーなどを飲んでも、どこも悪くならずにいた母でした。。

唯一、弱いところは、幼少のPTSDの孤独感だ。娘たちが成長し、ずーと一人暮らしだった母は、姉が出戻りで母と同居をし、これが実際にはわが家族の癌であり、姉の娘を姉が外で遊んでいる間赤ちゃんの頃から小学校の3年生辺りまで育てたのも母であった。お店を60歳で閉めてから、一人でも友人と趣味のお三味線と小唄そしてスキューバーダイビングを楽しんでいた母は、アパート経営で生計をたてかつ貯金上手だったので十分な蓄えもあるはずだった。しかし、74歳の時(2014年)、お三味線の先生が亡くなり、仲良くしていた友人も癌でなくなり、ばたばた周りの人たちが毎月の様に亡くなってしまったのです。それが、原因でもともと飲める母は一人で深酒が続き、姉は家に戻っても母には無関心、母が泥酔している合い間に母の貯金を蝕むだけの姉、そして小学生の孫だけが心配しているだけだった状態が続いていました。何度も階段から落ちて血をながしても姉は、何もせずにいたのです。母のお金が無くなるとともに姉は、再婚をし家を出て行き、また一人になった母は、泥酔する日々頭から転び、一人で自宅のドアのガラスにぶつかり、頭から血を流して倒れている所へたまたま母の妹が訪れてくれて私に電話があり、急いで私が駆け付けると体中転んであざだらけになり頭から血を流している母が1階の居間のソファーベットで寝ていたのです。

(この時に脳の小さな血管がきれてしむ一過性虚血脳血栓になっていたのです。)

そして、その間、姉が貯金通帳をとって行きかんぽ保険があったので通帳は、マイナスの数字になっていたです。

 母は、大丈夫だと思い込んでいた私は、自分の仕事と父の介護で頭が母のケアーに行かなかった事を後悔した。しかしこの時現実を見て、母一人で私達を此処まで育ててくれた恩返しをしなくては、と一心に心を決めて計画を立てました。そして、母の独立した一人暮らしが母らしくできるように心身の強壮をするリハビリを計画いたしました。デイサービスを週に4回、ヘルパーさんとボランティアのお話相手をする人など、あるとあらゆる公共のサービスを使用して母の一人の時間を少なくしました。

 18歳で私は家をでて、いつも家族とは自分は違うリズムと価値観で生きてきたので同居は不可能だと確信し、それでも、大切な母を期間限定で母のリハビリを定期的にプロフェショナルな目と娘の愛との双方を兼ね備えて行っていく計画にする事で、介護の共倒れを防ぐことができると考えていました。

 一緒にいてストレスを感じて生きて行き家族がそれぞれストレスで病んで行き、近年ニュースなどでも非常に悲しく不幸な結果を生み出しているの日本です。これは、昔からの日本の社会的価値観で親の面倒は同居という固定観念が生み出した悲劇と社会的現象です。

 

このような悲劇を生み出さない為にも、親との同居の罪の意識は開放し、私は母とは、期間限定のリハビリを母が生きている限り行う事にしました。

 この結果、ケアーマネージャーやデイサービスの人もびっくりするほど、寝たきりでおむつをしていた母が、飛行機乗りハワイに暮れる位の体力ができるほどになったのです。このケアー方法は、きわめて簡単、規則正しい生活と軽い運動そして励ましの掛け声、そして一番大切なのが母用のパーソナルブレンドのアロマセラピーケアーでした。

 

 先ずは、母のケアーに集中して、新陳代謝を高めるブレンドオイルを塗布して毎日欠かさず全身に優しく刷り込むように優しいアロマセラピーマッサージをしていきました。

長い時間うつ伏せが無理なので15-20分ほどの間の優しいタッチのマッサージを朝晩2回しました。

寝たきりになってしまってオムツをしていたので、認知症にもなってしまったので、脳を活性化するエッセンシャルオイルのブレンドのカプセルを母に1日3回飲んでもらい。後は、お酒を断つ約束をしてもらいました。これが一番の問題です。

お酒は、依存性がたばこ同様あるので、認知症にもなっていたので、理解力が乏しく、本当にこれが忍耐と継続の連続で我慢してもらいます。初めは、寂しさと時間を持て余す気持ちを紛らわすために飲んでいたお酒が、習慣になりそして知らない間に依存していき、毎日飲まずにはいられない精神状態と身体状態に陥って行きます。

 気をそらすのが一番なので、マッサージをしたり、ストレッチをしたり、後は、1週間に4日間デイサービスに通ってもらい飲む時間を=テレビをみる時間を減らしていったのです。

後は、お酒の代わりにノンアルコールビールに変えて飲んでいる気分にしていきました。

後は、クラリーセージがお酒の依存を解放していくのでこのハイドロゾルと肝臓をケアーするハイドロゾルの入ったブレンドを作り、お水に混合して飲んでもらいました。1年ほどこれを頑張って、毎日継続していたら、ゆっくりシルバーカーを押しながら2-3キロ歩けるようになり、記憶力も、メモをしたり、日記をつけるようにしてもらい少しづつもどってきて、簡単な会話ができるようになって行ったのです。

 

 母は、長年の喫煙と飲酒により嗅覚が、弱まり、60代から嗅覚機能が衰え、(初めの認知症の兆候は、嗅覚と聴覚が衰えて行く事です。刺激物(アルコール・たばこなど)を飲んでいると60代から正確なに香りが嗅げず、音も聞こえない音が出てきます。)今では、ほとんど香りは嗅げないのですが、エッセンシャルオイルの薬効を経口経皮から吸収する事で効果を引き出すことができたのです。

 

 認知症になると、脳内のニューロトランスミッターのセラトニンとドーパミンの分泌が悪くなりじっとしている我慢ができなくなったり寝つきが悪くなったりで、じっと座っていたりするのが難しくなる人が多くなります。長い間高齢になって眠れなくなるのがその兆候です。若い時には、10時間しっかり寝ていたのに、段々とホルモンの分泌が悪くなり長時間継続した睡眠をとれなくなります。またその他の原因として、ストレスや興奮状態にあるとドーパミン方になり眠れなくなります。

母は、安眠用のアロマセラピーのヘッドマッサージをするとセロトニンとメラトニンのホルモンの分泌が高まり、ぐっすり8時間継続して次第に眠れる様になって行ったのです。

 昨年は、約1年間アメリカのグリーンカード(永住権)を拾得するために、日本に帰国できずに母に合えずにいたので、少し認知症も進みかつ運動能力が低下してしまいました。その為に、今年は、この2か月で少しでも母が母らしく母の寿命の最期まで生きられる様にリハビリをハワイのカイルアにて行います。

 

【リハビリプログラム】

  .好吋献紂璽襪箸靴討蓮朝のヘッドマッサージと背骨のマッサージそして足のマッサージを

   15-20分ほど着替える前に行います。

   (オイルが身体に経皮投与で浸透するのに最低限必要な時間5-20分)

 ◆…食前に1mlの脳活性カプセルを1個グラス1杯の水でしっかりと飲んでもらう。

  カイルビーチパークで朝のストレッチと散歩約60-90分ゆっくり焦らずにお休みしながらマイペースで行います。

 ぁ.薀鵐舛料阿烹隠蹌譴稜廠萓カプセル1個グラス1杯の水でしっかりと飲んでもらう。

 ァ.廖璽襪之擇な發練習10分程度。ジャクジで2-3分頭りながら筋肉をほぐす。

 Α.廖璽襪ら上がってから、リラックス用のマッサージオイルで背骨、腰・脚・足を中心にマッサージする。

 (着替える前のタイミングがマッサージのするタイミングです。認知症になると着替えが通常より困難になるのでタイミング見計らって行います。)

 А〕漆前の脳活性カプセル1mlをグラス1杯の水でしっかり飲んでもらう。

(夕食は午後6時までにとると寝る前に消化して胃腸に負担がかからずに質の良い睡眠がとれます。)

 ─〔8時半までにベットに横になってもらう。寝る前には、

   安眠用オイルでヘッドマッサージ、足の循環と神経の活性用オイルでリフレクソロジーを行います。

 

 以上8個のステップを根気強く忍耐強く行います。できなくても、出来てもできるだけ毎日のルーティーンになるように同じような時間に行う事で体内時計をリセットしていきます。お食事は、新鮮なお野菜と果物を中心に献立を考えて行きます。(コールドプレスのジュースを飲んで足りないビタミンとミネラルを補給してもらいます。)認知症になる人の体質の特徴として、高血圧・高コレステロール・高血糖症がありますので、お食事の献立は、砂糖を使わずに、減塩食そして高蛋白質・ビタミン・ミネラルを豊富な食事を揃えます。勿論、余り制限するとストレスになるので好きな物を食べたい時に少量たべるのは大丈夫です。

 

二か月かの成果を皆さんこうご期待!

 

リハビリに必要なオイルは、5点…用活性用と¬詬儖駄架僖悒奪疋泪奪機璽戸僉ΝD用の新陳代謝活性・ぬ詬僖螢薀奪ス用全身マッサージオイル・そして一番大切なデ召虜挧Δ魍萓するサプリメントカプセルブレンドを毎日使用していきます。

 

母は、2日目にして既に進歩的な効果で、階段を一段づつゆっくり下りていたのが左右の足を交互にして普通に上がり降りができるように脳が指示できるようになりました。そして、カイルアビーチパークを2キロほど42分ほどかけてシルバーカーでゆっくりビーチに海を見にいったりしながら、歩けるようになっているのは、寝たきりの2年前からは信じられませんが、まだまだ少しづつ後2か月で安定した歩き方が少しでもできるように、散歩や水中歩行、ストレッチしながらアロマセラピーマッサージを毎日してリハビリをします。

 

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮痛剤(アスピリン)の依存症から抜け出すためのアロマセラピー

  • 2018.11.08 Thursday
  • 10:07

11月7日 晴天 気温27度 

ラニカイビーチの青空と青い海に癒されて、気が遠くなるくらいリラックスしている私です。

 

そんなスローライフをし続けて、ほのぼのと生活をしながら、義理の母の痛み緩和アロマセラピーのお話を今日書いています。

 

義理の母、マーサは、82歳とは信じられないくらい元気ではつらつとして生活をし、今でも現役会計士の仕事しておりますが、

40年以上膝のリュウマチの痛みと一昨年、転んでしまい左肩を痛め手術をした為に、アスピリンを毎日1-3錠使用していました。気が付くと鎮痛剤の依存症になってしまっていたのです。

 

依存症とは、意外に自覚がなく、気が付くと体調が悪化し、病院で診てもらい、はっと気づくと依存している

自分がいるのです。

 

しかし彼女は、今年の初めに、心臓の鼓動に不快感と痛みを感じ、循環器の専門医にかかると、心臓の不整脈がでて異常がみられドクターストップがかかり、アスピリンが全く使用できなくなってしまったのです。

 

(アスピリンは、血液をサラサラにする働きがあり、高齢者の高血圧症の人は、常用すると心臓発作や動機などの原因になることが、最近の統計で出ています。また、高血圧症用の薬や凝結剤と一緒に使用を避けるようにガイドラインが出ております。)

 

そこで、私が義理のお母様の為に、提案!!!

 

 初めからカプセルは抵抗があったので、野菜やフルーツが大好きな義母に消炎作用のあると言われている野菜とフルーツのジュースにエッセンシャルオイルを混合して1日200ml程度を3-4回飲んでもらいました。

 

  (抗酸化作用プロフェノール・ビタミンA・C・マグネシウム・必須脂肪酸オメガ3などが豊富なコールドプレスジュース:

  有機栽培ビーツ、セロリ、タンポポの葉、ターメリックの根、ブルーベリー・パイナップル(消炎作用が高い)マンゴのコール       ドプレスジュースにブレンドオイルを混合しました。)

 

 義母は、すると夜痛くて目が覚めてしまい、ジュースを飲むと自然と痛みから解放されて眠りにつけるようになったのです。

ジュースを飲みだしたのが、1月から3月までの三か月は、痛みが頻繁に出たので、1ltを約3日間で飲み切る感じで飲んでもらい。1回飲んだら3時間空けて再度飲んでもらい。週に2回ほど義母の家にジュースを配達して、素敵な義母とのコミニケーションの

切っ掛けにもなり、元気になって行く義母を見ながら嬉しい限りで、義父は、このジュースは命のエリクシア(メディカルポーション)だね。と褒めてもらい。私も、ジュースを作るのが楽しみなっていました。

 4月あたりから、痛みの頻度が可なり低減され、1週間で3リットルほど使用していたの量が少しずつ減って行き、10日で1.5リットルほどになり、6月には2週間で1.5リットルほどに低減され、義母も痛みから段々解放されて行き、ホッとしているようでした。

 

カプセルに代わる切っ掛けとして!義母が1か月旅行に行くのでジュースが配達できない!!

 

それを切っ掛けに、1mlカプセルのブレンドを1日3回使用するようにカプセルを作り渡すと、

そして、カプセルでも効果がある事を証明する可能用に、途中両行を後1か月延長してサンフランシスコの娘の所に滞在するので、郵送してください。とEーメールが入り、早速

ブレンドカプセルをサンフランシスコの義理のお姉さんの所に郵送したのです。

 

勿論、コールドプレスのジュースも効果的ですが、エッセンシャルオイルブレンドは、

ニューロトランスミッターや酵素を刺激活性鎮静し、素晴らしいホルモンバランスが

自然に自己の力で保てる補助をしていくので、次第に自己の自然治癒力が高まり正常の身体のバランスになるのです。

 

義母の場合は、高齢になると分泌しにくくなる、セラトニン・ストレスにも対応するコルチゾンそして鎮痛効果の高いエンドルフィンを活性して鎮痛・鎮静効果を高めてより良い睡眠をとれる様にブレンドしました。

 

今では1日朝晩2回1カプセルを使用するだけで、飲み忘れても余り酷い痛みには悩まされない様に改善されたのです。

個人でそれぞれ効果は、異なりますが、最短3か月から6か月から効果を感じる人もいれば、3年使用して気が付くと

症状が殆どでなくなっているという方もいます。10年または、30年使用していた慢性の症状ですので、改善を感じられる

には、時間と根気が必要です。

 

このブレンドの主役は、日本でもおなじみのターメリックの根(Curucuma Longa L ) エッセンシャルオイルです。

 

【主なCurucuma Longa L のエッセンシャルオイル有機化学成分 約】            ターメリックの根の写真

 

Trumeric root

 Turmerone 28%

   ar-Turmerone 27%

   ingberene 16%

   a-Pje;;amdreme 16%

   b-Sesquiphellandrene 9%

   ar-Curumene 3% 

   Carlone 4%

   a-Caryophyllene 4%

   Terpinolene4%

   B-Caryophyllene2%

   p- Cymene 1%

 

そしてニゲラサッティバ( ブラッククミン)CO2の植物油に希釈します。 ブラッククミンは必須脂肪酸のオメガ3・6がバランス良く混合されていてかつ、抗酸化作用と消炎作用の高い(Tymoquione がCO2での圧搾法の物は通常の圧搾法の約10倍といわれている。 )

 

 内服用のエッセンシャルオイルは、全て有機栽培の物のみを厳選して使用し、私が、南仏・カナダ・エクアドル・オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ・メキシコ・エクアドル・インドなどを蒸留の仕方や栽培方法を確認して買い付けた物を使用しております。通常市販されているエッセンシャルオイルは、80%が混合物・化合物・添加物が入っている為に内服や皮膚に使用する事は不可能とされています。

  そしてクリニカルアロマセラピストとして経験が豊富なアロマセラピスト(アロマトコロジスト)が、体質を確認してブレンドする事により効果を発揮します。

 

依存症や慢性の痛みにお悩みの方は、是非ご相談ください。

 

info@argutha.com

mobil: 090-6526-6334

 

MAHALO NUI 

MIDORI 

注意欠如・多動症障害 に対応するアロマセラピーで障害ではなく個性としてとらえる!

  • 2018.04.12 Thursday
  • 04:55

4月11日曇り時々晴れ 気温24度 

 

気が付くと2018年の3分の1が過ぎ、ブログを今年久々に書いています。

ブログに書きたかった内容は沢山あったのに、何かと忙しくて気が付くと4月が過ぎていた。

今年は、自己の再婚そして本格的にハワイでの移住手続きで30年ぶりにインフルエンザになりそして膀胱炎にまでなってしまったのです。ハワイは気候がいいのにインフルエンザになるとは?それも、ビザの申請の為初めて予防接種を日本で討ったのにも関わらず、感染してしまったのです。

 アメリカでの結婚の手続きの複雑差そして、やはり正式に結婚する事への責任への重たさなど気が付かない間にストレスが心身の免疫力を低下させていたのかとふと思い返しています。

 ストレスの一つに、ジョン(夫)の子供カリーナ(娘12歳)が脱毛症の為セラピーに通っていて、年末にADHDだと診断され、薬を処方され、前妻がファイザー(製薬会社)に努めてかつ看護師である為に薬を彼女に進めて飲むことに勝手に決められてしまったが一番であった。その後カリーナとジョンに話して、成長期にナーコティックな薬を使用する事は控えた方が良いのでは?と提案し、父が睡眠薬や抗うつ剤からピック病(前頭側頭葉性認知症)を発症した事をなどを話して、アロマセラピーなど自然療法と適度な運動など環境を整えて対応する事を進めた。

 カリーナの場合は、診断ミスである可能性も高いかと考えられる、なぜならば彼女の天才的記憶力(フォトグラフィックメモリー)とそれを応用する力はずば抜けているからだ、彼女は、大好きな本を丸暗記してしまったり、大好きな映画の俳優たちのセリフを暗記してテレビと一緒にセリフを言ってしまうくらい、暗記力が高いのである。また、カタカナを直ぐ理解そして暗記して日本語しか話せない私の母の為にカタカナで母とコミニケーションを取りるために2時間ほどカタカナを凄い勢いで記憶して母が過多中で書いた分をグーグルトラスレーションに打ち込みコミニケーションをとって楽しんだりするのだ。ただし、嫌いな人や苦手な事には、全て拒否反応を強く表し全く無視してしまう事がADHDかと間違われているようだった。スペイン語の先生が嫌いで、スペイン語のクラスでFをとってしまい、前妻に怒られ、カリーナは自分の気持ちを伝えられずに部屋に閉じこもり泣いていたりする。かなり一般的な12歳の子供の反応である。

 そこで、セカンドオピニオンを他の医師にもらう事を提案したのだ。

ジョンは、ADHDの両親が行くセミナーに通ってどのように対応すればよいかを学び、親たちの意見などを聞きながら、カリーナがADHDの診断ミスでないかと疑心しだしたのも1つの理由で、セカンドオピニオンをもらう事にしたのだが、前妻との兼ね合いもあり、上手くこの話を進める計画を立てた。

 ADHDは、個人差もあるが、脳のドーパミンが出過ぎる脳の疾患であり、体を当然動かしたりする、叫んだりする行動を突如してしまったりする。この行動は抑えられず、集中力も欠如しその為、学校などでの生活がしにくくなる。 

症状(ウィキペディア参照)

衝動性(impulsive)・過活動(hyperactive)・不注意(inattentive)などの症状が確認される[17]。典型的には生まれつきのように症状が存在する[4]。一般的にみられる症状であるため、症状が合致するだけでは不十分であり、若年で発症して継続し、発達上不適切に持続しており、特定の状況だけで見られるのではない必要がある[4]

DSM-IV-TRでは症状に従い、以下の3種に下位分類がされる。

  • 多動性・衝動性優勢型
  • 混合型
  • 不注意優勢型 (attention-deficit disorder, ADD)

特に男子では多動性と衝動性しかみられず、特に女子では不注意しかみられない場合がある[4]。過活動が顕著でない不注意優勢型の場合、幼少期には周囲が気付かない場合も多い[要出典]

一般にADHDとして扱われるADDは、多動性が少ない不注意優勢型である場合が多い。子供ではICD-10による多動性障害たどうせいしょうがい[18]の診断名が頻繁に適用される。

不注意(inattention)には、以下の症状などがある[19]

  • 簡単に気をそらされる、細部をミスする、物事を忘れる
  • ひとつの作業に集中し続けるのが難しい
  • その作業が楽しくないと、数分後にはすぐに退屈になる

過活動(hyperactive)には、以下の症状などがある[17]

  • じっと座っていることができない
  • 絶え間なく喋り続ける
  • 黙ってじっとし続けられない

衝動性(impulsive)には、以下の症状などがある[17]

  • 結論なしに喋りつづける
  • 他の人を遮って喋る
  • 自分の話す順番を待つことが出来ない

年齢が上がるにつれて見かけ上の「多動(落ち着きがなくイライラしているように見える)」は減少するため、かつては子供だけの症状であり、成人になるにしたがって改善されると考えられていたが、近年は大人になっても残る可能性があると理解されている[17]。その場合、たいてい症状は弱くなっている[4]

その場合は多動ではなく、感情的な衝動性(言動に安定性がない、順序立てた考えよりも感情が先行しがち、論理が飛躍した短絡的な結論に至りやすい)や注意力(シャツをズボンから出し忘れる、シャツをズボンに入れ忘れる、ファスナーを締め忘れるといったミスが日常生活で頻発する、など)や集中力の欠如が多い。

これらを見ても、多くの人に度合いの違いはあるが存在する行動である事が理解される。

 ADHDにも度合いがあり、アインシュタインなどもADHDであったといわれている。最近はADHDが、可なり一般的な診断になり、歌手のジャスティンビーバーや俳優のウィル・スミス多くの俳優や芸術家またスポーツ選手(オリンピア マイケルフィリップ)などに 多いのである。ADHDと診断されている人々は、サラリーマンで活躍するより企業したり、芸術家になったり好きな事を追求して社会で生活すると成功すると言われている。

また、自分で自覚して好きな事を追求するとADHDや発達障害がある人でも社会に溶け込み生活をするのは、勿論可能でありある意味では個人の個性ととらえても良いと考えられる。度合いにもよるが、障害という言葉の為に、自己否定や自尊心欠如になり人生を謳歌できなくなってしまう社会ではなく、他の人と自分は違う個性を持って生まれてきているんだと自覚して生きると事で、より自分らしい生活をしていく社会を形成する方が良いと考えている。100人が皆、同じような行動する社会があったらそれは、社会をコントロールする社会であり、まるで戦前の日本のようであり、また今の北朝鮮の様な社会が形成されてしまうのではないかと考える。

 

 アロマセラピー使用すると、カリーナ曰く、マッサージやカプセルを使用する事で、ストレスが解消され、いやだという気持ちでいっぱいにならずに安定した感情を保てるが、薬を飲むと嫌な事でも集中できると説明してくれた。

薬の場合は、ドーパミン抑制作用があり、集中力が付くが、食欲を抑えるため薬が切れると劇的に食欲が出てきて、過食になってしまう。ただでさえカリーナは、好きな物を好きなだけ食べるのでこの薬を飲んだ日には、グリルドチーズを5枚(食パン10枚)を帰宅後食べてしまいその後にラーメンを1杯食べる位になるのだ。成長期とはいえ、少し食べ過ぎになる。

 カリーナとは、親子の関係というより大人の友人という関係に近い私のアロマセラピートリートメントは、どこまでカリーナの成長に役立つかは、これから私の根気比べである。何故ならば、私が提供ししないと始まらず、子供なので自分のケアーはなかなか自分で率先してできないのである。ふと考えると人間成長するにつれて、如何に自己のケアーができるかで自分の心身のバランスが取れて行くのである。これは、子供の頃は、親が自然と教えて行くものと考えられる。

 

アロマセラピーは、心身のバランスを整えるセルフケア―の一環でもあるが、植物の芳香化学微粒子の成分は、複雑に構成られている有機化学成分のバランスが心身に働きかけ薬の様な効果を発揮していくのである。その詳細は、現在多くの研究所で判明されてきている。この複雑に構成された有機化学成分を、的確にブレンドする事により効果を発揮していくのである。

 エッセンシャルオイルで、セラトニンホルモンを高めドーパミンを抑制し安定した感情にするのが一番カリーナ必要なのでメリッサオフィシャナリス・アルパインラベンダー中心にブレンドをしてヘッドマッサージ・背面のマッサージを日々している。またカプセルを朝学校に行く前に使用している。また自己の認識力をたかめるベチバCO2・パチョウリなどをブレンドしたカプセルや帰宅して直ぐ宿題をするように帰宅前にディフューザーブレンドを使用している。

 

多くのADHDを子供、または成人してADHDと診断されて悩んでいる人もいると思いますが、人間の個性ととらえて、自己の心地よい環境つくりにまず取り組めるように薬で抑制するより、アロマセラピーで取り組む事をお勧めいたします。

 

ブレンドにご興味がる方は、Eメール(info@argutha.com)までお問い合わせください。

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

 

舌が痛い・夜よく眠れい・節々が痛い・倦怠感が残るそんな症状には、アロマセラピー

  • 2017.11.06 Monday
  • 11:17

11月6日(月曜)晴れ気温 12度

 猛暑の夏が過ぎそして後1か月で師走にはり平成29年もあっという間終わってしまいますね。今年は、どんな年でしたか?

気持ちよく、元気に今年も年を越したいものです。

 身体的・精神的・感情的にも中々頑張れなくなってくるのは、大腸の善玉菌と悪玉菌のバランスが良くなくなって来ているサインです。体内には、数億以上の細菌と私達は、共存していてそのバランスで健康を維持しているといっても過言ではないのが現実です。最近では、大腸に感情的を左右するホルモン分泌が可能である事が研究で発見されています。(テッドトーク)

 年齢と共に、これらのホルモンの分泌が悪くなり多くの不調を発症していくいくつかの症状があります。

 

  _縞部にガスがたまり下腹部がはる。

 ◆〇肉炎でも虫歯でもないのに口臭がある。

  舌が痛い。または舌が白くかぶさったような膜がはっている。

 ぁ.曠襯皀鵐丱薀鵐垢崩れる。(生理不順・生理痛など)

 ァヾ鼎なを欲する。

 Α‘がボートする。

 А\瓠垢痛くなる。

 ─\欲が低減する。

  慢性の鼻炎・アレルギー

  疲れているのに眠れなず、慢性疲労になる。

  感情的に不安定になる。

  爪や皮膚の真菌感染

  陰部の感染症・かゆみやおりもの・または膀胱炎など感染症  

 

 これらの症状をここで見て行くと、余り気にならない症状ですが、全てが一変に来るととても辛い健康状態になります。この状態を放置しておくと、カンジタ菌(イースト菌)が心臓・脳内に入り、認知症や心臓病へと発展していきます。また、新たな食品アレルギー(乳製品・卵・コーン・グルテン)を発症する原因にもなります。

パン食・アルコール類を良く飲む人・甘い物を良く食べる人などに好んで食べる人に発症しやすい症状です。または、抗生物質を頻繁に使用して、免疫力が低下している人・バースコントロールを使用している人・喘息などでステロイドを使用している人・化学療法や放射療法を癌治療で使用している人・糖尿病の人なども感染しやすいカンジタ菌です。

 

実際に、私の所にも多くの人がこれらの症状でお医者さんに行っても治らずにコンサルティングをお申し込みがあります。まずは、腸内の菌類のバランスを整えるのが大切なので、この場合は飲用のカプセルを使用します。また舌が痛かったり皮膚や爪に症状がある場合は、飲用と同様にうがい用のブレンドと経皮用のブレンドを使用してもらいます。人のより免疫力と食事療法などが異なり約3か月から半年でほぼ改善されます。

 

爪の殺真菌:タイムチモール3ml・タイムリナロール3ml・オレガノ1ml・レモングラス4ml・ティートリー3ml・クンジアアンびグア2ml・ヘリクリッサムジモセファラム3mlニアウリ4mlをブレンドして1日3回患部に使用します。

 

飲用は、朝昼晩3回1mlカプセルを飲用します。

(個人によりブレンドは変わるのでコンサルティング後決定いたします。)

 

 

これらの症状がある方は是非アロマセラピーで改善していく内臓に負担なくより良い、健康なライフを改善後過ごす事が可能ににあります。E-MAIL info@argutha.com にてお問い合わせください。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

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