女性としての価値は、母になる事?

  • 2018.11.17 Saturday
  • 05:50

11月18日 気温12度 晴天

 

 昨年12月に日本を発って、初めて成田に着き呼吸をすると外国の来た時の様な空気に感じた。

ハワイののんびりとした空気とは、かけ離れた空気だった。

そんな、気持ちの中日本のニュースを読んでると、こんな記事を目にした。

 『母の慈愛を』発言、小池知事は不快感 鳥取知事謝罪 

内容は、小池知事(66歳)が、ハローウィーンでメーテルに仮想し、メーテル(ギリシャ語で母を意味する)のに例えて、

平井知事が、『メーテルのように母の慈愛のここを持って、大都市と地方の折り合える案を考えていただければ』と語った。

小池知事は、子宮筋腫で子宮摘出全摘手術をしており、母としてといわれたが、彼女は母になれなかったので、傷心したのだ。

しかし彼女は、母になれなかった分、多くの女性に仕事も子育てもやってもらえるような環境づくりをしている。と説明した。

 現代の日本女性は、80%つまり10人に8人が子宮筋腫、卵巣嚢腫、子宮内膜症を発症しているのが現実だ。

これは、環境ホルモンと食品添加物の影響が多大にあると推測できる。

今日は、女性としての価値を言及してみたい。

人生50を過ぎると、更年期にはいりまたこの母として女性価値を考える事が多くなってきた。

 

初潮が始まった頃に、私の母が

 『女性として2人は子供をつくることが義務である。1人は旦那様の分そしてもう一人は自分の分。』と言っていた。

そして大学の頃に、人類がこのまま人口の増加していくと食糧危機になる。というニュースを読み。母の言っている事は、

戦後の話だ。と実感していた。

 

 8歳で父が家を捨て、母子家庭で育った私は・・・・

 

  『 結婚、子供、母=苦労 』 という思考が頭から離れなかった。

25歳を過ぎて、就職して、母が結婚の言葉を何度も耳が痛くなるくらいに、

  『子供は早く生まないと育てるの体力がなくなるわよ。』 言っていた。

そして、姉が40歳になった時できちゃった結婚をガーナ人とした。当時私は、38歳。

その時、姉が私に送ったメールが・・・・・死ぬほどつらかった。

その内容は、

  『 私は、家族を作り、生きて行く。

   でもあなたは、家族を作らず、たった一人で死んで逝く。』

  『 私は、子供を作り、生きて行く。

   でもあなたは、子供をつくらず、たった一人で死んで逝く。』

  『 私は、家族と沢山の思い出を作り、生きて行く。

   でもあなたは、家族と沢山の思い出をつくらずに、たった一人で、死んで逝く。』

と長々とつづった私への死(詩)であった。

 母にみせると、姉は妊娠していて気がたっているといって流した。

 この後、私は、辛すぎで姉と音信をたった。

 メールでコミニケーションをその頃、父にこのメールを送ると父は、一言

 『 人間誰でも、一人で死んでいくんだよ。』 

 可なり、納得してしまった。私がそこに居た。 そして享年76年父は、本当に3回も結婚したのに、3人目の奥さんに捨てられて一人で亡くなったです。(最後の介護は私がしましたが・・・・このお話は長くなるので後ほどいたします。)

その後、外資系の会社勤務とアロマティックカンパニーメリッサ設立とプライベートを充実して毎日を自分らしく生きてきた私。

 

そして、52歳の歳で最愛なる幸わせな結婚相手と結婚したのですが・・・・勿論!そろそろ更年期期突入なので子供は作れません。

旦那様には13歳の娘がいて、その娘とは、親友の様な楽しい関係、本当に幸せな私でした。

 

しかしそんな時に、なんと友人のいない旦那様の唯一の大学時代の親友がこの夏、ハワイに家族旅行で12年ぶりに 

子供を4人つれて訪れたのです。

その友人の奥さんが私に

『 Did you ever wanted to have a child ? 』

『あなた、全く子供をうまみたくなかったの?』

忘れていた私の女性として、母として子供を産まなくても幸せな人生を歩んでいたはずの私の心にアッパーパンチが飛んできたのです。そして、私は、なんと傷心していたのに即座に超特急の言葉で!

 『 NO I didn't .』

  『 全然 』

と答えたのです。そしてその言葉を言いながら、自分の強気に驚異していた。

 

女性として自分の子供を産まないとならない義務感が毎日、毎日押し寄せてきた。

そして50代の出産などグーグルってみたりしてしまった。

勿論、産む気はないのです。

そして、この傷心した辛さを流すように私は、『WOMAN』 という香水を作り瞑想し続けた。

自分の真実の価値観を高めて自己愛強める。

この香りは、地球が全てを包み込み、自然体の自分でいていいという事を伝えてくれる香りです。

現実を受け入れ一人の女性としての価値観と自尊心を高めてくれる香りにより、次第に傷心した心から解放されました。

 

そして、

カイルアからダニエルKイノウエ、ホノルル空港へジョンが送ってくれた車の中で、初めて自分の傷心した心を彼に伝えられました。彼の唯一の親友の奥さんだったので、言えずにいたのが…

自分の子供を産まず此処まで生きてきた私は、安易に子供を作れず、そして子供を欲しいと思った相手に適齢期に巡り合えず、

今私が最愛なる彼と出会い、彼の娘と彼をとても大切思っている。と伝えると、彼は、

『アマンの軽率な言葉で傷ついていてごめん。だけど彼女は、メキシコ人だから故意に君を傷付けようと思って行ったんじゃないからね。そうそう、それに僕と結婚したから、もれなく大きな赤ちゃんのカリーナ(13歳)が付いてくるから、カリーナを娘だと思っててくれたら嬉しいよ。』

 彼に傷心した事を伝えられて、またそこで今まで貯めていた心から解放されたのです。

 

女性は、母になる為に生まれてきた時代は、過去の事で、や現代の環境は自分でそれを責任もって選択し

 『自分らしく生きて行く事が大切!』 

小池知事の件も含めて、また女性一人一人が、男性一人一人が、そして社会がそれを認めて行く事が大切です。

子供を産まなくても、社会貢献して生きて行く事で、この地球の繁栄を維持して行く事は可能な時代です。

 

環境破壊の為、また家族に恵まれなかった為、人間のホルモンバランスが過去と異なり、母性が、女性ホルモンバランスが

過去の女性と異なる現代女性の社会的地位を確保していくのが大切!

小池知事をはじめ、その幕は上がっているのは、確実です。

 

P.S 『WOMAN』の香水にご興味がある方が、是非Eメールにてご連絡下さい。

info@argutha.com

 

LOVE&ALOHA

 

MIDORI 

 

 

 

 

 

 

 

生きる喜びとは?51歳新たな人生(再婚)

  • 2017.12.20 Wednesday
  • 06:36

 

2017年12月20日(水)気温5度 

 先週分厚い封筒とパスポートに郵便でアメリカ大使館からビザが送られてきました。とても長い間待ちましたが、待ったかいがあり、うれしさに満ち溢れる感情の自分が存在し、ハワイに戻る日を楽しみにしている自分がいる。その気持ちは、まるで8歳の少女がクリマスの夜、サンタクロースが家に来るのを待ちきれずに眠れない気持ちに似ている。またこれは、私の人間行動学の研究結果の凄い達成感でもある。

 ジョンに私が、23歳の時に、650人の中の5人に選ばれて外資系の航空会社に就職した時より嬉しいと伝えて、2人で爆笑して、その後にいやいやそれより凄い確率かも?何故ならば、私が人間行動学のバイオロジーを研究後、3か月間、137人をオンラインの中で見て、探した貴方がその1人だから、もっと倍率高いよね!と説明すると、彼は、僕はこれは、天から贈りもだね、僕はいつも幸運に守られているから!これからは、君は安心してね。僕達の永遠の夢の世界を気づきあげて行こうね!と言って喜びを2人で分かち合った。彼は、そして、クリスマスの朝にホノルル空港に迎えに行くからね。と笑顔で一杯で話した。クリスマスイブが、母の77歳の誕生日なので、お祝いをしてから私は、ハワイに飛び立つ計画を起てた。

しかし永遠とは、言葉の綾であり、現実には存在せず、空想または、意識的な事である。意識これも今現代の化学で研究がされている事であるが、感覚的には、この意識が、魂であり永遠であるのであるかとも考えられる。普遍の意識は、永遠であり、その人が永遠という意識を持つ事でその意識は永遠であると私は、考える。つまり、彼の意識の中で永遠の夢の世界を創造して行く事で、私は永遠にその意識の中に存在し、二人の夢の世界は2人意識の中で永遠と存在して行くのである。それを証明する為に人間達は、書物を書き、絵を書き、音楽を作曲し、権力者は、タージマハールやピラミッドを建立したのだ。

私は、永遠の香りを調合する。ただし自然界の香りは、はかなく直ぐにそのバイブレーションは、自然と消滅する原理がる。この香りのバイブレーションは、私たちの生命体に重なり合い、反響しあって行き、そして私たちの生命体のバイブレーションを高めて行くのである。つまり、私は、私の意識の中で永遠の香りを調合する。

 

 彼の言葉と意識が私の胸に響きそしてそのバイブレーション(波動)が、 23歳の時には響かなくても、今の自分51歳の心には200倍にもなり反響し私のバイブレーションが200%になって行くのを感じる。これが、意識が高まり、波動が高まって事を自分の心で感じる事である。つまり、2人の意識が永遠に反響しあう事で永遠は存在するのである。と私は、考える。

 

 2人の合言葉は、【2人で健康で幸せに年を重ねて、面倒を見合っていこう。】である。

20代の時にこんな言葉は、実感が沸かないが、51歳では、心が天にも昇る感覚で受け入れる。そしてまた、心にありがた合言葉である自分がいる。これからは、元気であるかもしれないが、歳をとっていくのを年々感じながら60代、70代、80代、そして90代目標100歳にして生きて行くのが、人間の寿命になるからです。医学と環境が整ってきた時代に生きる私達は、これからは、人生は100年になるでしょう。さてでは、その100年どのように生きるかが、その人の生き方そして幸福度になって行くでしょう。これは、自分が生きたいように健康に生きるのが、未来の課題になって行く事でしょう。体のどこかに痛みや病気が存在しながら生きると辛さが重なり、生きる事が試練になってきます。今後人間は、人口増加の課題からバイオロジー的に子孫繁栄を目標にして生きる事より、如何に自分らしく健康に幸福にそして意味の在る人生を生きてい行くことができるかの研究がされて行く事になるでしょう。

 

 此処に来て、ふと【生命は期限があるから価値があると感じる。】痛切に感じている自分が存在している事を発見した。何故ならば、無限に生きる生命体がいるとそこには、生命の貴重な価値が薄れてしまうのである。天然の生命体には、必ず生がありそして死が存在するのであるのが、原理である。

 

 人が永遠に生きる夢は、かなわないから価値があるのである。

 生きる事の大切さは、死がいつか訪れるから存在するのである。

 

そこで、やはりヨガ的な哲学、【今を生きる。 BE PRESENT 】になり、幼い頃母が、私が母に掃除やごみ捨てを強いられると、【後でやる。】というと【後ででなくて、今やりなさい。】が正しい痛切な格言に繋がる。ふと、心中で自分が苦笑いをしている。 

 天然のバイブレーションの高い香りを嗅ぐ、すると生命体の細胞が反響する。その後生命力は高まり、その意識が高まって行く、しかし天然の香りは、直ぐに揮発して自然と同化して行く。そして、自分も自然と同化するのである。これは、科学的にも証明されている。ミトコンドリアの細胞の生命体のプラスとマイナスの波動そして原子と分子の左と右に発生する光の波動、オプティカルバイブレーションである。生物は、これらのバイブレーションを高めるために、自然の理に叶った生き方をする事で生命力が高まって行くのである。この痛切に混乱している情報社会と都会の中で生きている私達の課題は、正しいバイブレーションにリセットしながら意識して今を生きて行く事が健康の鍵である。

 

12月の香りは、

 

普遍の意識の波動をたかめる香水! 10mlホホバオイル

 

使用方法:夜瞑想をするときに、手首・首元・サードアイ・クラウンチャクラにつけて深く鼻から深呼吸をして瞑想をする。

朝目が覚めてみた夢を書き留めて、夢からのメッセージを確認する。

 

パロサント 2

ローズオットー3

ネロリ2

サンダルウッド1

ブッダウッド1

ベチバ 1

ペティグレンワイルドフォーレスト4

シスタス1

ミルラ1

カーネーション(アウブソリュート)3

リンデンCO2 2

ブラッドオレンジ2

ローレル2

ジェラニウムバーボン4

オクテアキノックス1

アルパインラベンダー4

など

 

info@argutha.com

あてに宜しければ香水をご注文下さい。

 

メリークリスマス よいホリデーを皆さおすぎしできる事をお祈りしております。

 

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MIDORI 

 

 

 

 

 

HAPPY MOTHER'S DAY と言える事に感謝!

  • 2017.05.14 Sunday
  • 15:33

5月15日 日曜日 曇り 気温21度 

 昨日からの雨も上がり、どんよりとした空の母の日。今日は母がデイサービスの日の為私は、母の日を一日前に祝う事にした。

とはいっても、外で2人でランチでもしようと考えただけだった。

土砂降りの雨の日、母に電車に乗って3つ駅目の新越谷駅の駅ビルでランチをしようと母を誘った。

新越谷駅には、駅ビルが入り駅内で雨にぬれずに食べらる、お茶屋さんが出している母の好物のマグロ定食があるお店があるのでそこで、食べようと考えた。

耳が難聴で心配性の母に朝からこれを伝えると2時間前から用意して30分以上前に家を出てしまう為、母には私が仕事を終えたら用意して行こうと提案したが、案の定母は、1時間前から着替えて準備万端だった。

 寝たきりだった頃を考えると嬉しい事には間違いないのだが、やはりなんだか待たせてると思うと今度は私が息苦しい感じになる。

朝から、リフレッシュしてやる気とイライラを解放できるようにディフューザーで部屋中を森林浴の香りにパインやスプルースの香りで深呼吸しなくては、辛すぎる私がいた。

 雨の日のシルバカー使用は、大変なので杖を持って行く事にした。

最近では、天気が良いと母に習慣にしてもらおうと愛犬の老犬ももちゃんの散歩をNHKのひよっこを見てから、行ってもらっているのだが今日は、大雨でそれもできない。モモちゃんの皮膚病(ラベンダーハイドロゾルを吹きかけてブラッシング)と白内障(フランキンセンスのハイドロゾルを使用して目を洗っている。)もアロマセラピーでかなり改善されてきていて、私がハワイに帰る前に完全に感知してもらおうと毎朝モモちゃんもアロマセラピーでリラックスしてから母と散歩に行って体力強化だ。

 11時半を過ぎた頃、母にご飯食べに行こうか?と言って大きな音のテレビの前で寝ている母に、大声で聞こえるように聞くと、母は、ゆっくり言って聞こえない。といつものように聞き返す。人間は、不思議と大声を出すと怒っているように怒鳴ってしまうのが、悲しい。しかしここは、忍耐と自分に言い聞かせてもう一度大声でテレビを消してから母に呼びかけた。話しかけるのとは程遠いい大声なので、学校の体躯の時間の校庭の端から友人に声をかけるように呼びのようにした。

 母は、そしてテレビの前の設置された、介護用ベットから起き上がり、玄関へとゆっくりと歩いて行く。寝たきりだったためか足がやせてしまい合う靴がなく、最近は、いろいろ履いてみているがぶかぶかの物ばかりである。唯一アンクルブーツが脱げないようで、母は冬用のアンクルブーツをはいて、杖を突いて雨の日傘を差しながら久しぶりのお出かけである。最後に雨の日に出かけたのは、4年前母の長年の友人のお葬式の為に出かけた。肝臓癌で苦しまずに亡くなられた母の友人。母はとても落ち込みその前の年には、御三味線と小唄の先生もなくなり、次から次へとお葬式が続いた。母は、そして生きる事への不安と悲しみの中お酒へとうずもれて行ったのであった。私も、もう若くないので不安に一緒になっていた自分を回想してみた。

 しかし、生物というものは生きる力が強い事を植物の生息を見てもわかる。どのような環境にも順応して細胞は生きて行くのだ。母の細胞組織もそんな中、生きてい行く生存の力の火は消えることなく、消沈していた火から今では、新たな息吹が春の若葉のように脳の細胞も再生されているように、日に日に元気を取り戻しているのが、何よりも楽しみである。

 そんな、母を支えながら電車に丁度昼頃に雨脚も強まる中のると、母は小学生の子供のように久しぶりに電車に乗ってる自分に感動していた。パスモが入っている場所を何度も確認して鞄のポケットを開けて最終的には、母のお気に入りのヒョウ柄のジャケットのポケットに入れた。

 駅に着くなり、外出先で一番心配なトイレに母は行きたくなり、おむつもしていないので、トイレを探してみると2階の駅ビルのエレベーターから矢印の通り、歩いて行くとゴム製のメッシュの運動靴が目に入ってきた。3年間ほぼ寝たきりだった為に母に足が小さくなって外反母趾もあるからこの様な靴が良いんでは?と私が言うと、母、先ずはトイレに行ってからと言わんばかりに、杖を突きながらトイレの矢印を辿りながら、ビルの端の角にあった。

 母がトイレに行っている間に、私は他の靴を探したが、初めに見た靴が一番履きやすそうだった。トイレから出てくると母に、実は今日は母の日の為のランチだと説明し、先見つけた靴もいつも合わない靴で散歩もなんだから履いてみて、合うようならプレゼントすると説明すると、母は『そうなのね。』と嬉しそうに微笑み、母の日のプレゼントを快く理解して靴屋に足を運んだ。土曜の午後で新越谷の駅ビルは混んでない所がなんだか新鮮だった。東京ではありえないのでなんとなくゆったりとした気持ちになり、人もいそいでないので高齢母と安心して行動ができる。

 人気のない靴屋さんでリラックスしながら母に靴屋さんにメッシュの靴を履いてもらうととても気に入り、夏用に薄い青と白のメッシュの靴が良いと言い、母の日のプレゼントして購入して母は嬉しそうに、店員さんに母の日のプレゼントで買っていただきました。と説明している。あっという間に12時半を過ぎていた。お茶屋さんのカフェに行くと雨の日のカフェは、流石にお昼時なので混んでいた。

 母は天ぷら付きのマグロ定食を頼んだ。久しぶりの外食だった。お酒でおなかがいっぱいで、ほとんど食事をとらなかった母は、最近なんとか一人分食べられるようになり食欲も出てきた。大きなエビの天ぷらとしめじ・しし唐・鳥の天ぷらとマグロのお刺身の定食は流石に食べきれず。私と一緒に分けて食べた。夜ごはんには、カフェの向かいの揚げ物屋さんのアジフライが目にはいり、竜田揚げとアジフライを1枚買った。母に駅ビルだからエスカレーターで改札のある階まで行かれるからと説明して手を取りエスカレーターに乗り、母にのぼりのエスカレーターへとガイドして行く。全てが母は、わからない小学生のように私の後をついて歩く。

 母には、なるべく脳を活動的にするように色々と話しかけ説明して母の意見を聞くようにしている。最近では、多くの事を忘れないようにメモに書いてそして、私に確認する前にそのメモを見るようにと提案してみているが、これが可なり彼女には難しいようである。施設に入ると全て、介護の人が着替えや何から何までしてくれるので初め、私と一緒に住みだしたときには、着替えをさせてくれなど要求してきたが、しっかりと母に一人暮らしを長くしたいのであれば、できる事は全て自分でしていくようにと説明した。

 どうしてもできない事だけ私がします。と説明すると母は一人暮らしを人生の最期までしていきたいと決心してなんでも自分でするようになってきて、心をなでおろしている。そんな母は、パスモがヒョウ柄の右ポケットに入っているのも忘れずに改札を通過してエスカレーターでホームまで上がった。学芸大学駅の下りのエスカレーターが両方の階段にはついてないので、エレベーターのある所までホームの中間まで上がり、電車に乗ると母は電車で移動するのが楽しい子供のように外を見ながら次に降りるんだねと言って、しっかりと自分が住んでいる駅が次だと理解していた。記憶は、訓練で少しづつ回復するのだ。勿論、認知力は低下してしまうのだが、母なりに気億のつかさどっている海馬を使って活性化しているのだった。駅に着くと、エレベーターで一緒になった喪服を着ていた老夫婦に、母は結婚式ですか?と聞くといいえ、お葬式です。と残念そうに答えた。母と大雨中、何年振りかに履いた私は、赤い長靴を見ながら水たまりに長靴が入りながら、母を見守り家まで歩き、母に蔵おばあさんまで100歳まで生きられるよ。禁煙も禁酒もできたんだから、頑張って人間として立派に生きてください。生きたくても戦争とかで死んでしまう人もいるんだから、大切な一回きりの人生をね。というと母はにこにこ微笑みながら、本当にそうだね。自分でもお酒とたばこをやめられた事にびっくりしてるわ。と言いながら杖を突いて小雨になった雨の中を二人で歩いて帰宅した。

 

5月の森林浴ブレンドでストレス解消!

4ml 

ブラックスプルース12滴

パインスコッチ22滴

ライム22滴

ベルガモット 25滴

ローズマリー12滴

フラゴニア12滴

クンジア24滴

 

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花粉症と認知症の相関性 

  • 2017.02.16 Thursday
  • 08:23

2月16日晴れ時々曇り気温5度

 

 2017年あっという間に新年が明けて、春節も過ぎたこの季節、日本では花粉が飛ぶ季節になる。

 

 花粉症は日本の国民病ともいわれるぐらい人口1億27,094,745人中の2万500万人が杉花粉症であり、全ての種類の花粉症は2000万人とも推定されている。

1964年に栃木県日光地方におけるスギ花粉症という文献が公式な花粉症とされている。

 花粉症の薬は、通常抗ヒスタミン薬である、ヒスタミンには、血管拡張、血管透過性亢進作用などがあり、これらの作用により、アレルギー症状である、くしゃみ、鼻水などが発生する。風邪のアレルギー症状も同一の機序による。この作用を伴う、ヒスタミン受容体H1受容体と叔母れ抗ヒスタミン薬はこの受容体の作用を抑制する事で、アレルギー薬はこの授与態の作用を抑制する事で、アレルギー症状を抑える。したがってアレルギーそのものや風邪そのものを治す薬ではない。抗ヒスタミン薬は、中枢神経、特に視床下部に作用して眠気を引き起こす、即ち鎮静作用があると考えられている。(ウィキペディア)

 抗ヒスタミン薬は、20世紀半ばから販売されている。この薬は、簡単に薬局で購入できる。風邪薬やアレルギーの薬、抗めまい薬、蕁麻疹・水虫などのかゆみどめなどの塗薬、乗り物酔い止め薬、鎮静薬・麻酔薬などに多くの薬品に使用されている。薬の開発と共に私たちは、無意識のうちに多くの化学薬品を体内に吸収している。そして、その副作用が10年20年後の自分に出てい来る。

 認知症の人口の増加と花粉症の増加は、相関性があるといるのではないかと、疑問に考えているのは、私だけではないのである。

日本の政府は、外交と経済の発展に過度に集中しているのではないか?人間の生活の幸せ度を高める事になぜ世界GDP3位である大国日本国は力をいれる事がこんなにも難しいのであろうか?それは、故に戦後、戦争に負けた国を建国してきた世代、焼け野原だった首都を50年間経済成長にのみ力を入れて、国民の幸福=経済の豊さそして平和な国どいう論理から来ている。それは、それで素晴らしい事である。今そして戦後70年、これからは、日本に住む人々の幸福な人生を成型する事に集中していく時代が来ている。

 アメリカやイギリスは、戦争に勝った国である為、その這い上がる努力が必要ない国余裕のある資源豊かな国である。その為日本の15−25年先を言っている国でもある。特に前大統領オバマ大統領は、脳神経や医療、認知症の研究に国費を費やした。その結果、1990年ど高齢者(65歳以上)の25%が認知症である統計率が今では、世界平均(WHO)の5%にまで低下している。カナダは2%、世界でも最も幸福度の高い国ノルウェーでは1%ほどである。(2012年)日本は、2016年の統計では、26%で高齢者の4人1人が認知症であると比率が、増加する一方である。日本では、ケアーサービスの向上に力を入れる一方、認知症に要因に対応する事がほとんどないのでは、ないかと疑問に考えているのは、私だけではないのではないか?

 ウィキペディアに掲載されている、精神安定剤や睡眠導入剤が認知症の原因の1つになるという事を知っている人は少なく、気軽に睡眠導入剤や精神安定剤を常用している。同様に、脳に働きかける薬抗ヒスタミン薬や鎮痛剤も同じである。統計学では、60%の認知症の患者は、これらの薬を常用している比率が高いのである。

 そこで、将来の自分の健康に向けて皆さんには是非自然療法をお勧めします。

エッセンシャルオイルには、天然の抗アレルギー成分・かゆみ止めなどが含有されています。同時に身体のバランスをと整える素晴らしい自然治癒力を高める成分です。

 マスクにつけてもよいし、ひどいアレルギーの人は、アレルギーの始まる3−4か月前からカプセルでブレンドされたオイルを天然のビーポーレンに混合して1日2−3回飲用するだけです。

 一人一人、コンサルティングをして何が原因でアレルギーになっているのかを確認して、ブレンドをしていきます。

一般的なアロマセラピーではなく、独自のそして最新の検証例を含めたアロマトコロジー(飲用などを含めてその人の全体を体質を見てブレンドしていきます。)

 大きな視野で、自分の将来は、地球の将来につながると考えるとやはり根本的な体質改善が一番必要である事に気づきませんか?

私の母(76歳)は、今高血圧の薬も尿酸の薬もお医者様の検査結果により飲まずに認知症の薬のみ飲んでいるところまでアロマトコジーにより3年後に回復いたしました。

 ハワイのジョン君も極度の緊張とストレスからの週末にでるアレルギーがほぼでなくなるまで改善しています。

家族や友人が健康になっていく、幸せを感じながら人生の幸福を感じて生きているのが幸せである。

 

パーソナルコンサルティング・ブレンドお問い合わせは、info@argutha.com までお待ちしております。

 

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負けないで!大切な命!いじめ・虐待に対抗する私

  • 2017.01.02 Monday
  • 14:10

2017年1月2日 晴れ気温14度

 

 今年のお正月は、3年ぶりに母と過ごしている。

3年前に母が一過性虚血脳血栓で倒れてそして要介護1になり初めて初詣に草加神社に出かけた。

草加神社まで1駅自宅からあり、自宅から1.5キロほどの場所で以前の母なら30分もかからずに歩けたのだが、今の母は45分かけてシルバーカーと私の腕に支えられながら頑張って歩いて行った。

 今年母76歳そして26歳の時に母が生んだ第2子の私は、50歳であった。母は毎日元気だけが取得とも言えるくらい元気だった分焦りとそして老いる事への現実を目の前にしている自分がいた。人生は1度そして長いようで1年1年があっという間に過ぎて行くのである。人生を100年と考えてみても半分生きた私の人生は、辛い時そして幸せを感じていた時何方が長かったかと今記憶を回想していく。昭和41年7月21日気温31.2度の暑い日の夕方私は、東京の父の家族が運営する病院のある亀有で生まれた。母は26歳で、父は31歳であった。この日から、2歳上の姉は、私の存在を厭い両親からの愛と注目を浴びるために私との競争そして私への憎しみが始まった。母が父と結婚している間は、まだ父が家にいた為に姉は、父の注意と父の家族から長女としての注目と愛を受けて私への憎しみそして虐めは軽度の物であった。ただしその度合いは子供としては、可なりの度を越していた。今考えると日本人の戦国時代の遺伝子が残っているのではないかと考えられるほど緻密でかつ卑劣な方法であった。

 私の誕生と共に、姉は生まれたばかりの私へ嫉妬し、それな幼児のころから潜在的な知能の高さが解る方法で、右手を数か月動かさずに当時5歳の姉は、乳児のように親に全てを委ね私への両親からのケアーをそらしたのだ。そんな姉が、公園でどうしてもブランコに乗りたくなり右手を使って上手に漕いでいる姿を母が発見。姉の計画は、そこで崩れた。ここまで考えると子供の考える事のようだが、これを切っ掛けに姉の計画は、私直接的に働きかける虐めへとエスカレートしていくのであった。幾つかの記憶を私が回想すると、4歳の時お風呂に一緒に入ると姉に突き倒されて額を切り、頭から出血した。それ以外にも、私はいじめに疲れ果て5歳半の時に体に力が入らない原因不明の無力症になった。そしてその後も姉の虐めは、精神的に身体的に継続して姉の知能が発達するのと両親の離婚から父からの愛を失ったと同時にいじめの方法は、卑劣で巧妙な物になり母に知られないような方法考えだしていたのである。今思い返してもその方法は、私の胸を裂くほど苦しくて辛い日々であった。母と姉私の3人で生活をしていた頃母は1人で私たち2人を私立の女学校に通わせるためにお休みなく働き続けていた。夜帰宅するのが毎日であった。私は、家に居ると姉の虐めに会うために友人の家や塾や部活動に時間を費やしていたが、夜になるとやはり家に帰宅しなくてはならなかった。姉は、お使いに出すのがだが嫌がると私を真冬の中下着とTシャツ1枚にして外に出した。当時13歳だった私は、下着では外に歩いて友人の家に行かれず踊り場でしゃがんで母の帰りを泣きながら待つ日が何日も続いた。姉は、通常母の帰宅する時間の10分前に私を中に入れて、母に言いつけるともっとひどい事をするからと私を脅して、母に私が泣きつくのを防いだが、ある日母がいつもの時間よりも早く帰宅した時私が、泣きながら踊り場にいるのを見つけた。私は、母に見つかると姉が仕返しをもっとするから姉を叱らずにいてほしいと言ったが、母は勿論姉を叱った。その次の日、私は、姉の竹刀で殴られ続けた。またある時は、包丁で追いかけられたり、首を跡がつくほど絞められたり、また精神的には、『一睡でも眠ったら顔をから熱湯をかけるから寝るんじゃない。』と脅されたりして、私は精神的にそして身体的にボロボロになっり、金縛りになりながら眠る日々が続いた。14歳の時私は、生理が来たと同時にホルモンバランスが不安定にになり、苦しくて苦しくて、この苦しくて辛い世界に生まれてきた自分を人生から消してしまいたくなり、自殺を考えた。

 この世から自分が消えてしまったら、この苦しい人生から解放されると14歳の時真剣に考えた自分を回想している今でも涙が出てくる。そんな時、小さい時に、母が私にタンポポの花を見て、小さい時から音楽や絵画に才能を発揮していた姉と違い、記憶力も悪く動きも遅かった私に、『みどりには、このたんぽぽのように踏まれて次の日に起き上がって生きてい行く力があるよ。だからタンポポのように頑張って行きなさい。』と言ってくれた言葉を思い返し、姉に大切な人生を台無しにされて人生を終わらせてはいけないと考えた。それから、私は、勉強に専念した。勉強をしている姉は、私を虐めたので家に帰ると姉に虐められるので遠くの水道橋の塾を選んで通ったりした。そして18歳の時、両親を説得してカナダに留学した私の人生は、180度幸福への道を歩んだのだ。留学する前の日にも、姉は、留学中に何らかの緊急事態の為に私は、近所のカフェでバイトをして15万円貯金をした。その通帳を姉は見つけると、私のビザのついたパスポートを手にハサミを取り、通帳を渡さないと私のパスポートを切り刻むと脅して、私は泣く泣く通帳と判子を渡したのだった。当時姉は20歳だった。現実に考えてもこの行為は、虐めを超えて犯罪になる行為であるのは一目瞭然である。家族である以上仕方なく私は通帳を渡したのだった。

 今50歳になり、生きる尊さを考えて、この姉に負けずに生き抜いた自分は、立派だったと感じ考えらる自分がいる。自分の生きる生き方を考えても生きていて良かったと大きな声で言い切れる自分がいる。

 その後何度となく姉からの虐めにあってきたが、23歳の時カナダから帰国してからは、虐めでくよくよしていた自分から生まれ変わり、春日差しを気持ちよく浴びて咲いているタンポポのように生きている自分がいた。帰国後は15年外資系の会社で働きその後、この私の辛い経験から、私は人を癒す仕事をしていきたいとも考えられるようになり、それを成人してから自分で実践できアロマセラピストして活動もしてきた。

虐めで自殺をする子供立ちをのニュースを見ると心がとても痛いし、その子供たちの気持ちも本当に理解できる。ただ人生は、自分で生きるために存在して、小さいな心中にも一生懸命生きているとそこには、喜びがありそして生きる価値を感じる事ができる。消して生きるという事を諦めていけないのである。日本の文化で切腹が美しく尊い生き方として終止符を打つ事がたたられているが、人生死んでしまっては、何も始まらず。生きたくても病気で死んでいく人や事故で亡くなる人もいる。この世界で自分で事故の人生を断つ事は、言葉では表せない辛く悲しい結末である。虐められたら、全ての環境を一変するのが一番であると私は、考えた。

 昨年、11月19日午後6時半から姉と3年ぶりに再会して母の介護を協力する事を決議する話し合いに挑んだ。姉が狂気に立つ恐怖で私は、第3者を交えて話し合いをした。そして姉は、自己を固視して母が通帳とパスポートを返して欲しいというと、私が母のアパートの名義を昨年2年間母の保険料と税金、生活費を負担し続けていた末考え付いた。母の収入源を私の名義に変更する以外には無く、母も同意して手続きをしたのも関わらず、姉はこれを訂正しない限り、返さないの一点張りになり夜中まで姉は怒鳴り続けた。姉は、『もう私たちは、家族ではない。それでも良いの?』と母に言うと、母は自分の通帳とパスポートを返却しない姉に向かって『貴方は、一人でも生きてい行かれるわよ。ハリー(姉の前夫)を捨てて2回も結婚できる強い女よ。』と玄関越しで言われた姉は、図星ををつかれてそのまま何も言わずに玄関の扉を閉めて出て行った。実際にこの姉の行為も通帳の中身を見ると24万5千円マイナスになっていてたので、横領行為で犯罪である。家族だから訴えていないだが、今後このようなことが発生したら、公的な処置を真剣に考えないといけない現実である。多くの高齢者が騙されているのが現実である。私の人生は、虐めそして介護生活現代のトレンドに完全に乗っているのだ。

 この話し合いの後母が私に言った言葉を私は、忘れられない、それは、『あなたが18歳の時留学させたのは金銭的には大変だったけど、あの時みどりが留学してなかったら、貴方は死んでたね。』私は絶句して気が付いた。当時18歳の私は、姉から離れるのは日本から離れるしかないと考えたのだった。そして実際に3年前にも同様の方法を私はとったのだった。幸せな人生を生きるために日本を離れたのだった。しかし今回は、18歳の私ではなく、42年後の私であり、これ以上姉に振り回される人生を歩む事はないと考えた手段だった。人間の心理・性格は幼い頃の環境で決定する。私の幼児期は、辛くて悲しさの凝縮された日々だった。

 そして今その2つを辛さと悲しさそして決して美しくはないが、悲しみの感情の津波の連続で乗り切っている自分の50年の人生、生きている意味を今見つけている。虐められている人、家族に恵まれずに必死で介護生活をしている人それは決して楽な道では無い道です。しかし生きる意味はそれなりにあるのです。

フェイスブックはSNSで楽しそうな写真では、図り切れない辛いページがあります。でも生きる意味があるのは、人それぞれ素晴らしい価値があるのです。

 それは、人間としての権利であり義務であり生きる事を直視する責任でもある。自分の生命がこの地球上にある限り、生きていく尊さを考えて決断をして行動をする事で生きる価値を見出していくのです。諦めずに自分なりに生きていくことに価値があるのです。するとそこに、小さな幸福な人生が存在している事に喜びを感じる事でしょう。

 

 年明け早々辛い私の人生のお話ですが、改めて新年を迎える私の人生51年目を自分らしく生きる事を心に強く誓いこのブログを書き収めます。また、このブログを読んで下さった方がたのご感想お待ちしております。このお話をするには、51年の月日をかけての告白です。話すだけでも心の癒しになると寂聴さんが言っていた事を思います。私は、香りに助けられてここまで来れました。そして過去を引きずらない為にも今ここで辛い自分から解放されます。LETTING GO OF MY PAST!

 

LETTING GO BLEND 過去の自分から解放されるNEW YEAR BLEND

10ml香水

ローズオットー4

ローレル4

オレンジブロッサム2

ブッダウッド5

リンデンブロッサム9

ダバナ2

ベルガモット12

セージラバンドュフォリア1

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

 

 

 

クリスマスと師走前の孤独と孤立を感じないブレンド No More Loniness & Isolation

  • 2015.12.08 Tuesday
  • 12:32
 12月7日 月曜日 晴れ時々曇り 気温27度

 クリスマスが近くなると母の誕生日を思い出す。
母はクリスマスイブに生まれた聖なる人のキリストの亡くなった日に生まれた人で彼女はクリスマスイブに多くの友人を集めて自分のお店でお誕生日パティーを兼ねて大きなパーティーをしていた。
 そんなクリスマスの私の思い出は、余り家族的ではないものばかりで寂しい思い出ばかりである。母の為に、クリスマスイブお料理を作って家で待っていてもいつもよぱらって真夜中に帰宅する彼女がいるだけで、待ちくたびれてしまった姉と私は他愛もない事で2人でイブに大喧嘩をした事もあった。
  そんな私が家を出る計画が成立したカナダに留学をした時には、ホストファミリーの家族に囲まれて心温まるクリスマスを毎年迎え心温まる経験をクリスマスホストファミリーの人々と迎える経験をした。。
 そんな母がお店を閉めてから定年後、友人が次々と亡くなり寂しい誕生日を何年も迎えそして父が亡くなり、母が倒れて2年目のクリスマスは、私は自分の家族から解放され孤独と孤立から解放されハワイで家族団欒のクリスマスを迎えようとしている。
 悲しい事に家族環境にに恵まれない私は、その環境から離れると本当に幸せになる。
以前は、その幸せを否定していた自分が何処かにいたのだが、今ではそれが本当の幸せであることを心の底から感じている。
人間は、家族や環境に恵まれない時には、新しい世界へと旅立つ力という知恵がある。今のシリアの難民とは比較はできないが、自分の心の中では、難民ののごとく私は、日本を離れてハワイの地に生きつき、本当の幸せを毎日ほのぼのと青い海と空トレードウィンドと暖かい家族と愛に囲まれる日々をほのぼのと感じている。
 カナダから帰国して何度となく母や姉とそして父と幸せに仲良く生活をする計画を立てたが、その計画はすべて無駄になってしまった。
 日本は、実際に孤独な老人が多いいのは、人間が何故か家族という絆を大切にしすぎだからかもしれない。家族以外の人々が
仲良く生活する事を考えればより大きな形で孤独と孤立から解放されるのではないかと考えられる。
アメリカの素晴らしい事は、家族以外の人でもクリスマスや新年を楽しく過ごす事を尊重している。それは、核家族を経験して
その賛否両論を理解した末の人間の幸せの形を受け入れているからかもしれない。
孤独と孤立から解放するためには、今後全世界の人々が長生きするにあたってこの家族以外の人々、気の合う人たちと生活をする形を受け入れる事が大切であると思う。勿論それでも、一人暮らしを選択する私の母のような孤立した人は、別かもしれない。
私は、今自分の人生を半分以上過ぎる所で、やっと本当の自分の幸せを世界の楽園ハワイのカイルアで見つけたのだ。
『幸せは、突然やってくる。』と良く言うが、私の場合は長年人生を充分に生きてきてやっと自分だけの幸せを感じている2015年最後の月12月クリスマス、師走そして真実の幸せを迎えている。
 人間行動学のバイオロジーに出会っていなかったら実際今の幸せはなかったに等しい、神様や女神そして妖精達にお願い事をして
幸せになれるように多くの努力をしてきたが、実際には幸せは感情的になりすぎたり、何かにすがって見つかるものではなく自分で研究し努力し考えて見つけていくものである。もしもカナダで勉強していた時にこの人間行動学を学んでいたら今頃私は、もう少し違った人生を歩んでいたに違いない。過ぎてしまった事は、今さら考えても仕方がないのでせっかく学んだヨガの哲学にのっとり!『BE PRESENT』(今を生きる)をモットウにして生きていこう。
 まずは、今が一番大切で、今何かつらい事があったらそのつらい原因を取り除く努力をし、そしてその結果が何であれ、つらい自分にならないように同じ事を繰り返さないようにその行動と決断をしなくてはならない。
 私の場合、家族から離れた4年間のカナダが本当の自分の人生が始まった時で、日本に帰国後再び家族に揉まれてつらい人生を23年間過ごして今再び家族と日本を離れて、幸せな人生孤独と孤立感からかけ離れた愛多き幸せな人生を歩んでいる。

恐らくこれは孤独と孤立を家族の試練から体験してみないと深く感じられないのかも知れないと考える自分がいる。ただもし私の友人に同じような経験を進めるかというと、余りお勧めする体験ではない。それは、戦争を体験した人々が次の世代の人々に言い伝えるきもちにもきもちにも似ている 。かくかぞく核家族そして家庭崩壊時代に育った私にとって、家族や血の繋がり以外に深い感情と気持ちの繋がりを見付けていくことが世に大切である事をこれからの世代の日本の人々に伝えてたい。それには、やはり社会的な 決まりを恥れて大きな視野で人間関係を拡大する必要がある。既にその世代を超えている北米では、家族も大切にしそして気の合う仲間も大切にする行事が広まっている。血縁だけではなく、養子縁組やゲイマリッジの一般化などもその1つである。
 ジョンの家族も3人目の子供を養子にしている。カナダのホストファミリーも同様に3人目を養子にしている。この二家族に共通して言えることは、3人目の子供が老後近所に住んでいつも必要なときに手を貸している。まったく血縁がなくても長年一緒に生活した家族である証拠以外何物でもない。今この核家族と家庭崩壊に育てられた子供達は、新たな盛大として段階を経て家族や仲間を大切にし意識して社会を構成していくのだ。彼の娘やその友人たちを見ていても、自分の親が離婚しているのが普通になり家に両親以外の人が住んでいる事を自然に受け入れている。離婚する事が幸せの次のページになり、それを自然に受け入れられる環境を今後作ることでより愛のある社会が構成されていくのである。結婚も離婚も好きなものが好きなだけする事を受け入れる社会にならないと、この長寿の時代、孤独と孤立の人生を過ごす人々が増大する。人間らしい生き方の大切な一つは、気の合った人々と時間を自然に過ごす事であると人生半分を生きてきた私は、痛切感じる。さて人間行動学の論理の上では、その気の合う人=自分と似ているホルモンンバランスに人なのである。そのホルモンのバランスを研究実験は、世界的に行われているのが現状である。
 アロマセラピーにおいても、人間のホルモンのバランスを整えるニュロトランスミッターであるとイギリスやアメリカで認証されつつある。その人工的なホルモンは、発がん性があったり成分が強すぎるので長期的に摂取すると人間の自然なホルモンバランスをとる自然治癒力を阻害してしまい、精神的・感情的な不調和が発生する。天然の成分は、多くの成分が自然のバランスの状態で存在しているので、経験豊かなアロマセラピストによりブレンドされたブレンドを使用する事によりそのバランスが自然なリズムで調節され強壮されていくのである。今後この論理を理解していくことにより多くの感情的症状が改善されていく事が可能になる事であろう。
但し、自然の原理には、現代人の求めている即効性が劣るのとオイルの生産力が追い付かないため価格と効果が見合わないのが欠点である。そこで、やはり即効性を求める現代人には、人工的な薬を使用する結果になる。
 自然派の私は、やはり自然な方法を選択するが、勿論人工的な方法を100%否定する事はない。ただ長期的にはどの化学者の人々も人工的な薬を接種する事を進める人はいない。
 最終的には、自己の健康管理はやはり大人になったら自己責任になる事である。苦しいのは一番自分であり、すべての病気には原因と結果が存在しているのでその原因を1つでも自己責任で減らしていける選択を毎日積み重ねていった結果の健康な自分が存在するのである。
 
   孤独感は孤立した生活の結果から発生する。

悲しい事だが私の両親も、結果的には孤立しそして今その結果自分の孤独な人生の最後を過ごしている。それは誰の責任でもなく、全て自分の責任で要因を作り結果が発生したのである。
 今戦後から70年全ての人々が自由に生きる環境をほぼ自由に選択できる時代。さてあなたは、残りの人生を孤立から孤独へと歩むのか、それとも、孤独とは反対の『愛』を分かち合い大切な人々と繋がりを深めていく人生を歩むのか、諦めずに今から計画を立て行動をとる事をお勧めします。

Merry Christmas Diffuser blend 12ml
愛を感じる人生を歩む選択へと導いてくれる香り

オレンジ 3ml
タンジェリン2ml
シナモン0.5ml
ジンジャールート0.5ml
オレンジブロッサムアブソリュート1ml
ファーバルサム2ml
ローズマリー1.5ml
フラゴニア2ml
バニラ1ml

使用方法:1日30分お部屋にディフィューズしてリラックスして音楽などを聞き自分を見つめてみましょう。
その後思いついた人へメールや電話をしてみましょう。

LOVE&LIGHT,
MIDORI
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Dreaming of Hawaiian Vanilla Orchid Blooming ハワイでバニラ蘭の開花の夢

  • 2015.11.29 Sunday
  • 07:13
 
 11月28日土曜日
 ハワイは、ここ数日雨それも1日中雨が降り晴れ間は、30分昼過ぎにあるぐらいで、朝は気温が22度に下がるほど肌寒い冬が訪れていた。
 東京育ちの私には、あまり寒く感じない冬のハワイだが、ハワイ育ちのジョンには、とても寒く感じるようだ。さすがの私もここ1−2週間雨が毎日降り続けると青空と太陽の暖かい日差しが恋しくなる。
 そんな11月の日通販で購入した11個バニラオーキッドの苗を植えた。寄生して育つ蘭は、木に絡まりながら木の成分を栄養にし成長する。15センチほどの苗木を昨年食べた9本のストロベリーパパイアの種から育て上げ1メートルから1.5メートルに育った木の根元にオーキッドモスを湿らせて植え付けた。残りの2個は、25歳のパームトリーにオーキッドモスのバスケットに植え付けたバスケット事ロープで括り付けた。
日当たりは1日3−4時間ほど辺り、気温も平均して25度なのでバニラオーキッドが育つ天然の環境である。バニラオーキッドは、数十メートルの蔓を木に幹などに沿って伸ばして上にまたは下に成長し、ペールイエローの花を開花させる。開花は24時間だけで開花している間に受粉しないとならなバニラポットは実をつけない。バニラポットはバニラオーキッドのフルーツであり、ビーンズは種になる。そのポットを天日干し1週間移譲させて発酵させ緑色から茶色になり芳香な香りを放ちだしたら出来上がりだ。
 バニラは、メキシコのアステカが原産地であるが、世界中のバニラ産出量はタヒチ20%やマダガスカル70%なアフリカのコーストラインの国々などトロピカル地方で盛んに栽培されメキシコではほとんど栽培されていない。マダガスカル産のバニラはバーボンとも呼ばれクリーミーで芳香な甘さがある。タヒチ産のバニラはアニスのようなフルティーなさわやかな甘い香りである。私が購入したのは、タヒチ産の物であり、より女性ホルモン系の成分が高い。
バニラの歴史は15世紀メキシコアステカでカカオと一緒に混ぜて飲むドリンクが貴族の人々の間で広まり、17世紀にスペインの植民地になりスペインからこのバニラがヨーロッパそしてその植民地アフリカマダガスカルへと広められ栽培されていった。
観光業が盛んなハワイでは、環境はとてもバニラオーキッドの栽培に適していてもほとんど商業的には栽培されておらず、ビックアイランドでハワイアンバニラを栽培しているファームがあるが、主に食用で栽培している。
 オアフ島には、観光が盛んなのでバニラファームは残念ながらないが、ジョンのお兄さんの家で栽培し何回かバニラをバニラポットを収穫していた。2年前に病気になり残念ながら枯れてしまったそうだ。7−8年かけて育て上げたバニラオーキッドが毎年開花していた花が枯れてしまったのは、残念なことだ。なので私は、実際にバニラポットがなっているのは見たことがないだ。
 そして、アロマセラピストして一番注目したいのは、オーキッドの丁度人間に例えると子宮になる部分がポッドになるのだ。つまりバニラエッセンシャルオイルは、人智学的に説くとオーキッドのホルモンが濃縮されて保管されているのがポットだ。1キロのバニラビーンズで1mlのオイルが抽出されるほど産出量は少ないのでバニラはとても高価なオイルだが、現代の女性にはとても必要はオイルであり、私が作るパーソナルブレンドの婦人科系など不妊症や更年期の若返りのブレンドにはは必ずと言って良いくらい使用している。
 残念ながら一般的に出回り販売されているバニラのオイルは、ほとんどが不純物が混合されていたり人口的合成された人工的なバニリンの成分のものが一般的に使用されていていたり、天然バニラオイルとされていてもクローブオイルを人工的に化学反応を起こさせてバニラの香りのバニリンを合成して作るバニラのオイルがほとんどであり、実際のバニラの効能はない。天然のバニラは、つまりとても希少な存在である。
 そのほか、天然の純粋なバニラエッセンシャルオイルの効能は、抗酸化作用・抗がん作用・坑感染作用・鎮静作用・リラックス効果・不眠症・うつ病・血糖値安定など効能の幅はとても現代のストレス高いライフスタイルには必要な効能ばかりである。


私がベビーバニラオーキッドを受粉させてポットを蒸留日は、6−7年後だがその間バニラの生息エネルギーを感じ理解しながらバニラのエッセンシャルオイルの効能高いブレンドを作ってきたい。
バニラのエッセンシャルオイルは、通常アブソリュートといわれているのでアブソリュート(ヘキシン)に抽出されているが、最近ではCO2蒸留がタヒチで行われ、内服も可能になっている。
アブソリュートは、どろっとした濃厚な茶色をしているのだがCO2はアンバー色の濃厚などろっとした樹脂のような感触だ。
皮膚にもとてもしやすく、1日中一度つけるとほのかな甘い香りを楽しめとてもリラックスしてハワイの私の甘い生活をより甘い物にしてくれる。

HAWAIAN SWEET DREAM perfume 10ml
バニラ 3滴
ジャスミンサンバック3滴
イランイラン1滴
ホワイトジンジャーリリー3敵
サンダルウッド2 滴
ブラッドオレンジ 3滴
パルマローザ4滴
ダバーナ 2滴
アンブレッドシード1滴

使用方法:手首や耳たぶの下胸元塗布して使用して香りを楽しみ、生きる女性としての喜びや人生の美しさを感じる。
女性ホルモンのバランスを整え、気持ちの安定、質の良い睡眠を与える効能を期待できる。

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MIDORI







 



 

ココナッツの葉でバスケットを作りながらロクシーの胃腸炎のばい菌対策アロマセラピー

  • 2015.09.28 Monday
  • 06:14

9月23日 金曜日 晴れ時々雨(シャワー)時に虹が出る  気温28度
 ジョンのお兄さんのお嫁さんクリッシーは、絵本などの挿絵を描くグラフィックアーティストをかつてしていたのですが、
2人の子供ができて今では専業主婦ですが、アーティストの心が日々芽生えて、子供達に手作りの洋服やアクセサリーなどを
作っているクリエイティブなママである。私と同じ年でなんと、中学時代の親友とバースデーも同じであってからなぜか親しみを
感じていた。
私も作るのが大好き! 彼女の家は山の斜面の一面に建ち、ヤギやココナッツの木そしてハーブガーデンなど作りハワイアンライフに満ち溢れている。クリッシーが自然素材ココナッツの葉でバックを作るのに凝りだしてから2週間ほど過ぎた頃私にも教えてくれるというので、家に出向くと家の中は其々のユニークな形とパターンのバスケットがそこ彼処に転がっていた。
 初め彼女は、キッチンを整理するのに必要な籠を作ろうと思い起ち、目の前に生えいているココナッツの葉が目に入り、ハワイで伝統的な籠づくりを研究し、見様見真似で作ったらはまってしまったとの事。
 まー目の前にココナッツの葉が生えているというのもハワイならではの環境だ! 日本だったら竹(バンブー)の様な存在です。
植物の存在は人間の生活には、掛け替えのない存在であり、その自然を大切にして生きるとエコロジカルライフが自然と存在する。この籠は、全てバイオディグレイダブル(地球に自然還元する)ものでゴミになっても自然に戻る地球に優しい素材全てで作るのが彼女のモットーだった。人間は便利さを追求して生活している間にここ100年で地球に多大なダメージを与える素材で生活をし続け、環境を破壊し今ではダイオキシンや放射能そして化学薬品などが今度は人間の健康をゆっくりと浸食していき新たな病気が発生している。それを防ぐには、やはり1人1人がエコロジカルなライフスタイルを選択するしかない!スローライフは、人間を健康にしていくのである。
 ラニカイの私の処からハイウエーをH3からカメハメハハイウェイーから行くと45分ほどで車で着くのだが、ハワイの道に慣れていない私は、9時に行くはずが道に迷い気が付いたら9時20分を過ぎていた。クリッシーは私を心配するというよりは、早く一緒に籠を編むのを楽しみに待ってましたとばかりに、私が着くと、大きな枝切り長バサミを取りに行き、長靴を履いてドライブウェイの方に垂れ下がっているココナッツの葉を切りに小雨の中庭に出た。葉は170mlほどの長さでで、その葉の列を数えながら、サクサクと彼女は細かく切り出して、部屋の中に入り、葉の編み方を説明してくれた。葉の芯を中心に考え左右にし列を偶数にして、8列の葉なら真ん中の4列目から編み、左を上にして交互に葉を重ねて編み、頂点をクリップで止めて反対側も同様に編み、同様にもう一つの編み、クリップの部分を合わせて表と裏を編み合わせて行く。底が難しく、ノリも何も使わないために底をしっかりと編みこんで行くと自然な形で籠が出来上がる、芯の長さで籠の形が楕円になったり、四角になったりする。


 二人で其々編み出してあっという間に、直径40CMほどの大きな楕円形の買い物用バスケットが2時間ほどで出来上がった。編み物だったら1週間はかかるほどの大きなバッグがこんなあっという間にできてそれも材料はココナッツの葉だけ!そのココナッツの木はハワイのどこにでも茂っていて、こんな簡単にできるのでびっくり、そしてなぜ皆使わないのかと疑問に思うくらい素敵な籠が出来上がった。100年ほど前では其々の島に住んで切る人がオリジナルに思いつくままに作っていたバスケットは、今では全く見られなくなっている。自然を大切にする生き方を尊重しているクリッシーに出会えて感謝感激です。

 2人籠を編みながら、クリッシー以外家族皆が風邪を引き、ロキシーだけがまだ治らず、金曜日の朝お医者さんで処方された薬が気がづ、胃腸炎と咳込で小学校を休んでいるクリッシーと秋休みにはいったお兄さんの中学生のオーエンがPCゲームを仲良くしている。1−2週間ほど頭痛と吐き気でつらいロキシーは来週から始まる秋休みにサンフランシスコのアナの家に初めて飛行機に1人で乗って遊びに行くはずが、病気でいかれなくなるかも?と残念がっていた。

 そこで、ホームアロマセラピーの提案!(ハワイは4シーズンの休みがあるのです。)
毎日3-4回蜂蜜に1滴のシナモンバークオイルを入れてよく混ぜて唇にはちみつが着くのを避けて食べるのと、(唇に着くと刺激で赤く炎症をおこすので。その場合は、ホホバオイルやココナッツオイルでふき取る。)カプセルに私がブレンドしたオイルを入れて1日3回ブレンドをカプセルに入れて食べる。


【胃腸炎を発生する風邪用のブレンド内容】
症状:痰が絡んでいない咳をする。頭痛と吐き気1−2週間継続。
年齢10歳 体重 40キロ

エッセンシャルオイル:
カモマイルローマン 1ml
シナモンバーク1ml
ユーカリポリバクタエ2ml
フラゴニア2ml
タンジエリン 3ml
キャリアオイル:ニゲラサッティバ(ブラッククミン) 6ml
これを1mlのカプセルにエッセンシャルオイルをまず入れてからキャリアオイルを入れる。1mlのベジタブルカプセルが大きすぎたら0.5mlのカプセルにいれてグラス一杯のリンゴジュースで飲む。0.5ml のカプセルの場合は4時間に1回グラス一杯の水で飲む。
「注意」
*このブレンドを使用して症状が3−4日間で緩和されないようならブレンドを変える。
*内服できるエッセンシャルオイルを使用する。
*経験のあるアロマセラピストにコンサルティングを受けてから必ず内服用オイルは使用する。


ロキシーは、無事元気になりサンフランシスコ行きを楽しみにして次の月曜日から学校に行っていた。

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tel 090-6526-6334


 




 

ハワイ最古の植物園アロマセラピーを学びながら フォスター植物園見学へ

  • 2015.07.12 Sunday
  • 07:38
7月11日土曜 気温28度 雨時々晴れ

クロッププラント(4−5年に1回開花する植物でアロマセラピーとは程遠い死体の香りでハエを導き繁殖していく植物です。) 実際に香りをかいでみての感想は、生臭い魚の腐った香りであり、可成り不快な香りであった。4−5年に1度だけの開花で良かったと思った。毎年この匂いの花が咲いたら大変な不快な気持ちを感じてしまうのだ。やはり自然の法則は、必要に応じて繁殖していくまたは生息していくのでは無いかと納得した。

フォスター植物園は、ホノルル中心街のチャイナタウン直ぐ近くのノースビンヤード道りあり、かつて1,853年ほど前カメハメハ大王の妃のカラマが庭をトロピカル植物をこよなく愛したドイツのフィラード医師が貸し出した。20年後トーマスフォースターが買い取り夫人マリーがその後引き継いてきた庭園をホノルルに贈呈され650エーカーほどのこじんまりした植物園である。。







 
ハワイでも歴史的背景の深い植物園である。

植物園の入り口にはかつてサンダルウッド貿易で栄えた時のお金の代わりに運んできた石があり、実際にのサンダルウッドはオアフ島では残念ながら見られなかった。正面の入り口で入園料5ドル(現地の人3ドル)を払い入園すると大きな菩提樹の大木樹齢150年余りの木が堂々と入園者達を迎えた。フォースター夫人は、仏教徒だったため、庭園には仏教に由来した木々や仏像があった。

ハートの形をした葉は菩提樹の葉
ボディヒツリーまたはボーツリーとして命名されている菩提樹は、マリー夫妻が仏教徒であった為大切にこの植物園で栽培されている。幹は樹齢150年に相当する大木で5人の人が手をのばしてやっと届くほどの大木だ。ボディヒツリーは、お釈迦様がこの木の元でメディテーションをして悟りを開いた木として知られていて、その葉がハートの形をしている為アナハタチャクラ(第4のチャクラハートのチャクラ)のバランスをとる木として言われている。アロマセラピーでは、リンデンブロッサムのアブソリュートとして知られている。菩提樹の花から抽出されたこのオイルの香りは、ローズやジャスミン、ネロリとも異なりフローラルの中でも落ち着いたフローラルな香りで濃厚な蜂蜜の様に甘いアロマは、母なる大地の温かさの様にこの香りに包まれると心が温まる香りで優しさと平和なのどかな気持ちそして中性的な香りでもある。私が一番記憶に残っているリンデンの香りは、2,004年の夏にベルリンの友人を訪れた時に町中がリンデンの花が咲き乱れそれはまるで日本の桜の様にアイボリーの小さな花が満開にさき公園という公園にはリンデン(Tilia vulgaris)の香りで満たされていた。ナチスドイツが第2次世界大戦の負けて終戦悲しい空気が満ちていたベルリンの人々をこの花の香りが癒していたのだろうと思い、私は、その夏リンデンの香りに包まれて心が柔らかくなっていくのを感じながらひと夏をベルリンで過ごした。
 ハワイでは、菩提樹の香りよりトューベローズやプルメリアのより官能的なトロピカルな香りがハワイの海風トレードウィンドと共に私達の心を癒してくれる。より創造性を高める第2のチャクラネーブルチャクラ(マニュプラチャクラ)に働きかける香りで人間関係が円滑になり皆が仲良く思いやりの気持ちで平和に暮らしている。現にハワイの人々は横と縦の繋がりがとても深く、ジョンの家族もいつも中よく連絡しあって生活している。
 人間の繋がりを大切にする生き方は、本来日本人の生き方にもあっている。150年ほど前に移民として日本人が住み着いたのも深く理解できる土地柄である。現に200年ほど前のポルトガル人の移民やアメリカ人よりもハワイには、パールハーバーの襲撃があった第二次世界大戦以降一番日本人の移民が多く移住しているアメリカでも唯一アジア人が45%を占めている州である。

 2日前にジョンのお母様からのプレゼントのトューベローズが開花して毎日家に居る時は2−3回香りを楽しんでいる。ハワイ語では、PAIKAI そしてラテン語では、PAlianthes tuberosaハワイの結婚式のレイには欠かせない花であり、この可憐な白い花からは想像もつかないほど豪華でそして美しいブーケをかもち出す香りである。一年草であるが、ハワイでは一年を通じて二十四−二十七度のため多年草で栽培されている。ジャスミン同様夜に香りが強く、やはりハネムーンなどには欠かせない香りである。インドや中国そしてメキシコでは、夜の花という名前が現地語で命名されている。
アロマセラピーでは、アブソリュートとして百年以上前からローズやジャスミン同様に希少価値として使用されてきて、女性の天然香水には欠かせない香りでもある。私も、ハート オブ レイの香りに使用して、ジョンのお姉さんにサンフランシスコに滞在した時のお礼にプレゼントして喜んでもらったり、ハワイでのトリートメントでヘッドマッサージに使用して心から美しく感謝した気持ちにになる香りとしてハワイでは大切な香りである。日本でこの香りを聴くとどんな気持ちになるか八月帰国した時に使用するのも楽しみでもある。
効能は:媚薬、官能性を促進、エンドルフィン促進で鎮痛効果、高揚、殺菌作用、ストレス解消、短気な気持ちを解消

フォースター夫人のコレクションは、エキゾチックなトロピカル植物であり、豪華でエキゾチックな欄の花以外にハイブリッドされていない欄の花の源である欄の生息も見ることができる。欄は、寄生植物で他の植物に寄生して生息するので、木の枝などに木でしばりつけて霧吹きなどで水を毎日吹きかけると一年を通じて花をつける。寄生するのは、自然の摂理にかなっているのか、可憐に咲く天然欄と人工的に交配されてエキゾチックな欄双方に美しさを感じます。
 右が天然の欄の花天然の欄がキャンドルツリーに寄生している写真。
キャンドルナッツツリー(Aleurites moluccana)はハワイでは、ククイナッツとして知られている。ククイナッツは、レモンイエローの長い実であり、白い花が開花した後に実を一年を通じて実らせる。ククイナッツオイルは、アロマセラピー使用のキャリアオイルの中ではオイリーな方で、キャンドルオイルとしてハワイでは使用されていた。またはナッツを磨いて首飾りとしても使用されている。髪の毛や爪などの艶をだしたりするのに適していて、肌に使用すると固い脂肪分は肌には浸透しにくくぬるぬる感が長時間かんじる。日本でいう椿油の感触ににている。見た目も椿の実とククイナッツは似ている。
 植物油の使用の仕方を把握する事で、アロマセラピーの効果を絶大にする事ができる。ある日本の有名サロンを訪れた時日本産のアロマセラピーをするというのが売りで、椿油でマッサージをされて全身がぬるぬるしたままエッセンシャルオイルも浸透せずプラスマッサージ中にエッセンシャルオイルは1%の気尺度だったのにもかかわらずかゆみを感じてしまい、マッサージが終わってから直ぐにシャワーを浴びなくてはならず、アロマセラピーの効果は無残にもシャワーの水の中に流れて行ってしまう結果になってしまった事を思い出した。ククイナッツも同じようにマッサージには不適切で、サンスクリーンなどカバーするのに適している。ビタミンA/C/Eを含有しているので栄養分が豊富である。特にきめの細かい日本人の肌には、浸透率が悪いので、やはり爪や髪の毛または、日焼けに使用するのが一番である。

キャノンボールツリー( Couroupita guianensis) 南アフリカ原産国の木て花と実が木の幹に沿って蔓状になる不思議な木。花の香り甘いフルティーな香りがする。実の中のジュースの古ティーな香りのほうが強く、この香りで鳥や豚などをひきつける。

 

 アラビアンカコーヒーの実(Coffea arabiaca) 北アフリカ原産国九世紀にコーヒーが飲み物として発見された。1813年にハワイに持ち込まれて栽培され、ハワイアンコーヒーとして今では有名である。方向性の高い白い花は、実をつけ実の中には二粒のコーヒー豆がなっている。
  コーヒーの香りは、475以上の香りの化学成分から構成されていて、脳の満腹中枢神経叢へ伝達していく。食後にこの香り豊かなコヒーの香りをかぐと満足感を引き出す。カフェイン以外にもアロマの効果が高い。香りを楽しむ為にもローストはマイルドな方がアロマを楽しめるので是非皆さん、マイルドローストを楽しんでみてください。










左の枝に小さなカカオの実がなっています。これが手のひら大に成長していきます。

 チョコレートツリー (Teobroma cacao ) ハワイで二十世紀にはいりカカオが栽培されている。残念ながらチョコレートに加工する過程がハワイでは行われてない為、ハワイ産のチョコレートはかなり効果のものになっている。実際にカカオのエッセンシャルオイルは、存在しその香りは実際のチョコレートを食べているようにエッセンシャルオイルをチョコレートでは無いキャロブなどに入れるとチョコレートと同じ味になる。甘い物が好きな人のダイエットには欠かせないまたは、チョコレートのアロマの効能は、ストレス解消、心配性解消、創造性を高める、官能性を高める。
 
バオバブ(Adansonia digitata)の木は、南アフリカが原産国で、葉は薬草そして蝙蝠が花のネクターを好み、バブーンが実を食し、麒麟が柔らかい葉を食し、象が柔らかい樹皮を食す。人間にとっては、樹皮繊維は建物の屋根や壁や床に使用され、実はリフレッシュな箟のもの種はスキンケアーオイル、葉は薬草として使用され、ジャングルでの狩の時に木の穴の中で休んだりする事ができる。生物が生きる為に多くを提供し続けている植物です。
 近年このバオバブの実のオイルがアルゴンオイルと同様にスキンケアーにとても効果があると注目を浴びています。バオバブの木の寿命は千年とも言われるくらいその免疫力と生命活動は素晴らしい力があります。

  バオバブオイルは、リノール酸が40%・ビタミンA E Fが含有されている。保存期間も二年間と酸化しにくいオイルでかつ皮膚への浸透率も良い。効能は、傷跡形成・日焼けによるダメージ肌、しわ防止、妊娠線防止、肌の抗酸化作用、アトピー性湿疹防止など幅広い効能を持つ。アーグッタで新たなアロンセラピーキャリアオイルとしてご提供していきます。価格は、120mlで4320円(会員価格)です。ホホバ同様ゴールデンカラーでナッツの香りがするのでヘーズルナッツオイルに混合して使用したりすることをお勧めします。



皆さん是非ハワイへ遊びに来た時にご連絡ください。ワイキキからフォスター植物園はすぐなのでお迎えに行きマッサージコースやアロマセラピーセミナーを受講してみませんか?ご予約のご連絡お待ちしております。

八月一か月日本に帰国しますので、セミナートリートメントご希望の方はメールinfo@argutha.com
にてご連絡ください。皆さんにお会いするのを楽しみにしております。

Mahalo Nui
LOVE&LIGHT,
MIDORI



















 

自分の心の動き自然に向き合って生きるスピリットを与えるWATSUの効果

  • 2015.07.03 Friday
  • 04:17
6月28日土曜日 気温17度


サンフランシスコはナパバレーから2時間ほど海岸線に向かって車を走らせるとある。距離的には余り遠く100キロほど東に位置している。其れなのに天候は6月の下旬にもかかわらずコートが夜必要な位寒さを感じた。ゴールデンゲートブリッチを渡ると街並み全体に薄らと霧がかかり車の窓を開けると冷風が入り込んで半袖だと肌寒い。私は、自分の両腕を手で撫で抱きしめて自分を温めて寒さをしのいだ。アンナの家は、サンチェスとチャーチストリートの重なる25番ストリートにありお洒落な街並みのサンフランシスコの町を楽しむのには最高の立地条件にある。家はは藤色の木目の外壁にパステルグリーンの木枠でとてお上品な趣で1階は、がラージに客室とゲームなどを楽しめる部屋そして2階には、25畳ほどの高い天井のリビングとオープンキッチンそして子供部屋とメインベッドルームがあり3人で済むのにちょうどよい広さである。リビングの奥には白く塗られた木の行使枠の大きなガラス戸で面している中にはが広がり中には、秘密の花園の様にひっそりとそして美しくデザインされ中央のレモンの木が印象だった。そしてホームガーデンには、バジルやイタリアンパセリ・オレガノそしてプチトマトなどが育てられている横にはメイヤーレモンの木が大きなレモンともオレンジとも見えるレモンがなっていた。隣の家との垣根はナイチンゲールの白い花が咲き乱れているガーデンだった。そんな心休まるガーデンには、外でも食事ができるようにテーブルと椅子が設置されているが、サンフランシスコは、1年を通じて肌寒いのでなかなか活躍しないとアンナは言っていた。そんな家に住んでいるアンナは、家はその人を象徴するという格言にぴったりで、私を彼女の優しく迎えてくれた。実の姉よりもとても心温まる御もてなしでそしてオープンに迎えてくれて私は、心が安らいでいた。家庭環境に恵まれずに育った私には、神様が私にいつもプレゼントしてくれているのでは無いかと信じてしまうくらい友人達が家族の様に優しく私に接してくれる環境にに恵まれている。2人で夕食の支度をして、私はキヌアのマンゴ&グリーンピースサラダを作り、彼女は一時具とアボカドのロメインサラダを作り、彼女の旦那様のスティーブはイタリアンパセリとガーリックにマリネしたチキンを外のバーベキューでグリルをして夕食の支度をした。そしてデザートは、近所のオーガニックアイスクリームを食べに行き久しぶりのデザートだったので、私は、欲張りオーガニックバニラとチョコレートそしてヨーグルトタートにチョコレートファッジとローストアーモンドクランチそしてラズベリーをトッピングして食べた。すると2週間ぶりの甘味は、私の舌の味覚神経が脳の満腹中枢神経と連結されて満たされて行くのを感じた。心もお腹も至極の祝福をえると、家から5分程度車で行ったアンナの運営しているイベントスタジオで、画家のスティーブの御兄さんが展示会をしているので挨拶がてら立ち寄る事にになっていた。スタジオに入るとそこには、青やオレンジ色鮮やかな絵画とまたクリーム色に無造作に青やオレンジの筋のようなラインが入った油絵の抽象画が展示されて居た。美しい色合いに視覚が刺激されたが、テーマと形のない抽象的な絵画が一致せず深くは理解できず私は、スタジオの隅のグレーのソファーに腰かけた。するとスティーブの御兄さんの奥さんが優しい笑顔で話しかけてきた。彼女は、優しい丸い目で私を見ると、「ハワイでジョンと住んでいるの?ジョンとはルームメイトそれともロマンティックなお付き合いをしていると」と率直に尋ねられたので、私は、その優しい目に癒さされて恥ずかしいそうな微笑みを浮かべながら「そうです。1年位前からお付き合いして一緒に生活しています。でもここに来る前に大喧嘩をしたのでこれからどうなるのか解らないんです。」と正直な私の気持ちを伝えた自分にも驚きながら会話をした。すると彼女は、「大丈夫よ。きっと仲直りできるわ。貴方のような穏和は微笑みを持つ人を手放すような損な決断を彼はしないと思うわ。」と私を励ましてくれた。私は、なんとなく上手く仲直りできるような気になってきた。


 そしてサンフランシスコにワツのクラスを2週間受講する為に滞在した説明をして居たところに、マーサーからメールが来て、「今ジョンと話したらジョンが明日貴方をエアポートに迎えに来ると言っているのだけど、貴方は構わないかしら?かまなければジョンに私が連絡をするから、サンフランシスコに着いたら彼に電話を入れてね。」とメッセージが届いた。そのメールを見て私は、半分まずホットして仲直りできるかも?という自分の心ともう一方でマーサーに迷惑をかけた無くない彼が私を彼女の代わりに唯迎えに来るのかもしれないという2つの考えが浮かんだのだ。まずは今ここで悩んでも仕方が無いので、前向きな考えである方に気持ちを傾けてると安心している自分を感じた。その夜は、私はナパバレーのワイナリーで御土産に買ってきたおいしいザンデンフィールの赤ワインが効いたのか、ワツのコースでの集団生活の緊張から解放されたのか、9時半にはベッドに入り夜霧のサンフランシスコの闇の中に溶け込んで行くように眠りの霧に溶け込んで行った。
 次の朝目が覚めると、私は久々に快眠した自分の脳の爽快感に喜びを感じた。携帯で時間を見ると空港に向かう予定時間の47分前の朝6時23分を表示していた。エアポートまで30分ほどかかるので、慌ててシャワーを浴びてパッキングをして2階のアンナのリビングに行くとアンナは6時には起きていたんだけど静かだったからまたベットに戻ってた、とパジャマ姿で眠たそうな目で私を迎えてくれた。7時を回っていたので直ぐに空港に行くと私が彼女に伝えると、彼女は大丈夫よまだ、土曜日だし渋滞は無いから朝食少し食べてって言い、コーヒーと私の大好きなグリークヨーグルトとストロベーリーとネクタリンをスライスしてくれた。私は、ますますアンナの優しさと心起きない御もてなしに感動して、彼女が実の姉だったらなんて幸せなんだろうかと心に重い。感謝の気持ちを、彼女に伝えて空港でタクシーを飛ばした。案の定土曜のハイウェーはすいていてあっという間に空港に着くと、ハワイアンのチェックインカウンターも空いてスムーズに流れてまるで其れは、ワツでのセッションの様に体に力を入れると全てがもがき足掻いて苦しくなり、痛みや緊張感を感じて行くのと同じで、体の力を抜いて水の力に任せて流れると果てしなく心は和らぎそして身体が緩み至極の幸福感で満たされ、今その時自分が何をしなくてはならないのかが自然と解って来るのだ。
ハワイアンフライト11便はゲートA6でゲートに着くと、ジョンに定刻出発であるのと到着したら電話をいれるとメールを送った。ハワイとサンフランシスコは3時間の時差があるので、まだ朝6時だったので彼は寝ている。空港で彼に会ったら私は、自然に彼に迎えてきてくれた事に感謝してそれからどのようになるかは、そこからの自然の流れと自分の自然な考えから行動する事にした。
 この2週間ワツを学びながら、ワツを提供する技術ばかりではなく、人生の流れに背かない自然な生き方をも学んだようだ。こうでなくては埋けないという、侵入感からの行動ではなく自分の考えに正直に従って行動して人生の流れに乗って生きて行く方法だ。人生50年近く生きてきて今目が覚めるように自分の自然体の生き方を尊重する生き方に気づいた私は、この気付きの感覚を伝えられるワツセラピストを目指して、今後もワツの勉強をしていきたいという自分の新たな扉を開ける事ができこの2週間だった。

The life path of natural flow
効能:自然の人生の流れに乗って行動と決断をする生き方を自然にできる行動パターンへとつなげて行く事へと自然と導く香り。
Frankincense 10 drops
Lavender 8 drops
Fragonia 4 drops
Blue cypress 2 drops
Eucalyptus stageriana 2drops
Roman Chamomile 1 drops

使用方法:人生が進むにあたって障害にぶつかり苦しくなって体の節々が傷んだり、頭痛がしたりまた気持ちに迷いが出てきたときにこの香りで瞑想を1日5−30分程深呼吸を自然にしながらするのを1週間から3週間毎日継続してみると自然な判断力と決断力から日々の行動ができるように自然と流れて行く。


LOVE&LIGHT,
MIDORI





 

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